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末は悪魔か大臣か

まもなく生後四ヶ月を迎える子孫が家にいるのだが、どこの赤子もそうなのだろうか。こいつがとにかく寝ることを嫌がる。
赤子ってやつは眠くなるとぐずぐず泣き始めるらしいというのは予てから聞いてはいたものの、私はてっきりそれを寝たいから泣くものなのだと勝手に解釈していた。しかし実際に子孫と一緒に暮らすようになってみてわかってきたのだが、少なくともうちの子孫に限って言えば、どうやら彼は寝たいから泣くのではなく寝たくないから泣いているものと思われる。彼は我が身に襲いかかる睡魔に抗おうと泣くのである。
Google先生に御うかがいを立ててみるに出てきた眉唾な話なのだが、一説によれば赤子にとって睡眠という自身に降りかかる現象は「何故か俺の意識が途絶える」としか認識できていないらしい。言われてみればなるほど、赤子は一日の3分の2を寝て過ごすとは言うものの、彼が自覚的に16時間睡眠を心掛けて生活しているようにはどうにも到底思えない。我々大人の感覚からすると好きなだけ寝られて羨ましいようにも思える赤子の生活なのだが、彼らの認識からすると彼らは一日のあいだに気絶と覚醒を何度も繰り返す正月繁忙期のレギュラー西川くんさながらの状況に毎日晒されているわけだ。
そして更に厄介なことに彼らは意識が途絶えたあとにまた覚醒するであろうという確証をまだ得られてはいないらしい。つまり彼らにとって睡眠と死はほとんど同じことであり、「死」という概念なんぞまだ知らない彼らであるが漠然と「このまま意識を失ってしまったら【俺】はそこで終わるやもわからぬ」という危機感を抱いた結果として、彼は渾身の力で泣き叫び、睡魔に抗うのだ。
繰り返すにGoogle先生カイゼル髭を撫でながら教えてくれた眉唾な話なので真偽のほどは定かではないが、少なくともうちの子孫を観察するにこの説は成る程なかなかに合点がいく。
まず彼は眠気を感じるとかぶりを振ってふぎゃふぎゃとぐずり泣きを始める。私はなるほどそろそろ眠たいんだなと思い彼を抱え上げ立ち上がると、ゆらゆらと揺らして眠気を促進させてやる。この時、彼の眠気をx、ぐずり度をyとするとy=xの式が成り立ち、グラフは馬鹿の考えた売上拡大計画のようにまっすぐに右上がりの1次関数直線となる。
彼は泣く。眠くなればなるほど彼は泣く。
それもそうだろう、彼の認識からすると一度意識を失ったが最後、その後自分がどうなるか皆目検討つかないのだ。ここでどうしたって気を失うわけにはいかない。死んでも死にきれないとはまさにこのことだ。
しかし彼が睡魔に抗い続けるにはまだ何もかもが足りなかった。俺だって24時を回ってもまだなお起き続けることができるようになったのはトゥナイト2の存在を知ってからだ。お前ごときが自分の意思にもとづき覚醒状態を維持し続けるには10年早い。必死の抵抗を物ともせずにゆらゆら揺らし続けていると眠気がピークに達した瞬間、彼は突然に瞬く間に寝る。その刹那手前までギャーギャーと泣き喚いてたにも関わらず「決めてた?この時間になったら寝るって最初から決めてた?」と聞きたくなるほどにピタッと眠ってしまうのだ。こうして彼は今日も自らの意思に反して眠りに落ちる。10年早いわ。一昨日きやがれ。
そんないつもの彼の睡眠導入過程だが、ある日、彼のこの一連の仕草があるものに似ていることに気づいた。悪魔祓いである。彼が眠気に負けまいと意識を留めようとする様子は、十字架を向けられせっかく憑いた身体を追い出されそうになるのに必死に抵抗する悪魔さながらだ。一度それに気づいてしまうとぎゃんぎゃん泣きわめく声も寝かしつけようとする自分に「やめてくれ、話せばわかる、なあ頼むよ、それだけは勘弁してくれ」と懇願しているようにさえ思えてくる。もしかしたら私が育てているのは案外悪魔なのかもしれない。
とは流石に思わないが、睡眠に入ると共に自分が身体から追い出されることを恐れ断末魔のように泣き叫ぶ彼の姿を見ていると、人間が寝ている時の魂というやつは本当に身体の内に留まっているのかどうかが本気で怪しく思えてくる。魂の話に「本当に」も何もあったものではないはずなのだが、なるほど人間、こっちを騙すつもりでいる奴よりも本気で信じ込んでしまっている奴の方がよっぽど危ない。睡眠への不安をまっすぐに表明する彼を見ていると、僕は大人なんかよりよっぽど彼に騙されそうになる。
齢四ヶ月にして親に魂の所在を疑わせるんだからまったく子供は恐ろしい。今後も彼は幾べんも幾べんも繰り返し、大人になってすっかり忘れてしまったわけのわからん道理で私の価値観を揺るがそうとしてくるのであろう。子供のころに知りたかったこと、わからなかったこと、今ならもっと考えられるはずなのに大人になるとそれ自体をいつの間にか忘れてしまっている。彼はそんな忘れてしまった問いをまた私に投げかけてくるのだろう。xの高まりに伴いyも加速させて腕の中で暴れる小さな彼を見ながら私はそんなことを考え楽しみに思い、同時に「いいから寝ろや」とも思うのであった。


まれにベビーカーや布団の上で一切の抵抗を見せることなく安らかに穏やかに眠りにつく時があるのだが、それはそれで「わが生涯にいっぺんの悔いなし」と言っているように見えて「なんでだよ」と思う。以上です。