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明石市長の暴言の話題雑感

あのー、音声は聴いてないんで、書き起こしで読んだだけなんで俺の中ではなぜか理由はわからないけど、全然わからないけどなぜか武田鉄矢の声で脳内再生されてるんですけど、めちゃめちゃ面白い流れになってますねこれ。いや、選挙がどうなるかめちゃめちゃ楽しみですよね、投票率含めて。今の時点ではこれまあ次も勝つんじゃねーかなーと僕は思っちゃうんですけど、また明日以降何が出てくるかわかったもんじゃねえから全然わかんないですけどね、わかんない部分、これから更に色々出てくるんじゃねえかって部分も含めて超面白い。個人的にはトランプの大統領選の時と同じかそれ以上に今後の展開が楽しみ。そりゃあこちとら大阪市民でして、選挙のたびに面白がられてる身ですから、たまにはこっちも他所の選挙を面白がらせてくれよって話で。

とりあえず彼が善なのか悪なのか人の上に立つべき人間なのか重大な意思決定を任されるに足る人間なのかそうじゃないのか全部一旦置いといて、「すげえな」とはやっぱ思うわけですよ。だって録られてるの知らないのにあんだけグルーヴィーな流れで「市民のため」って言葉が出てくるのって本気でそう思ってるわけじゃないですか、なんだっけあのー、去年のM-1でなんか超コーヒーかき混ぜるーナみたいな、コーヒー泡立てるマンみたいなコンビ名の人が酒飲んで、沼なんとかさん?鳩の人かな?鳩の人に暴言を吐いてめっちゃ豆鉄砲食らうみたいな話があったじゃないですか。あの時も「いくら酔ってたと言っても普段から思ってもないことは言えないよね」って言われてたわけですけど、それでいうとあの市長は誰にリップサービスする必要があるでもない録られてるとも知らぬ密室空間で「市民のため」って言うってことは、本当にそう思ってるんやなってことですよね。多くの人がそう感じて、心を打たれてるというか「仕方ないよね」って感じになっている。なっちゃうんですねー、人間って。

それが良いとか悪いとか、市民のためなら許されるとか許されないとかじゃなくて、真っ向対決だなって思うとすげえ面白い。「どんな理由があれどハラスメントはダメだ」って人と「理由があればハラスメントも仕方ない」って人の真っ向対決ではないんですよ。「ハラスメントはダメ」って原理を大事にする人と「市民のためを思って動く人に政治を任せたい」って思いを大事にしたい人の真っ向対決なんだろうなと思うんです。ここをごっちゃにしてはいけないと思うんです。現職の明石市長を支持する人がハラスメントや暴力を積極的に肯定したがる人たちだとも思わないし、現に「市民のため」の下りが出てくるまでは彼に否定的だったけどアレが出てきた後で手のひらグルーンといってる人たちはたくさんいるわけで。そういう人らをグルーンとさせたのは何か、ってことを考えにゃならんと思うわけです。

何も世の中、人を絶望させる要因はハラスメント一種類ではないわけで、社会にはびこる人を絶望させる要因なんざ多種多様に数多あるわけで、ハラスメントとは別の絶望をより大きく抱える人が世の中にはたくさんいて、あの市長はそういうハラスメントとはなにか別のある絶望を大きく抱える人にとって何かしら希望の光に見えてるってことなんでしょうな。

だから、これを、いつもの政治家の傲慢で偏狭な問題行動だと割り切って考えるのはある種の矮小化だと思うし、たとえば鼠小僧みたいな悪いことして私腹を肥やすやつから金を盗むという犯罪行為を以って理不尽に金がない人たちに金を配る奴を人はどう思うかとか、DVに苦しめられた挙句に子供を守りたい一心で旦那を殺した奥さんに執行猶予をつけてあげたいかどうかとか、どっちかっていうとそこらへんの話と近い案件として考えた方がいいんじゃねえかなと思うわけです。

