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【読み物】昔されて嫌だったことは人にもしないぞ道場:そして、父になる編

 とある区民センターの一室に集まったのはいずれも30歳前後の男性たち総勢六名。コの字に並べた机に各々ひとまずは腰を落ち着けたものの主催者のいない無機質な空間で誰しもが所在なさげにもじもじしている。しかし良い大人が、しかもこれから大人としてより重大な使命を担う男たちが六人も集まっていつまでもそうもじもじしているわけにもいかない。やがて彼らは何ら面識のないお互いの顔を見合わせながらおずおずと二言三言の挨拶を交わし始める。

「あ、鈴木です」

「小林です」

「あ、今回が初めてですか?」

「あ、そうなんですね、僕も初めてなんですよー、緊張しますよね」

「私は、実は二回目で。前回の講習でたぶん大丈夫だと思うんですけど、二人目が念願の女の子のようでして、それで少し不安になりまして……」

「ちなみに今は何か月?」

「あ、同じくらいですね。私のところも12月が予定日なんですよ」

 盛り上がってるか盛り上がっていないかでいうと至極微妙ではあったが、いずれも同じ境遇、同じ悩みを胸に抱いて集まった同志たちである。打ち解けるのにそれほどの時間はかからなかった。ワイワイガヤガヤとはいかないまでも小会議室は徐々に活気を帯び、隣同士というだけの理由でひとまずの会話を始めてできあがったそれぞれの二人組がどちらともなく他の二人組にも話しかけていき、いつの間にかすっかり六人全員が既知のような調子で互いの近況を話すようになっていた。みんなパパになるのを控えた立派な社会人なのだからこれくらいの中身の無いコミュニケーションなどやってやれないことはないのだ。やれなくては困るのだ。

 と、その時、小会議室のドアを勢いよく蹴破り、ジャック・スパロウのコスプレをした年齢不詳の男が現れた。この人こそ、昔されて嫌だったことは人にもしないぞ道場師範・ジョニーゼップサイタマ先生である。

「今日はお前らみんなこの道場の門戸を叩いてくれてありがとう、未来のお父さんたち! ハッピーそうで何よりだ! だが一つ言っておく、お前らのハッピーは俺には一切関係ねえ! 興味もねえ! わかったか!」

 ジョニーゼップサイタマ先生の随分な挨拶にあっけにとられる一同。ゼップサイタマ先生はもう一度大きく叫ぶ。

「わかったか、返事は!?」

「はい!!!!!!」

 

 ★

 

「えーそういうわけで、お前らがわざわざ自分で来てくれたんだから今回の講座の主旨はみんなわかってくれていると思うが、まずそこらへんは問題ないか?」

「はい!!!!!!」

 ゼップサイタマ先生のノリが大体掴めてきたので今度は間髪入れず一同元気よく返事をする。これから家族が増えればより多くの他人と交流する機会も増えるのだ、これしきの空気も読めないようでは先が思いやられるぜ。その威勢の良い返事に気を良くしたゼップサイタマ先生は右手に担いでいたあのタイガージェットシンが持ってる感じのやつを一舐めすると満足そうに微笑んだ。

「まあ、そう緊張するな。俺はお前らのことを嫌いなわけじゃない。むしろ好きなのさ。誰しもが舞い上がりがちな人生の一大事に浮足立つこともなく過去の自分を忘却するでもなく、自分を戒めようと自らの意志で、その足で、ここに来てくれた。そんなお前らが俺は大好きさ。これから少々耳に痛いことも言うかもしれないが、決してこのことは忘れないでくれよな!」

「はい!!!!!!」

 一見なんでもないように取り繕って聞いている一同であったが、眼光するどいジョニーゼップサイタマ先生の頼もしさに実はみんな内心では既にハートをがっちりキャッチされていた。ゼップサイタマ先生に視線を注ぐ一同の目には感動にも似た期待の色がありありと窺える。ああ、俺たちは決して間違っていなかった。ここを訪れて本当に良かった。俺たちはここで、もう一度あの頃の自分を思い出す。若かりしあの頃の、相槌を打ちながらも子供の話とかされてもこっちは少しも興味ねえわ糞がと内心思っていた自分を思い出し、そして……、そして……、興味ない人にやたら自分の子供の話をこぼしてウザがられたりは決してしない、ダルくない父親になって見せる!

