かれこれはてなブログを始めてまる三年とかになるわけですけどその間ブログ論みたいなものが定期的に繰り返されてて、まぁ内容はほとんど一緒でKABAちゃんのポジションがクリス松村になったりミッツ・マングローブになったりくらいの違いしかないわけで、堂々巡りであることには違いないんでしょうけれども、それでも目隠ししたままその場でグルグル回ってしばらくそうしてから目隠しを外してみたら思ったよりも全然違うところに立ってたりするように、駅のホームで目隠しして1000周回ったら長澤まさみとヤレるよって言われてチャレンジしてたら案の定落ちて「3番線を電車が通過します」のアナウンスが聞こえて「俺落ちたの4番線であってくれ頼む!」って願うみたいな、そういうふうにやっぱり少しずつ変わっていってるんだろうとも思う。
誰がどんなブログをやろうがそんなもん人の勝手でお前はお前で好きにすりゃいいだけなのに人のブログのやり方にまでケチをつけるとかどんだけー!って話にしかならないのは今更わかりきったことではあるのだけれども、それでもこちら書き手の問題をさておいても「インターネット上に転がってるテキスト」の読まれ方というのは一昔前とは随分様変わりしているのは事実で、それによって書いても大丈夫そうなこと大丈夫じゃなさそうなことも否応なしに変わってきてて、「そんなの関係ねえ」と突っぱねて今までどおり好き勝手書き散らすにも変な胆力が必要だったりしてくる。なんか今、流れで小島よしおがちょっとオネエタレントみたいな感じになりましたけどそんなことはありません。
そんなことをボヤボヤ考えていたらこんな記事を見かけてなるへそと思ったのです。
概要だけ書くと、ラジオにはFM放送とAM放送があって、FMは割りとクリアな音質でAMは電波が拾いにくくてちょっと聴き取りにくいみたいな違いがあるんですけど、先日から「ワイドFM放送」なるものが始まりましてAM局の番組がFM経由でFMの音質でも聴けるようになったらしいんですね。で、いつもはAMで聴いてた安住さんの番組をFMで聴いてみたリスナーから届いたのが「安住氏の陰気さと陶酔感がクリアに伝わってきて、命が削られそうです」というコメント。ラジオを聴く習慣がある人はなんとなくわかる話だと思うんですけど、AMの番組っていうのは割りと本音感があってワイワイガヤガヤ喋ってる人の人となりを全面に押し出すことが多くって対してFMの番組ってのはあまり突っ込み過ぎない当たり障りがない話題が多いし喋るのも万人の鼻につかないええ声の人みたいなイメージが僕にもありまして、安住さんの言うことにはそれはあながち的外れな感覚でもないそうだ。FMのクリアな音質ではあまり込み入った話題をすると居酒屋で隣の席の愚痴や説教が聴こえてくるようであまりいい気分がするものではない。AMのラジオでするような話題はちょっとこもって聴こえにくいくらいが丁度いい。そんなわけなので「サランラップでも巻いて聴いてください」と安住さんの話にはオチがついております。
で、なんとなくなんですけど、インターネット上に転がってるテキストというのもワイドFM化してきてるところがあるなぁなんて考えたんですよ。クリアに聴こえすぎるというか尤もらしい話をしているように見えすぎてしまうというか。デザインひとつ取っても結構印象違うと思うんですよ。このはてなブログなんかも小奇麗なもんでしょう。こんな小奇麗なところで気に食わないこと言ってたらそりゃむかつくと思うんですよ。ジオシティーズの手書きHTMLでゴテゴテとした小汚いホームページでmarqueeタグで自己紹介してる明らかアタマ悪そうな奴がむかつくこと言ってても「馬鹿がなんか言ってら捨て置け捨て置け」で済むところ、あんまり小綺麗なブログテンプレートでフォントも上品でプロフィールもなんか整ってて一角の人物でございみたいになってるところで言われちゃうと「こんな馬鹿な奴の話が世にまかり通ってなるものか」って気分になって文句の一つも言いたくなるのは仕方ないと思うんですよ。
読まれ方もやっぱり昔はAMみたいだったのがFMみたいになってきてるよなぁと思う。これは僕の実体験に基づく偏ったイメージだけれども、AMなんてのは深夜に布団被って頑張って電波良いところを部屋をウロウロして探しながら一人でひっそり楽しむようなイメージ、FMってのは家族で車なんかで出掛ける道中に流しとくようなイメージ、俺が普段聴いてる油断するとすぐにオナニーの話を始めるAMの番組を家族の乗ってる車で流すなんてもっての外だし逆に深夜に一人でFMのぬるいラジオ聴いてるくらいだったら味がなくなるまで自分の親指でも吸ってたほうがよほど楽しい。吸ってる間、もう片方の親指は蜂蜜に漬け込んでて味がなくなったらチェンジするんですけど、それを繰り返してたら途中で寝ちゃって朝気付いたら両の親指に畳の隙間から湧いて出た赤蟻がビッシーって張り付いててひとまわり大きく膨れ上がって見えて電車のドアに指を挟まないように気をつけようステッカーの少年みたいになってるんですけど。
そういう風にして考えると、かつてのインターネットを楽しむ僕の心持ちは布団被って一人ごそごそやってたあの感覚にきっと近しい。逆にオフィスや飲食店で何かラジオを流すとするなら間違いなくFM一択だろうが、明瞭で聴き取りやすくそれでいて作業の妨げにはならない無難で危なげないFMらしい話題というのはfacebookで好まれる情報の傾向と一致する。あいつら自分ちで飼ってる猫もちゃんとかわいがってるのか心配になるくらい猫の画像シェアしよる。
もちろんFMにはFMの良さがあって、AMにはAMの良さがあって、そのうえでAMならではの良さを信奉してる人ってのは今でも少なからずいることだろうと思うし俺なんかどう考えたってAM感覚だぞと思ってはいるんだけども、悲しいかなインターネットはそんな僕の感覚とは裏腹に、一律にワイドFM放送化してる趨勢というところなのだろう。やってるこっちの感覚はまるっきりAMで、聴きたい奴だけ頑張って粗い音声を拾って一人で聴いてくれ、聴きたくて仕方ない奴以外は「なんか知らない奴がガヤガヤ騒いで馬鹿笑いしてるけどよくわかんねえな」ってすぐにFMに替えてくれ。こっちはそう思っているんだけどワイドFMが普及しちゃってるもんだから運転中のお父さんがザッピングして周波数探してたら実にクリアな音声でこっちの声が届いちゃって「なんだこの品のない奴らは、害悪だ」とか言われちゃって、それはそうかもしれないんだけど、そう言われるのがわかってたから深夜に一人で大事にそれを聞いていた僕としては少し悲しい。
もちろん「人を不快にさせることなんか書かなきゃいいだろ」という正論は正論だし、こうなっちまったもんは仕方ねえんだからその中でやるしかねえのもその通りなわけで、そこで腐るつもりもないし、別にここに書いた内容自体今更言うまでもないわかりきったことで新しいことは一つもないのだけれども、「ああ、俺はAMっぽくしていたいんだな」と思うとグッとわかりやすくなったので、書いた。以上です。