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息子よ、貴様まさか理屈屋の息子か

こんなご時世で人集りに遠出する気も起きないので今日も今日とて今年の夏で4歳になる息子と公園に行く。

いつも同じ公園ばかりに行くのでは気晴らしにもならないので自転車に乗って一駅離れた町の公園へと向かった。

道すがら空のペットボトルを持ったおばちゃんが信号待ちの俺に唐突に話しかけてきて「なー、兄ちゃん、かなんなー。見てみいこのペットボトル、みんな人の家の前にポイポイ捨てていくねん。こんなコロナの時期やからこんなん私だってほんまは触りたくもないのにほんまかなわんで」と愚痴をこぼした。俺に話しかけたそのおばちゃんはマスクをしていなかった。

それからもう少し行ったところの信号待ちで、今度は「こんなところに歯医者なんかあったんだ」と気づいたのだが日曜日も午前中は診療してもらえると書いてあって、日曜もやってるなんて珍しいなぁと思うのと同時に、そこで差別化を図ろうとしてるのって治療の腕が十分なのか少し不安になってあまり行きたくないかもなぁと思った。

公園に着くと息子は意気揚々と遊具を巡って遊んだ。今日は手のひらに収まる小さなホルスタインのぬいぐるみを引き連れていて、コンセプトとしては自分が公園で遊ぶというよりかは、ホルスタインのぬいぐるみをもてなしてあげるような趣旨のようで、ホルスタインのぬいぐるみを置いたブランコを揺らしてあげたり、ホルスタインのぬいぐるみを抱きしめて一緒に滑り台を滑ったりを楽しそうにしていた。俺はそれを見守りながら彼が一人っ子であることやペット禁止のマンションに住んでいることについて何かしら考えたりなどした。

最近の息子は0歳からやっている英語教育の成果が目覚ましく日常的に何かしら英語で何かを言っていて公園でもたくさん英語を喋っていたのだが、俺が英語がてんでダメで知識も足りなければ耳もダメなので0歳から英語に慣れ親しんでいて俺のカタカナ英語のRとLの発音にも文句をつけて地団駄を踏む息子の流暢な英語が俺にはまじで聞き取れなくて、すまんが俺には日本語で言ってくれなどのやり取りを繰り返しながら公園で遊んでいた。英語で会話できる相手がいるともっといいかもなーと思い、lang-8で「僕が日本語の対応をするんで、あなたは息子と英語で喋ってくれ」みたいな友人を探そうかなとスマホをいじりながらホルスタインのぬいぐるみを乗せたブランコを揺らす息子を眺めていた。

隣では両腕にがっつり墨が入ったお父さんが娘の乗るブランコを揺らしていて、この娘さんはスーパー銭湯とか温泉とか行ったりするのかなぁ。このお父さんは家族がスーパー銭湯に行ってる間、車で待機してタバコを吹かしながら一人でネプリーグをぼんやり見たりしているのかもしれないなぁと思った。

母の日ということもあったので、ケーキと花束を買って家に帰ろうと思っていたのでテキトーに切り上げようと思い「今日はお母さんいつもありがとうの日だから、ケーキと花を買わなくちゃならんから帰るぞ」と息子に促すと割と素直に「うん、じゃあ、帰ろう」と言うので帰ろうとしたところで5mくらい離れたところからベンチに腰掛けてワンカップを一人で飲んでる絵に描いたような赤ら顔のクソジジイが「おう、坊主!かわいいな!」と叫んでいて「お礼言えば?」と水を向けると「ありがとう」と息子は返礼し、続けて「牛さんもいるねん」と公園でずっと抱き締めていたホルスタインのぬいぐるみをジジイに向かって高らかに掲げて示した。ジジイは「おう、かっこええな!」と宙に向けてワンカップを乾杯し、息子はそれに対して、「もう!かっこええじゃなくてかわいいでしょ!」と返し、ジジイは笑っていた。息子は「かわいいやつだなお前は」と言われながら生きるのが彼にとっての当たり前なのである。僕は息子の手を引きつつ会釈をしながらあのジジイはディスタンス保ってるからいいけど今日はやたらとマスクしてない人に絡まれる日だなぁと思った。

自転車に乗った後はケーキ屋に立ち寄りケーキ3つとシュークリーム1つを買い、花屋に立ち寄り花束を買い、目的を果たしながら家路を辿った。

 

この春から保育園から幼稚園に移り変わって以降、昼寝の習慣が無くなり、息子の就寝が早いので晩飯も早い。家に戻るとまだ外は明るい中、夕食の準備が既に始まっていた。ここで息子がゴネ始めるのである。

曰く、ご飯ができるまでのあいだに買ってきたケーキを食べたい、と。

そんな要求は当然余裕で突っぱねる。

 

「甘いもん先に食べたらご飯食べられなくなるでしょ、ご飯食べた後にみんなでケーキ食べようね」

「この前もお菓子食べ過ぎてご飯食べれなかったでしょ、だからダメ」

 

しかし彼は聞き入れず食べる食べると抗弁を繰り返し、やがては涙を流して高らかに泣き始める。

が、そんなことで「仕方ないなぁ」となる俺ではない。

 

「お前泣けばなんとかなると思ってるのか?じゃあ俺も泣いて食べさせたくないと言えばお前は納得して諦めるか?諦めないだろ?俺も同じだよ、泣いてどうこうしようなんて甘いんだよー」

 

と、息子の要求を突っぱね泣くままに泣かせておいてしばらく経つと、息子の言い分に変化が起きた。

 

「シュークリーム、おいしいかおいしくないかわかれへんから、シュークリーム食べる!」

 

最初は何を言ってるんだこいつはと思っていたのだが、やがて僕はその意味に気づく。

これは、偏食の激しい彼にいつも俺が口酸っぱく言っている言葉なのである。

「嫌いなものを無理やり食べさせる」というのはあまり良くないんじゃないかなぁとは思う一方、食わず嫌いで一口も手をつけずにというのはどうなんだみたいな方針でやっている。なので、一口も手をつけずに「食べたくない」という彼に対していつも言うのが、そんなようなフレーズなのだ。

 

「食べてみないとおいしいかおいしくないかわからないでしょ、とりあえず一口食べてみて、それでおいしくなかったらもう食べなくていいから、とりあえず一回食べてみよう」

 

彼は、ふだん「食べたくないものを食べろと言われるとき」に親が用いるこのレトリックに着目し、それを「食べたいのに食べさせてもらえないとき」の抗弁に応用してこのレトリックを持ち出したのである。

 

「シュークリーム、おいしいかおいしくないかわかれへんから、シュークリーム食べる!」

 

そのことが分かり、舌を巻いた俺は、白旗を上げてシュークリームをキッチン鋏で二つに割り、その半分を彼に与えた。論理的に負けたのだから仕方ない。理屈の上で彼に分があるのに、それを退けることは理屈屋としてまかりならない。

 

彼はシュークリームを頬張りながら、三匹の子豚的なYouTube動画を見て「オオカミは悪いやつだねぇ」と笑う。俺はそれに「オオカミを悪いやつに仕立て上げてる可能性はあるんちゃうかな?どうしてこれは小さい3匹のオオカミを大きいブタさんがいじめる話になってないんだと思う?」と問いかける。

まだまだ4歳、されど4歳と思いつつ、これからこいつとの対話は面白くなる一方なんだろうなぁと思って、楽しいやら恐ろしいやら、どうでもいいやらなのである。

以上です。