 

 ★


 そしてそんな導入もそこそこに、自前のバランスボールに跨ったジョニーゼップサイタマ先生の問答が遂にその幕を切って落とす。

「よし、それでは早速だが、おい、そこのお前。どうだ、経過は順調か?」

「はい、お陰さまで!」

「そうかそうか、それは何よりだ」

「ええ、一時期は悪阻がけっこう大変だったみたいで、もともと家内も身体が強いほうでもなかったもので食も細くなって心配してたんですが……」

「うるせえ、そこまでの興味はねえ!!」

 ゼップサイタマ先生の怒声が薄暗がりの向こうまで響き渡った。なぜこの空間にそんな薄暗がりがあるのかというと、ゼップサイタマ先生がそんなスペースを広く使ってする話でもないからと言うので部屋の片方の蛍光灯はオフにしているのだ。会議室のレンタル料はもちろんちゃんと払っていると言えども、その電気代は税金から支払われる……。口調は少々荒っぽいがゼップサイタマ先生はそういう気遣いができる男なのだ。だからこそ、人生の幸せ絶頂期にかまけてそんな気遣いをついつい忘れようとしてしまう俺たちをこうして導いてくれる。

「いいかお前ら、毎日が初めて尽くめで浮わつく気持ちはわかる。しかし、世の中の奴らがみんなそんなお前らのドキュメンタリーに興味があると思うな。かつての自分を思い出せ! おい、じゃあそこのお前、自分が20代半ばに差し掛かり仕事もそこそこに合コンにかまけていた頃を思い出せ、会社の喫煙所で新婚の先輩に一緒に住み始めたもののちょっと帰るのが遅くなっただけでうるさく言われて敵わないぜみたいな愚痴を言われた時どう思った?」

「はい、お前が好きでした結婚だろうがゴチャゴチャうるせえなと思っていました!」

 思わず椅子から起立して背筋をピンと伸ばして受け答えする受講者の一人を三白眼できっと睨んだゼップサイタマ先生の口角がにやりと持ち上がる。

「そうだろうそうだろう! じゃあお前はどうだった?」

「はい、僕はその頃全然モテなかったので、結局惚気じゃねえか文句言われるだけマシだろうが俺は帰ったら独りだ糞がと思っていました!」

 同じく椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで席を立って叫んだ彼の言葉を聞くと、ゼップサイタマ先生は左右に水平に伸ばした両手で大きく一つ、拍手を打ち、そのままマハラジャっぽい動きをした。その真意はよくわからない。

「いいぞいいぞその調子だ! そもそもお前らそんなに結婚したかったのかどうなんだ! そこのお前!」

「いえ、別に、したい奴がすればいいけど俺は別にいいやくらいに思ってました!」

「そうだよなぁそうだよなぁ! 金はかかるし自分だけの時間は持てなくなるし、結婚は人生の墓場とは昔のえらい人もよく言ったもんだ! かつてお前らもそういうふうに考えていた、しかしどういうわけか今は結婚して子供まで生まれようとしている。だからこそ今こうしてここにいる、そうだろ違うか!?」

 呼応がすぐさま返って来るのを信じて疑わなかったゼップサイタマ先生は受講者たちの返答に合わせて僕らに背を向け腰に左手を当て右の人差し指を天井に向かって真っ直ぐに突き立てた。

「違いません!!!!!!」

 そして滑らかな腰つきでターンを決めてこちらに向きなおすと、突き立てた人差し指をそのままびしっと振り下ろし次の問いの回答者を指名した。

「じゃあお前はなんで結婚したんだ答えろ!」

「いや、もう、付き合って3年とかだしお互い30も近いし腹を括ったと言いますか……」

「よくぞ腹を括った! 変化を恐れなかった彼に一同拍手!」

 小会議室に今日一番の拍手の嵐が吹き荒れる。

「しかしこいつだけじゃない! お前らみんな何かしら思うところがあって今のように収まるところに収まってるんだろう、愛してんのかお前ら嫁さん愛してんのか?」

 この問いには、みなゼップサイタマ先生の真意を掴みかねたのか若干の躊躇いを見せ、息を揃えることはなくそれぞれ口々にばらばらに違った言葉で肯定の意を示した。お互いに視線を交差させながら恐る恐るゼップサイタマ先生のリアクションを待ったが、幸いなことにゼップサイタマ先生は機嫌を損ねた様子もなさそうだ。

