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僕が初めてゴキブリと闘った話を三回します

故郷北海道を離れて関西の隅っこで生きる僕が時たま投げかけられるお馴染みの質問として「北海道にゴキブリがいないって本当?」というものがある。結論から言ってしまえば、この質問に対する回答は「イエス」だ。北海道にはゴキブリがいない。だから僕は生まれてから北海道を出るまでの18年間、ゴキブリというものを見たことがなかった。今日僕が皆さんに三回するのは、そんな僕が初めてゴキブリと遭遇した時の話である。

これは僕が大学一回生のちょうど今頃の季節の話なんですけど、思えばその日もちょうど雨だった。大学の授業をそれぞれ終えた僕と佐原くんは、佐原くんというのは大学で同じ部活に入ることになった新しい友達なのだけれど、僕と佐原くんはその日ちょっぱやで片づけなくちゃあならない雑務があったものなのでどうせなら僕の家でダラダラやろうという流れになったので僕は初めて自分の家に友人を招き入れることになった。僕と佐原くんは雨と汗で肌に張りつくシャツを不快に感じながらもどうにかこうにか家に辿り着き、一先ずはまだ碌に家具も揃っていないガランとしたワンルームの中央あたりに何となく腰を落ち着けた。そこで佐原くんが一言。

「エアコンつけていい?」

なるほど、その手があったか。僕は膝を打った。というのも僕は初めての一人暮らしに浮かれていて実家ではなかなかできないことは可能な限りに行使してやろうという思いから家では基本全裸で活動するようにしていたので、そこまで暑さに苦しめられるということがまだその時点ではなかったのだ。更に言えば学生の一人暮らしと言えば貧乏けちけち節約生活こそが醍醐味だというステレオタイプの憧憬が田舎から出てきた僕の胸の内にあったのも無理からぬことだろう。とどのつまり、僕はその家に越してきてからそれまでの間、ただの一度もその貸し部屋に備え付けだったエアコンのスイッチをつけたことがなかったのだ。しかし佐原くんがいるこの状況で流石に二人で全裸になるわけにもいかないし、これはちょうどいい機会だ、今日が初めてエアコンをつける日だ。僕はそういった諸々の事情を佐原くんにも説明したうえで、壁にかけられていたリモコンを手にとり電源スイッチを押した。エアコンはブゥーーーンと唸るような起動音を数秒発した後、ゆっくりと送風口を開き始めた。と、まぁこうして描写はしているものの人生初めてのエアコンというわけでもなし、特にエアコンの方を気にかけるでもなくリモコンの電源を押すやいなやで僕と佐原くんは全然関係ない別の会話を始めていたわけなのだけれども。

その時だ。

エアコンの送風口から何か黒い塊が、ボトリ、ボトリと二つ落ちるのが僕の視界の端で見えた。ゴキブリである。佐原くんはエアコンに完全に背を向けていたが、ボトリ、ボトリという音になんだなんだと振り返ってみるとそこにいるのは二匹のゴキブリである。まず最初に佐原くんが悲鳴をあげた。それにつられて僕も悲鳴をあげて、二人は立ち上がった。この初っ端のリアクションから見てわかる通り佐原くんはゴキブリが大の苦手で立ち上がるやいなやでエアコンがついている壁とは反対側の壁まで一跳びに張り付いた。僕はやっぱりそれにつられて佐原くんと並んで二人、仲良く壁に張り付いた。僕らと同じように二匹のゴキブリもじっと動かず、しばらくのあいだ睨み合いが続いた。佐原くんに引っ張られてゴキブリにかなりビビり倒していた僕であったが、ようよういつまでもこうしているわけにもいかない。僕は意を決してゴキブリと闘うことを決意した。ところがどっこい、何せ僕はその時生まれて初めてゴキブリを見た。ゴキブリというやつの存在と厄介さを初めて認識したばかりのところだった。それ以前の僕はゴキブリの恐ろしさも知らず、また僕の目の前にゴキブリが出現する日がやってくるだなんて思いもよらなかった。つまりその時、僕の家はゴキブリと闘う一切の準備が整っていないままだった。ゴキジェットなんてもちろん無いし、そもそも男の一人暮らし、そのうえまだまだ引っ越してきて日も浅く必要なものも必要になった時に揃えていこうという状況だったので武器になりそうなものすらまるで見当たらない。消去法によって僕の武器はスコッティの箱になった。リーチめっちゃ短い。覚悟を決めた僕はスコッティの箱を片手にグイとゴキブリに詰め寄ったがそれと同時に二匹いるゴキブリの一匹が僕の方に向かって羽を広げ飛びかかった。今度は僕が先に悲鳴をあげてそれに続いて佐原くんが悲鳴をあげて、二人は八畳一間のワンルームからの撤退を余儀なくされ玄関兼キッチンのわずか一畳ほどのスペースに逃げるように滑り込んだ。それからしばらくは、いい年をした男二人が身を寄せ合うように膝を抱えて座り込み、ドア一枚を隔てた向こう側の住居スペースにいるゴキブリ二匹に頭を抱え途方に暮れていた。真剣にこのまま一時的に部屋を奴らに明け渡し、佐原くんの下宿に身を移したうえで後日なけなしの生活費で完全武装してリベンジを決める案が検討された。

