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町の神社はいい神社

あー今書いて戻ってきたんですけど、掲題の話は2000字過ぎたあたりでやっと始まります。ご留意ください。

熱心な大阪人のおじさんに「大阪府内でオススメの神社ってなんかありますか?」って訊ねたら杭全神社って返答を頂いたので行って来た。熱心な大阪人がいるってことはもちろん熱心じゃない大阪人もいて、それらは大阪の道を歩いていてもものの見事に混在している。混在しているものの概ね大阪人は熱心でも熱心じゃなくても大阪の話が割かし好きで、地方出身の僕としては大阪人ほんと大阪好っきゃなと思うと同時に少し厄介だなと思う。

熱心な人にその人が熱心な関心事、略して熱心事を訊ねる際には話半分に聴くのが上策だ。物の良し悪しを訊ねる際はなおさらだ。百万円のワインの美味さを百万円分堪能するためにはそれなりの知識と経験が必要で、それらを獲得するには並々ならぬ熱心さが必要なのと同じ理屈である。熱心事を語る彼の熱量高い口ぶりにきっと嘘偽りはなく、「アレは素晴らしい」と熱心に語る彼の瞼の裏に映るアレことソレはきっと素晴らしいものであろうことに疑念の余地はないが、ソレが私にとっても素晴らしいものであるかは全く別の問題だ。彼にはソレの素晴らしさを味わい尽くそうという熱心さがある、それが私にはあるのかどうか。その対称性あるいは非対称性、あるいは私と貴方の心の在り様のロールシャッハテストっぽさを見極めることが人に物の良し悪しを訊ねる際には非常に重要なのだ。そこらへん踏まえるに本当に熱心な大阪人で大阪の話をしているのか、日々を生きるついでに折角だし大阪出身なのだからと「ながら大阪人」として大阪の話をしているのかなかなか判別しにくいという点で大阪人少し厄介だなと思うわけである。

そういうわけで僕は大阪人のおじさんに熱心に杭全神社を勧められたので、僕は大阪に対する熱量が足りない自覚あるので、全力のナメたノリで杭全神社に出向いた。なんだったら大阪人のおじさんがぶち立てたハードルをくぐる勢いで出向いた。これは熱心な大阪人のおじさんをナメてるわけではなく、自分の軽薄さを勘定した結果の振る舞いだ。カレーが出てくるつもりで待ってたら出てきた肉じゃがはきっとそんなに美味くない。百万円のワインの味が分からないというのはつまりはそういうことなのだ。たぶん日本海軍の肉じゃがエピソードも、カレー作れって指示した人は出てきた肉じゃがにすげえご立腹だったと思うよ。でも周りは美味いって言うから定着した、みたいな。カレーを食べたかったその人は、なぜならカレーを食べたかったから、肉じゃがに舌鼓を打つのは恐らく難しかったんじゃねえのかなと思う。それはとても悲しいことだと思う。だから俺は、熱心な大阪のおじさんの語るカレーを信じずに、どうせ肉じゃがが出てくるんだろうという気概で杭全神社に臨んだわけである。自分なりに杭全神社を楽しむコンディションを整えていたというわけだ(とりあえず今の例えでお前、肉じゃがよりカレーが好きなことだけわかったわ)。

