掲題のようなことを思ってこの一言でほとんど僕のなかでは完結してるんですが、補足をちゃちゃっと書きます。
まず僕の感覚では親とか兄弟とかの家族とかって、下手したらそこらへんの他人よりよっぽど他人なんですよね。だって僕の意思で選んでないので。俺、親に頼んだ覚えないですもん、あんたの息子にしてくれとか。妹とか弟に俺の兄弟になってくれって頼んだことないですもん。そのくせ、望む望まないに限らず家族である以上は長い付き合いにはなるんですけど、だからこそ他人行儀でいたいですね。自分で望んで選んだ家族ではないので「家族とはこういうものなんだ」「俺はこの家族の価値観を内面化しながら生きていくんだ」なんて納得する必要はない、親に対して兄弟に対して「この他人はこういう考え方の人間なんだな」と思う以上のことは必要ないなと思う。
もちろん、こういう考え方ができてる時点で親と適切に仲良くやれてるからそんなこと言えるんだって思う人もいるだろうし、あるいは家族という鎖を全力でぶった切って縁切りして初めてそう思えるもんだろと考える人もいるだろう。
それでも理想論として、心構えとして、自分の中くらいではそう思ってた方がいいだろ。お前が消えて喜ぶものにお前のオールを任せるなと言いますが、お前が消えてもらっては私が困るなんてやつにもお前のオールを任せる必要はないってだけの話で。
一方で、タイトルにはパートナーとだけ書きましたが、友達や人間関係含め、そこらへんは自分の意思で選べます。家族は選べない割にずっと家族をやらなくちゃなりませんが、そうじゃないものは選べます。こいつムカつくなとかこいつおもんないなと思うやつとは友達にならなきゃいいんです。職場の上司は選べないとかそういうのは全然違う話なんで置いていきますよ、誰に自分を開陳するか誰を信頼するか誰を大事にしたいかという内心の自由の話をしている。
自分の好きな映画、好きな絵画、好きな景色、こいつになら話したいと思えるやつ以外にはわざわざ話してやる必要がない。
学生時代、教室で休み時間に小説かなんかを読んでるとクラスメイトの誰かが「何読んでるのそれ?」と聞いてきて、僕は本のタイトルとその著者の名前を答える。「へぇ、そうなん?それおもろいん?」と更に聞いてくる。僕はざっと話のあらすじを熱もなく語る。彼の答えは「そうなんや、俺あんま小説とか文字いっぱいで読まれへんからなぁ」だった。はい、これで終わりです。彼はもしかしたら僕と友達になりたかったのかもしれないけれど、僕はこの一連の流れでこいつと友達になりたいと思うところが一つもなかった。彼を馬鹿にするとかではなく、だって彼と僕のあいだに共通の話題が見つからなかったんだもの。
甲本ヒロトが学校について語っていた話で「教室なんか座っときゃいいんだよ、みんなと仲良くなんかならなくていいんだよ、山手線に乗り合わせて同じ車両の人たちみんなと仲良くしましょうね、なんてならないでしょ」みたいなんがあって、これは本当にそうだなと思う。話してて楽しいやつとだけ仲良く友達になればいいでしょ、と思う。
で、もっと言うとここまで話したふたつの話、「家族なんて他人じゃん」と「友達になりたくないやつとは友達にならなくていい」の両方をあんまわかってない人結構いて。
縛られてるという含みもあるので本人が全部悪いわけではないんだけど、家族を他人と思えずにある種の運命共同体みたいに考えてるタイプの人ほど「じゃあもう関係切ればいいじゃん」としか言いようがない「わがままな友達に振り回されてうんざり」とか「今いる友だちグループが人間関係めちゃめちゃでストレスでしかない」みたいな愚痴が多い気がする(これは偏見でいいです)。そして、そんな人間関係を切らないってことは維持することを自分の意思で選択してるわけなんですけど、維持するためにはガス抜きの愚痴を言う相手がどうしても必要で、そのおもんない愚痴を聞かされる役に選ばれて白羽の矢が頭に突き刺さってる俺はその人間関係より軽んじられているんだな、じゃあ俺もこの人を軽んじるしかないなとなるわけです。というかこの人は俺にとって愚痴しか言わなくて話しててワクワクしない人なのだからこの人と過ごす時間は無駄だから疎遠になろう、と僕は思う。つまり彼は、僕を遠ざけることを望まずとも選んだのだなという結論になる。
翻ってこのエントリを書き始めたきっかけがこの増田だったんですが、まぁ僕の考え方でいうとこの旦那さんは自分の意思で選べる自分の意思で選んだパートナーを自分で選んだでもないたまたまの偶然の自分の母親より軽んじてるんだな、むしろ選んだ理由は「僕の言うこともお母様の言うことも受け入れてくれそう」だったんだろうなーと僕の考え方では解釈されます。つまり息子として「家族という運命共同体」みたいなものを受け入れてる人で、自分のパートナーというのはその家族というユニットの外付けパーツみたいな感じなのかな、みたいな。別にそういうご家庭って世の中にたくさんあるらしいので、殊更に非難する気も起きないけれど自分とはちょっとパートナーについての考え方が違うんだなーと思います。
一方でそのパートナーである増田の方なんですが「ちゃんと自己主張してないのが悪い」という手厳しい意見も多いけれど旦那実家のユニットに組み込まれるような形で招かれた(明らかに向こうはそう思ってる)っていう状況下でそんな自己主張できるかっていうと結構それも大変なんじゃない、彼らの価値観では余所者として受け入れられてるんだろうし。と同情的に思う一方で先述したとおり「なんでそんなクソみたいな人間関係やってんの?」っていうことを続けるために他の人を愚痴のはけ口にする人というのも世の中たくさんいるので手放しに「あなたは全然悪くないよ」と言えるかは微妙。でも基本的には旦那が中立を装って母に寄り添うよりかは増田にもっと寄り添うのが筋じゃないの、とは思う。これは「自分の女を守る男たれ」とかではなく男女逆転してもそれが筋だろって話ですね。
僕はパートナーを持つ際に「俺はあなたと自分の意思で結婚するのであなたのことは好きだが、お義父さんお義母さんはその人柄に惹かれて家族になるわけじゃなくて勝手についてくるだけだから全く好きじゃないし嫌なところもたくさん出てくるし鬱陶しかったら鬱陶しいと言うと思うよ、そしてうちの家族に対してあなたも同じ感じでいいよ」という話はしていて、概ねこの考えを前提に互いの家族を含めた親戚付き合いをしている。
以上です。