というか、一度は完全にそのような結論に落ち着いた。恐る恐るドアを開けてゴキブリが先ほどと同じ位置にいるのを確認したうえ、ひっそりと二人の鞄を回収し、僕らは佐原くんの家を目指して先ほど脱いだばかりのスニーカーを履き直した。僕がこの完全撤退という結論を翻すのは、まさに玄関を出てドアに鍵をかけようとしたその時だ。やっぱりこのまま逃げるわけにはいかない。僕は今日初めてゴキブリに直面したわけだけれども、このまま引き下がってしまってはきっと僕は今後一生ゴキブリに勝てなくなってしまうような気がする。僕は何としても今日、あいつらを倒さなくてはならない。熱っぽく語る僕を見る佐原くんの目はどうでもよさそうに濁っていた。佐原くんを尻目に僕はさっそく次の行動にうつった。兎にも角にも奴らと闘うには武器が必要だ。まもなくして僕はアパートの隣の一軒家に住まう大家さんを訪ねて事情を説明し、ホウキを貸してもらうことに成功した。更にはTシャツ一枚にジーパンという僕の軽装を見かねて、優しい大家さんは如何にもジャスコで売ってそうな取り立てて形容のし甲斐もない白い厚手のパーカーまでも貸してくれたのだ。確かに先ほどのように飛びかかられる可能性を考えれば肌の露出を極力抑えられるパーカーはメンタル的にかなり頼もしかった。ありがとう、大家さん。こうして装備を整えた僕はフードをスッポリと覆い被る格好で決戦の場所へと踵を返した。

そうして僕は玄関の前で膝を抱え項垂れる佐原くんを横目に自分の部屋へと飛び込み再びゴキブリに相対、およそ五分に渡る格闘の末、見事二匹のゴキブリを撃破。死骸はスコッティ4枚で包みゴミ箱にポイしてやりました。お陰様で今ではもちろん好きじゃあ無いながらも普通にゴキブリに対処可能な嫁さんにも頼られる立派な大人に成長できました。お母さん立派な身体をありがとう。大家さん立派なホウキをありがとう。ちなみに二匹目のラストゴキブリにトドメを刺した瞬間テンション上がりすぎて雄たけびを上げてしまっていたようで、佐原くんに勝利を報告しようと表に出たところ大家さんも窓から顔を出していて目が合ったと思ったらウインクをされました。

僕がゴキブリを初めて見たのは大学一回生のちょうど今くらい梅雨の季節だったと思うんですけどその日は実家が貧乏な佐原くんを初めて家にお招きすることになってて雨の中二人で傘さしてもちろん一人各一本で計2本さして危ないフラグも立てることなく何とか家に着いたんですけどまぁ暑いじゃないですか。暑いしジメジメしてるしもう雨だか汗だかわからんけど身体中ベトベトで、これ普段やったら僕はその頃一人で家にいる時は基本全裸なんで裸族なんで、一糸まとわぬ姿になってちんちんだけ何かしらの四足獣の角を被せておけばそれなりの清涼感得られるところだったんですけど如何せん佐原くんがいるんで、今ここで裸族になってしまうとさっきしっかりとへし折ったはずのフラグが1本とペニスケースがそれぞれ1本ずつで計3本がそそり立って電気を消さなくちゃならなくなるのでそうもいかないじゃないですか服を脱ぐわけにはいかないじゃないですか。そこで言うんだ、佐原くんが。