もちろん市長はある側面においては、というか本件については権力者の側で、権力のある奴が従うしかない奴にひどい暴言を吐いているって構図にあるのは間違いないので、いくら「市民のため」とか言ったって許されることじゃない、って感じ方をする人がいるのもまあ自然なことだなとは思いますよね。ただ一方で、「市民のため」なんて誰も一つも思ってない政治機関にグレートティーチャー鬼塚感覚で潜り込んで「市民のため」に動いて破天荒をやってくれる義賊に見えるそういう絶妙な角度に率先して飛び込んで、彼にそういう側面を見出したくなる人がいるのも、なんつーか人情だなと思うんですよ。

信長と家康どっちが好きですかみたいな話とか、おっさんとかみんな好きじゃないですか。最新の研究に基づく最新の信長像家康像とか知らないんでステレオタイプな感じを共有できてる前提で話を進めますけど、信長はたしかに凄かったけど熾烈すぎたよね家康の方がうまくやったよねって話になったとしても、じゃあ明石市長を信長みたいなやつだなーと考えた時に今家康みたいなやついるかって言ったらいねえじゃん、みたいな。家康いなくて、信長みたいなドギツイ覇道歩むやつと現代の政治家どっちか選んでねって言われた時に「うーん、んじゃやり方強引でも信長みたいな方で」ってなっちゃうのも、まあ仕方ねえわなーみたいな。

だからなんだろ、他の政治家の暴言とか不祥事とか、政治家に限らずだけど、みんなすげえポリコレ的な正しさに基づいていつもわいわいがやがや騒いでて、そこらへんで騒いでた奴らが今回の明石市長には擁護の立場でって矛盾してるだろみたいな話に今なってるじゃないですか。

これを矛盾と捉えるよりかは僕かぁ、「市民のため」の政治かどうかみたいなのが今まで論点にすら上がってもこなかったから、「市民のため」で動いてるって思える人がまるで一人もいなかったから、そこでいくら声を挙げてもまるで届きはしなかったから、まだ誰かが話を聞いてくれる「ポリコレ的に正しいかどうか」のところでみんな遊んでガス抜きをしてただけなんじゃねえかなって気すらしてくるんですよね。

引き続きポリコレ的正しさを第一に考えて明石市長を許さない人からすると、今までそうやって同じようにポリコレに反する理不尽に立ち向かってたのに今回の「部下に対しての理不尽に暴言を撒き散らす市長」を擁護する人たちは矛盾していて二枚舌で邪悪な存在に見えるだろうけど、そこで寝返った人たちは「あ、私は今まで暴力許さないぞと怒ってたけど、それは市民を大事に考えない政治に怒ってもなにも響かないし届かないけど、身近なポリコレ事案に怒っていたけど、市民のためを考えてくれる人がいるなら、ポリコレとかハラスメントとか相対的にどうでもいいや」って思ってるのかなとツイッターを見ていて思ったんですよね。

だから、ぶっ倒す順番みてえな話なんだと思いますよ。

市民のことを考えない政治家をぶっ倒すのが先か、ハラスメントを当たり前にやってのける奴を倒すのが先か。

前者はどう叫んだって倒しようがねえから、仕方なく後者をチクチクぶっ倒してガス抜きしてただけで、明石市長みたいな市民のために無茶苦茶頑張って頑張らせるやつがいるならハラスメントなんか二の次の問題だ、みたいな。そういう風に考える人間がいるのも仕方のないことだとも思う。というか、自然だとも思う。あとはそれを本気で思う人間が明石市にどれくらいの比率でいるかですよ。選挙結果めっちゃ楽しみ。

あとは、そうですね、現職の明石市長がもしこれで勝っちゃったら、明石市長みたいなパワハラかまし方が許されるかまし方としてライフハックになるかもな、とか。許される怒り方が浸透すればね、それは怒り方もひどければ怒ってる理由もひどいみたいな現状が減るので今よりいくらかは「マシ」になってんじゃねえかなみたいな。

本件は、ギルティかノットギルティーで考えるのではなく、あの明石市長をクソみたいなベターな政治家と思ってる人が少なからずいるって考えた方が、見通しが立ちやすいなーみたいな。

そんな感じ。そんな感じです。嵐の話もしたいなー。ニノかっこよかったー。

以上です。