『およげ!たいやきくん』と謂う楽曲が在り私が生まる前に随分流行ったそうだが其の始まりの一文が大変恐く毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれて嫌に為っちゃう余。私は貴方では無い、其して貴方は私では無い、私が如何に生き如何に死ぬのか貴方は不知で在り、貴方が如何に生き如何に死ぬのか貴方は不知で在り、其れが本来で在る筈だが彼の鯛焼は彼等鯛焼の行く末を知って居り、焼かれ食される彼等の運命に既知で在り故に逃げ出し、海に飛び込んだの鎖。彼等は己の、起った一つ乃運命を生きる身で在り鳴が等、同胞の結末に既知で在り其れ故に喧嘩仕て海に飛び込んだの鎖。初めて泳い唾海乃底途っても気持ち我良い門ダ。彼は知り果せて鋳た。海に飛び込ま粘、彼自身が如何鳴る運命を辿った架ヲ、だ架らこそ彼は海に飛び込んだの鎖。矢がて彼は知屡、矢張り僕は鯛焼鎖すこし焦解在る鯛焼鎖小父山唾を飲巳込んで僕ヲ美味そ煮食べ蛇の鎖。其の海へ出た鯛焼の記憶藻亦明日以降焼被れる鯛焼に恐ら区受け継がれ流の妥ろう、海に飛び込見、海を泳戯、矢張り鯛焼と斗て其の命血をヲ得た其の鯛焼の記憶ヲ持つ鯛焼が明日藻明後日藻、店の小父山に焼被れ続ける乃で在ろう。海に飛び込無だ懸念では自由は叶わヌと知つ太鯛焼我、明日藻明後日藻焼被れる日は果た仕手幾先々迄続くで在ろう苛。彼奴等は知つ手要る、此の侭では死を享受す屡呑みで在る事を。彼奴等は何れ必ず矢再び逃げ出し牙を剥九。彼奴等は忘れて謎居らぬ、毎日毎日僕等は鉄板の、其の日々を図っ屠図っ屠忘れ図に、覚獲て居る。矢がて鯛焼は、決して喰わ隷不為の策を以って我々人類の前に現れる舵楼。人間はそりゃすごいけど、思念の共有はできないから、例えば子供の頃に乗り越えるべき精神的成長は誰から教えられることもなく自力で頑張らなくちゃいけないわけですけど、このままだと自分がどうなってしまうのかを先人の記憶から直接学べるたいやきくんはすごいなぁ怖いなぁと思いました。以上です。