僕が杭全神社を参拝するにあたりどれくらいナメた心持ちで臨んだかというと、志摩スペイン村に行った時くらいナメていた。後述するが、結果として杭全神社はとても素晴らしい場所だったのでそこまでナメる必要はなかった。しかし志摩スペインはナメてかかってナメすぎることはない。ピレネーは楽しい。主にはそれだけだ。中でも一番ひどかったのは確か「鏡の王国」みたいな名前だったと思うのだけど、今公式ホームページを見たら今はもうなくなってしまっているようだ。早5年以上前の話になるので記憶が曖昧なのだが以下にアトラクション「鏡の王国(微妙に名前も間違ってる気がする)」の概要を記す。三人だか四人掛けのシートに横一列に着席するとそのシートがパドックを歩く馬以下のスピードで屋内施設を巡回してくれる。「鏡の王国」の名のとおり、施設内には至るところに様々な鏡があり、様々な鏡と言ったものの私には普通の鏡と凸面鏡と凹面鏡の3種類しか思い当たる節がない。もしかするともっとあるかもしれないが「鏡の王国」を訪れたことがある私を以ってしてもほかはちょっと思いつかない。兎に角、鏡ばりの壁面と向かい合わせの状態で緩やかに歩みを進めるシートと、それに座らされた居心地の悪そうな顔をした私たちを映す鏡、そして私たち、「鏡の王国」はこのやるせないトライアングルを主軸としたアトラクションであった。今振り返ってもAVの撮影以外に有用な用途をちょっと思いつかない。AVの撮影に関しても別に「ここならすごいAVが撮れるよ!」ってほどでもなくてあくまで消去法だ。まぁそれくらいキツいアトラクションだったと憤慨したことを記憶している。余談になるが、この前嫁さんに指摘されたんだけど、僕は面白く無さそうなイベントだとか美味しくなさそうなお店だのを見かけると「逆に面白そうだからちょっと入ってみよう」と言い出してイザ実際に入ってみると「ナメてんのか」と本気で不機嫌になる癖があるらしい。僕としてはある日パパと二人で話し合ったならこの世に生きる喜びだけじゃなく悲しみについても話し合わなくてはならないように、そういう怒ったりするのもたまには大事なんじゃないかなと思うのだが、嫁には「ちょっと頭おかしいよね」と言われたのでちょっと頭がおかしいのかもしれない。「鏡の王国」のシートにわざわざ着席したのもそういうちょっと頭おかしいやつの一貫だったような気もしてくる。

そしてここからやっと杭全神社の話になるのだけど、それはもう大変良かった! 僕もこれからはオススメ神社の話が出た時には杭全神社をオススメしたいなと素直に思えた。僕は大学入学を機に大阪に出向いたわけだけれども、それからは京都の神社仏閣を訪ねる機会もたびたびあり、スッカリ僕の中で神社仏閣は観光地であるという印象が根付いていたわけだけれど、杭全神社は全くそういうところではなかった。観光地というのは詰まるところそのブランドを喧伝して全国から人を呼び込む場所というのが僕のイメージなのだが、杭全神社はそうではなく完全無欠のウソ偽りのない地域のランドマークであるように感じられた。ランドマークと言っても別に平屋なので(本殿に平屋って言うなよ)遠くからでも見えるとかそういうわけではないのだけれども、アレは確かにランドマークであった。これは一緒に赴いた嫁の言葉なのだが「現在進行形って感じがするね」と言っていて確かにその通りだと思った。僕がいいなぁと思ったのは、敷地内にも木々がモリモリと生えていてなんだったら日光だって100%は注がせねえよってノリだったところだ。「自然と共存」なんて言い方をすると随分おこがましいチェーンつきメガネ感が漂うけれども、杭全神社はそうではなくて、ただただある限られた土地を、人間と木々で分け合っているようなそういう趣があった。ってさっきロッテンマイヤーが言ってました。あいつチェーンつきメガネしてたっけ。

なんだっけなこれと思いながら境内をウロウロしていると、嫁が思い出話を始めまして、彼女は京都で生まれ育った人なのだけれども、そういえば似たような神社が近所にあったのを思い出したという話だった。僕は京都の事情に詳しくないので、身バレに接近するようなところは濁しつつ彼女はこんなところで育ったと語るような技術は備えておらず、「そうなんだ、と思った」以外にここには記述しようがないのだけれども、偶然ながら僕も同じようなことを考えていた。自分の地元の最も身近な神社を思い出していたのである。モノの本によるとこの杭全神社は何でも800年前からここにあるとかで、北海道で生まれ育った僕が思い出した神社は北海道であるがためにせいぜい100年200年の歴史しか携えていないわけなのだけれども、800年ある癖に100年200年しか歴史がない神社を想起させるというのは、それはそれでとんでもないことであるように感じられた。

