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説話・イヌさんとキツネさんとタヌキさんとウサギさん

とある森に十年来の仲良しグループであるイヌさんとキツネさんとタヌキさんとウサギさんの4匹がおりました。しばしば童話では対立関係として描かれる彼らではありますが、この話に限っては本当にただただ仲の良い十年来の付き合いです。

イヌさんは十年前からずっと付き合っている彼女がおり結婚してから早や三年が経とうとしています。キツネさんは一年ほど前に付き合い始めた彼女とまさかのスピード婚、結婚して半年足らずの新婚さんです。タヌキさんはキツネさんの披露宴の二次会をキッカケに、生まれて初めての彼女ができました。ウサギさんにはずっと彼女がいません。互いの生活環境が変わっても相変わらず仲良しの4匹は今までどおり少なくとも月に一度のペースで花金に顔を合わせ、酒を飲み交わし、互いの近況を報告しあっています。

いつものようにまた集まろうと約束していたとある金曜日、待ち合わせ時刻の直前になってウサギさんは急な用事ができてしまい今日は参加できないとの連絡が4匹で作ったLINEグループに飛び込んできました。しかし他の3匹はもうほとんど集合場所の近くまでそれぞれ来てしまっていたところでしたので、折角だし集まるだけ集まろうかという話に誰からともなくなりました。ウサギさんも「俺のことは気にせず今日は3匹で楽しんでくれ」とLINE標準のウサギのスタンプつきで3匹を送り出してくれました。あまりお喋りが得意ではないイヌさんは、みんなのムードメーカーでいつも一番口数が多く一番出席率も高いウサギさんがいなくて一体どんな雰囲気になるのだろうかと少し不安に思いながら待ち合わせ場所に足を運びました。結論から言えばこの不安はまったくの杞憂でした。

イヌさんは少しビックリしてしまいました。なぜならキツネさんとタヌキさんがこんなに饒舌なところを見るのは本当に初めてなのではないかと思うほどに、キツネさんとタヌキさんは本当にたくさん、楽しそうにお喋りをしてくれたからです。その内容はというと主に惚気・パートナーに関する愚痴・パートナーとのコミュニケーションについての悩み相談、主にというか全体的にそういう話しかしませんでした。イヌさんはもう嫁さんとの付き合いもいい加減長いので取り立てて話したいこともありませんでしたが、2匹の口から語られる愚痴のような惚気のような話はとても初々しく感じられて新鮮で、また自分も似たようなやりとりを嫁さんと昔したことがあったっけなとどこか懐かしくも思われ、とても面白く耳を傾けることができました。時にはイヌさんも交際の年月が最も長いことから先輩風を吹かせるような調子でたびたびアドバイスめいた調子のことを言いもしましたし、もしかするとイヌさんもそうしたなかで惚気に近いことを口走ってしまっていたかもしれませんが、それが許される空気が3匹の中には終始ありました。

なるほど、よくよく考えてみればこうなることは誠にわかりきったことである、とイヌさんは思いました。ウサギさんは良い奴ですし、みんなウサギさんと本当に友達です、ウサギさんに彼女がいないからと言ってそれを馬鹿にする奴は1匹もありませんでした。強いて言うならばウサギさんに彼女がいないことを一番ネタにしていたのは、ほかでもないウサギさん自身だったのかもしれません。例えばこの夏はどこかに行く予定はあるかという話になれば、そこには「誰と行くか」という情報も自然と含まれます。順繰りそれぞれの予定を聞いたウサギさんはこう言います。「良いよなぁ、みんなは。それに引き替え俺なんてさ」、そんなウサギさんに対して3匹は言います。「ウサギさんにだってそのうちきっと良い人が見つかるよ」、ウサギさんはそれを打ち消します、「いや、どうせ俺になんかそんな人は出来やしないよ」。みんなそんなやりとりに不満があるというほどでは決してありませんでした。むしろ、そういったやりとりが4匹の中では当たり前のことだったのです。「いざ結婚してみて分かったんだけれども、家に帰ったら必ず他人がいるっていうやつはなかなかめんどくさいもんだね」「そうかなぁ、俺からすると羨ましいよ、帰りを待ってくれる人がいるなんて」、「この前喧嘩しちゃったんだけど女って本当にめんどくさいよ今後いつまで付き合っていけるか僕は少し自信がないよ」「喧嘩をする相手がいるだけいいじゃないか、その点俺なんか寂しいもんでさ」、繰り返すがそんなウサギさんを3匹が疎ましく感じたことなんて一度もなかった。だってそんな風な会話は4匹にとってとてもいつも通りで普通のことだったんだから。ただ、ウサギさんが割り込んで遮ってしまった会話のその先に、キツネさんもタヌキさんも実は本当は喋りたかったことがこんなにもこんなにもたくさんあったんだなぁ、とイヌさんは思ったのでした。

その日、タヌキさんとキツネさんは結局最後まで本当に饒舌でした。気付けばアッという間に終電の時間が近づいておりました。ウサギさんがいれば最後の三十分などは「どうだい、金曜日だし終電なんて気にせずこの後もう一件行かないか?」「そうか、そうだよなぁ、みんなは家庭があったり彼女がいたりするんだもんなぁ。明日の予定がないのは俺だけか、じゃあ仕方ないよな、気持ち良く終電で帰ろう」というお決まりのトークが挟み込まれるはずでしたが、今日はそんなやりとりもなく、残されたわずかな時間を一秒でも無駄にしてなるものかと言わんばかりに3匹はギリギリまでそれぞれが順繰りに最近の自分の話をし、他人の話に耳を傾け、相槌を打ち、共感しあいました。そうしてタヌキさんとキツネさんが大層満足気な様子で手を振りながら、終電の時刻が迫る改札の向こうへ、帰りを待つ人がいる家路の方向へ、足取り軽やかに消えていくのをイヌさんは見送りました。

再三繰り返して恐縮ですが、3匹は別にウサギさんのことが嫌いなわけじゃあありません。そんなことは他の2匹も別に思っちゃいないだろうとイヌさんは思いました。しかしイヌさんはその一方で、タヌキさんとキツネさんのどちらか或いは両方から、「今度また3匹だけで飲みに行かないか」という連絡がきそうな予感がしていました。それが良いことなのか悪いことなのかはイヌさんにはどうにもわかりません。ただしもしそんなことになったとしても、それはきっと取り立てて誰が悪いという話ではないのだろうとも思いました。もう一つイヌさんが考えたことは、この4匹の交流を、誰よりも毎回楽しみにしていたのはやはりウサギさんなのではないかということです。イヌさんは何となくそのことに気付いてはいました、気付いてはいましたものの、もしキツネさんとタヌキさんとまた3匹で飲みに行こうと言われれば、きっと「ウサギさんも呼ぼうじゃないか」とはなかなか言いにくいだろうなと思うイヌさんなのであった。以上です。