「エアコンつけていい?」

そうね、そういえば俺普段裸族だったから、エアコンつけたことなかったんだ。こっちでは一人暮らしのワンルームだと備え付けのエアコンがあったりするんだけれども、そういえば使ったことなかったんだ。だから僕は佐原くんがエアコンつけていいと言ったから6月11日はエアコン記念日ってな調子でリモコンピーッってやったら送風口がウィーンて開くじゃないですか、そこからボトリボトリって音がしたと思ったらそれゴキブリですよ。やばくないですかやばくないですか。ゲーセンのコイン落としみたいな感じでエアコンがカパー開いたと思ったらゴキブリが僕コインですけどみたいな顔で二匹がボトリボトリですよ。演出パンチ効きすぎでしょ、バイオハザードのハンター初登場シーン思い出したわ。ただでさえこっちは初対面のゴキブリに面喰ってるっていうのに佐原くんがギャーギャー騒ぐもんだから僕も引っ張られますよ。とりあえず出来るだけゴキブリから遠ざかりたいからっつって壁にベター張り付いて、これ劇場版の名探偵コナンやったら絶対この後ゴキブリ飛び掛ってきたところで壁がバタンってひっくり返って隠し通路進む展開なるわくらいの勢いで壁にベターって張り付いてゴキブリを警戒するわけですけど、警戒したところでどうにもならないからね。闘うかって結論に持ってくしかないわけですけど、その頃僕引っ越してきたばっかやし、ましてやゴキブリ対策用の武器なんて何もないわけですよ。それこそスコッティの箱くらいしかないわけですよ。「素手じゃない」以上のアドバンテージがない。リーチほぼ変わってないですからね。それでもしゃあないから挑むわけですけど、ここでビックリしたんが漫画とかで見たことあるけど本当にあいつら身の危険を感じたら特攻してくるのね、俺が振りかぶった瞬間二匹いるうちの一匹がグワーって羽広げて飛び掛ってくるわけですよ。逃げたね。俺は逃げたよ。あれはあかん。俺今では普通にゴキブリと闘えるは闘えるけどアレは今でも怖い、俺は叫んだし佐原くんも叫んだよね。そして気付けば俺と佐原くんは玄関兼キッチンの一畳くらいのスペースに逃げ込んだよね。玄関兼キッチンとゴキブリが控える住居スペースは一枚のドアで隔てられてるわけだけど、俺はそこに寄りかかって、知らないけどNANAの何巻かの表紙みたいなポーズで腰を落として項垂れてたよね。いや本当に知らないからそんな表紙あるのか知らないけど。もうこれあかんよってなって、二人とも完全に戦意喪失してたからもう佐原くんち帰ろうってなったけど、俺諦めなかったよ。だってここで負けたらね、尾を引きますよ。一生俺はゴキブリに勝てないんちゃうかってなったんで僕は大家さんを訪ねたよね、武器くれつって。そしたらくれましたよホウキ。ありがとうございます!ありがとうございます!つって、だってリーチで言うとスコッティ5つ分くらいあるわけですから、みなさんありますかホウキの長さをスコッティ換算したことありますか。この一事を以って見てもその時の僕にとってホウキがどれだけ頼もしい武器だったか分かってもらえると思うんですけど、そのうえパーカーまで貸してもらえて防御面もバッチリですよ。あいつの素肌に触れて欲しくなさヤバいでしょ。そういう意味でパーカーも超ありがたかった。そうして僕はリベンジに臨みましたよ闘いましたよ、ウシジマくんのマサル拉致る若造集団みたいにパーカーがっつり被りこんでボコボコにしてやって何とか勝ちましたよ。勝鬨あげましたよ。比喩じゃなくて本当に勝鬨あげてたもんだから大家さんにホウキ返しに行こうと思ってパッて見たら大家さん勝鬨聞こえてたみたいで窓から親指立ててましたけどね。お陰様で今でもゴキブリ出てもちょちょいのちょいですわ、まぁゴキジェットスプレー使うけどな。ホウキで闘うのはどのみちバイオハザードのナイフプレイ程度にはきついよ。

大学の時に家に友達呼んでエアコンの電源入れたらたぶんそこで一冬越してたゴキブリが二匹ボトボトーつって落ちてきて、何せ梅雨に入るその時まで電源入れたことなかったから、その時一緒にいた佐原くんは貧乏の出でゴキブリ見慣れてるだろうにゴキブリ全然ダメでさなんか子供の頃に夜中パッて起きたら顔にゴキブリがいて以来ダメなんだって。夜中パッて起きたら口元のちょっと下のところにゴキブリがいてゴキブリ効果で宮沢りえみたいな顔つきになって以来ゴキブリが全然ダメだから完全戦力外で仕方ないからスコッティでバーン叩こうとしたらバーッ飛んできて危うく俺も宮沢りえになるところをすんでのところで回避したものの悪堕ちした肌が青い宮沢りえになりかけた手前もうおいそれとはスコッティでは闘えないじゃないですか。一度は諦めかけたけど大家さんがホウキ貸してくれたからそれで闘って倒したんだけど最後の方「見たかこの馬鹿ヤロー!!」て叫んでました。大家のババアが葉巻くわえて敬礼してました。今でも嫁がてんでゴキブリ駄目なんで僕が相手しますけど最後絶対罵ります。以上です。