それ何の話?と言われると「あの、今すげえつまらねえドラマやってる地獄先生ぬ~べ~っていう漫画」としか言えないんだけれども、たまにフィクションの世界で誰にも相手にされてない糞寂れた神社仏閣って出てくるじゃないですか。ぬ~べ~の原作でいうと、木村克也がよく忍び込んでたんですけど、このよく忍び込んでたっていうのもたぶんフィクションなんですけれども。神社仏閣に限らず、町の片隅に気付けばなんだか不自然に残されている神通力入ってそうな祠だとか石塚だとか。ちょっかい出すと妖怪だか神様だかわからん奴が怒るんですけども。北海道の片田舎で生きてると、アレは完全にフィクションでしたね。そんな神社仏閣は、近所になかった。そうなり得るものの数自体が少なくて、そのどれもが息づいていた。でもそれって今になって考えれば、歴史が浅いからなんだろうね。他所の先人に学んで一点集中で信仰を集めてたから寂れなかったんだろうし、寂れる施設は端から作らなかったんだろうね。こっちに出てきてからは、「これは夜来るのちょっとヤダね」って思えるそういうのよくよく見かける。それはきっと歴史があるからだと思うんだよね。そういうのちょっと面白いぞみたいなムーブメントがたぶん定期的に起こっていて、今でいうインターネッ党みたいに投げ出されて忘れられた建造物がこっちにはそれなりに放ったらかされていて、北海道は笑えるほど後発でそんな無駄を出してる場合でもなかったからそういうのあんまり無いんだろうね。大事なのは、そんな中でずっとやってるのが杭全神社だってことで。さっきもしてた話だけど、そういう忘れられればそのまま捨て置かれる神社競争社会において、僕が今まで訪ねてたような神社仏閣はそれはもーこういうご利益がありますよ、こんな面白いもんがありますよってことで、全国から人を集められるような方向を目指していたんだなと今になっては思えるわけですけど、杭全神社はもう本当全然そんな感じでは全くなくて、地域密着型の、近所の人が大事にしてくれるよーな経営方針のまま、それこそ僕の実家の近所にあった神社と全く同じノリで、僕の近所にあった神社の10倍近い時間を延々やりくりしてたっていうその事実。それがもう見て取れてびっくらこきました。何せ20年以上前の話なので知らずに出向いたんですけど、11月ってちょうど七五三真っ盛りっていうか11月にやらなきゃいつやるの!?ノーヴェンバーでしょ!って感じで大変な賑わいを見せていたんですけど、まぁ別にどこの神社もこの時期はそんな感じなんでしょうけどね、こうやってこの場所は人が集まる場所をずっとやってきたんだろうなーって感じで大変面白かったです。800年でしょ?ノーヴェンバー以外はどういう風に遣り繰りしてんのよ!って感じで、暇なときぶらっと赴きたい、そんな良い感じの神社でした。近辺の住宅街もウロウロしましたけど、なんつーかあそこらへん、土地をどうこうしてやろうって感じがあんまりなくてOSAKA咲かそにうんざりしてる地方民には懐かしくすら感じられましたね。杭全神社観た後、めぼしい飯屋無さ過ぎて不機嫌にはなりましたけどね。そういう感じも含めて、良いところでした。

なお、熱心云々の下りは、それなりに僕も熱心に喋れたんで「そういうもんだよね」ってことで消化できたかなと思ってるんですが、志摩スペイン村の「鏡の王国」に関しては書いてる最中最終的に自分と向き合う云々みたいな話をすればイケるんじゃないかなと思ったんですけど、もういいやって今なってるので、アレ完全に要らないパラグラフでした。以上です。