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「広島の中3自殺事件について思うこと」感想文

▼僕は、この文章をイヤだなぁ、と思った。

▼タイトルで「自殺」という言葉を用いているのに、本文を読み始めると「自死」という言葉を持ち出しているあたりに最初は違和感を覚えた。それは後になって出てくる「人を殺す殺人と自分を殺す自殺と根本的な違いはない」という筆者の主張をより印象的にアクロバティックに見せたいがための方策であったのだなと読み進めるうちにわかった。

▼自殺という行為を自殺される側としては受け入れがたいという主張そのものはわからないでもない。死なれてしまうのは悲しい。ならば自殺全般を問えばいいはずだ。死なれてしまうのはいつだって悲しい。にも関わらず筆者はそれを、「長期間、苦しんで苦しんで精神を蝕まれて」選んでしまった自殺と「突発的な」自殺に区分しようとした。そんなこと、他人にできるはずもないのに。

▼それは寄り添うべき自殺と寄り添う必要のない自殺、ないし許せる自殺と許されない自殺を区分しようとしているようで、随分傲慢に感じた。

▼あなたが死んで悲しむ人がいる。誰かを死なせて誰かを悲しませることは罪深い。筆者はそんなふうなことを根拠に自殺する人間を殺人者だと(太字フォントを施しながら)主張し、そのような行為は「想像力や思いやりに欠けた行動」だと語った。自分にはその言葉は自分より他人を優先しろ我慢しろと言っているように見えて、死にたくなっちゃって死んだ人がさんざ浴びせられたであろう言葉と同質のものに思われた。

▼あなたを大切に思う人のことを考えればあなたは自殺をするべきではないという考えを下敷きにして続く主張の中に「先生も親も、友達も、誰一人、自分を理解してくれないこともある」なんて言葉が出てくる。理解してくれないということがそのまま死んだって構いやしないと思ってることだとは思わない。が、どうも歪に感じる。うまく話がつながらない。そんな孤独な状況を持ち出しながら、誰かのためにも絶対に死ぬな死ぬのは罪深いんだと主張されたって、一体誰のために死んではいけないのかまるで見当がつかない。筆者が想定している誰かとは一体誰なのだろう。

▼それはきっと筆者なのだろう。と俺は思った。

▼「そんな理由で死んでいいほどあなたの命は軽くないんだ」と筆者は言うが、ここまで見てきた通りに筆者は命の重さを他人からの評価に委ねるべきものと主張しているようだ。そしてその他人から、先生も、親も、友達も除外して、それでもなおこのロジックは成り立つものだと考えているようだ。ここでまだ残っている他人とは一体誰なのだろう。

▼それはきっと筆者なのだろう。と俺は思った。

▼となると「そんな理由で死んでいいほどあなたの命は軽くないんだ」というのも、誰かの死にたくなって死んでしまった理由と、その誰かと何の接点もない筆者が自殺の話はイヤだなぁと思った気分と、どちらかと言えば後者の方が重たっくて重要視だとか優先だとかをされるべきなのだと言っているように見える。それはあんまりに乱暴だ。

▼別に、死にたい意思を尊重しろと言ってるわけではない。

▼筆者が自殺のことをイヤだなぁと思うのは、自然なことだと思う。

▼ならば、そう言えば良い。私は人が自殺したなんて話を聞くと、どうしても落ち込んでしまうんだとか、そう言えばいい。それ以上に、自殺が良いとか悪いとかを言う必要があるのだろうか。「突発的な自死」なんて言葉を用いて、人が死に至った動機を矮小化して、他人の死をそんな風に扱ってまで筆者の感覚を正当化して良い道理なんざどこにもない。

▼誰にでも考えなくてはならない死がある。自分が明らかに「遺された」と思わされるようなそんな死が、誰にでもきっとある。それぞれの抱える死に大小はない。それは、それぞれが何とかするより仕方ない。これからも先々を生きていくために。それは極めて個人的な作業であるべきだ。見ず知らずの他人の死を引き合いに出して片付けようだなんてもってのほかだ。

▼最後にもうひとつ言えば、私個人の感覚としては「少年の死を無駄にしないよう」なんて言い草はもうひとつ苦手だ。彼でも彼女でもいいが、死んでいった人たちはただ生きようとした果てにたまたま死んだだけであって、我々に何かを教えるために死んだわけではまったくないはずだから。

▼僕自身、誰かが自殺した話を、どう言ったものか、どうすればどうなるものか。それは個々人の胸の内から自殺という選択肢を遠ざけるのか、あるいは近づけるのか。全くわかり兼ねている部分はある。被害者が自殺したことで初めて世の中が動き出す、同情してくれる、怒ってくれる、そんな風に思って死にたがる人が出るのはよっぽど悲しい。だからって、自らこの世を去った人の頭を踏みつけて「お前らも自ら去ったらこうなるぞ」なんて言いたくない。だって、俺だってその人に生きてて欲しかったからだ。

▼じゃあどう言えばいいのかなんてのはまだまだわからない。間違った言い方から学ぼうとするよりしかたない。

▼以上です。