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「モテなさ」あるいは「好かれたいと思って初めてポイントを稼ぎ始める愚かさ」について。

えーと一瞬で終わります。覚書くらいの感じなんですけど、140字にはどうしたって収まらないのでこっちで、くらい。

モテ度とか非モテ度とかとはまたちょっと違う「モテなさ」という指標があるような気がして、そこで結構な数値を叩いてるがゆえに恋愛沙汰を遠ざけてる人が結構いるな、という予感を龍の髭で耳かきしてたら察知した僕です。もう一方の手にはでんでん太鼓を持っていました。気付くと朝でした。なんのこっちゃわからんと思うかもしれませんが、俺もあんまわかってない。ただ、非モテ度が高くても「モテなさ」数値が低いので恋人がいたり結婚できたりしてる人がなんだかいるぞ、というこの感覚。これについて取り急ぎの暫定結論が俺の中で出来上がりましたので、俺は俺の頭の中のメモにこれを走り書きしたうえ、俺の脳の片隅にある冷蔵庫にこれを貼り付けるべく書き記します。どうぞよろしくお願いします。

そもそもの話、これはすべての人間関係において言えることですが、人間関係のすべては基本的に加点方式です。これが社会というでっかいものの運動の話になってくると減点方式的な側面が目立ちそれはそれで中島みゆきを聞きたくなる世の中ではございますが、対人に関してで言うと、もうこれはびっくりするくらい加点方式です。たとえば貴方がAさんと出会うそのコンマ1秒前のその瞬間まで、Aさんにとっての貴方はもう死なれたって涙の一つも出やしない、そんなことよりアイスを食べたい、そろそろスイカバーが食べたい季節だ、貴方はAさんにとってそんなチッポケな存在であるという真実を貴方と僕は知るべきでしょう。

そして一度全然関係ない話をします。例えば僕が大嫌いな台詞のひとつに「別にウケようと思って言ったわけじゃないし」という面白くない奴の言い訳があります。僕はこれを聞くとムカムカしてお父さんに泡盛を送ってくれと電話してしまいます。面白さという指標は評価される当事者の「今そこを見て欲しい・見て欲しくない」に関わらず、常にそこにあります。それはもう温度や質量や長さがいつだってあるように、本人の意識に関わらずあります。例えばチビに「お前はチビだな。性欲強いのか?シーツは週何回替えるんだ?」と言ってみたとしましょう。「確かにチビだけれども、それがどうした?」と言われれば確かにそうだ済まないことを言った、となります。ところがそこで「今はジャンプボールをするわけではないのでチビでも問題ないはずだ」と言われればどうでしょう。じゃあ今からジャンプボールするかボケじゃあ今からジャンプボールするかボケという気持ちになるのは当然のことです。変に矢口を混ぜたので分かりやすさが本来の半分以下と非常にカロリーオフな感じになりましたが、そんな具合に、「普段から常にある・ないことにはできない」パラメーター値というものは何も身長などの物理的な部分に限った話ではなく、あらゆる領域で付き纏うものだという当たり前の話を僕は戦争に行く前にお前らに話しておかなくてはならない。パラパラ戦争へとパラパラを踊りに行く僕は、お前らに言いたいことがある。泣きじゃくりながら、マスカラをどえらい落としながら言いたいことが、俺にはあるのです。

さて、そういう「常にあるパラメーター」を常に気にするのがめんどくせぇなとサボってしまう性質の延長上にあるのが「モテなさ」です。「モテなさ」とは恐らく想像力の欠如です。あるいは思いやりの無さです。「モテなさ」を備えた人間は、まず相手を見ます。まず相手を判断します。自分がその人に好かれたいか懇ろになりたいかどうかをじっくりと吟味します。その時、彼や彼女は観察者に徹します。徹した気になります。しかし、世の中そんな甘くはありません。彼や彼女とAさんが出会ったその瞬間から、加点方式の人間関係はマッハでスタートしています。観察者ですよの顔をしたところで、そんな言い訳は通用しないのが東京からサバンナまでこの世の全てです。しかし、彼や彼女はそのことを知りません。知らないのか、知ろうとしないのかは僕には分かりません。加点に値しない、ゼロを叩き続ける彼や彼女が何を考えているのかなんて、もはや僕や貴方にとってはどうでもいいことなのです。その後、「モテなさ」を備えた彼や彼女は、ようやく品定めを終えると重い腰を上げポイントを稼ぎに行きたい相手へのアプローチを開始します。時既に、アレです。あの合間にガリ食うやつです。時既にあの合間にガリ食うやつです。

なんか書き始める前はもっとスカッと明快に1000字いかんくらいで終わらす予定だったんですけど毎度毎度のこのザマですけど。これはまー極端というか「そんなんわかっとるわいボケ」の人が大多数の話なんですけれど、なんか「モテなさ」あるなーみたいなの思って書きました。「好かれたい」というエンジンの立ち上がりが遅いというか、タイヤが温まってないというか、お客様根性かよみたいな。そこで損してる人すげぇ多いんだろーなーとか最近思う。恋愛って範疇でいうとプライベートだから余計サボりたくなっちゃうんだろーなーとか。逆に婚活女子とか言われるようなガツガツした感じというのもなんかタイヤから湯気出てるよ、6月なのに!朝9時なのに!みたいなどんだけ感が敬遠されたりすんのかなー。飽きたんで切り上げますけど、まぁ、まとめると「好かれたいと思ってから好かれようとしても遅い」あるいは「一期一会を忘れずに」という、アレな結論なんですけど。以上です。