「そうか、それはよかったな、俺には全然わからねえけどなぁ! それで今度はパパになるのか、良かったな。ずっと子供欲しかったんだもんな? え?」

「いえ、結婚してからも別にそんな欲しいとかでもなくて、ただかみさんがやっぱ欲しいっていうからまあまあ成り行きで」

 それを聞いたゼップサイタマ先生は傘立てに置いていたタイガージェットシンが持ってる感じのやつを抜いたかと思うと、一足に間合いを縮め、切っ先を受講生の喉元に突きつけた!

「昔はどう思ってたんだよ?結婚する前は子供とかどう思ってたんだよ?」

コスパ悪いからいらないと思ってました!」

 次の瞬間、ヒュンッという風を切る音と共にタイガージェットシンが持ってる感じのやつがバランスボールを貫き、破裂音が小会議室に鳴り響いた。

「だろうな!だろうと思う! 俺は今でもそう思ってる!お前は俺か!俺は未だに独り身だから今でもけっこう2ちゃんまとめとか見るから。時間有り余ってるから知ってるんだ、お前は俺か!っていうネットスラングがあるんだよ! でも厳密には違うよな~、お前はもう変わっちまったから俺じゃないんだよな~? どうなんだ嫁さんが身籠って。率直にどうなんだ?」

「はい、最初は実感が湧かなかったんですけど日に日に妻のお腹が大きくなっていくうちにああ本当に新しい命があるんだなぁって実感が湧いてきまして、最近はお腹に手を当ててやると蹴ってくるんですけど」

「うるせえ!興味がねえ! 聞いたもののそこまでの興味はねえ! おいそっちのお前、未婚の時に昼飯食ってて同僚にこんな話された時どうしてた?」

 妻のお腹が大きくなっていく話に目を細くして頷いていた彼は、油断していたところのいきなりの指名に目を丸くしながら言った。

「こ、心を無にして機械的にすごいですねって言ってました……」

「どんな心を無にしてたんだ?」

「どうでもいいから一人でスポーツ新聞読んで昨日の試合の詳細見てえって思う心です!」

「贔屓はどこだ?」

「ヤクルトです!」

「14年ぶりのリーグ優勝おめでとう! 一同拍手!」

 今日一番の拍手記録が更新された。

 

 ★

 

「どうだお前らわかってきたか? お前らがどれだけ気をつけようが確実にお前らはかつてお前らがウザいと感じていた生き物に変容しつつある! そのことについてお前らはどう思うんだ!」

「怖いです!!!!!!」

「そうだよなぁ、昔は思ってたはずなんだもんな。こっちは興味ねえのになんなんだよこいつと思ってたんだもんな、自分は結婚なんてしねえし子供もいらねえけど、それでももし、もし仮にその立場になったとしても俺はそんなみっともない奴にはならねえと思ってたんだもんなぁ。しかし、いざ当事者になってみたら自分が昔ああはならないと思った自分になってしまうんじゃないかと自信がなくなってきた。だからお前らはここに来た。そうだな?」

「はい!!!!!!」

 ゼップサイタマ先生がやって来てからまだ30分と経っていないというのに、既に受講生たちのボルテージは最高潮だ。熱気で窓ガラスはびっしょりと汗をかき、外を通る車のライトを受けて水滴がぬらぬらと輝いている。

「お前らにはこれからたくさんの試練が待ち受けている。まず子供が産まれるな、無事に産まれるといいな! 先生、今日は実はお前らのために安産祈願の御守りを持ってきてるから、帰る前に配る! ただこの講習、毎回すげえ盛り上がるから、テンション上がりすぎちゃって先生忘れちゃってたらその時は言ってくれな! わかったか!」

「はい!!!!!!」

 先生は別に僕ら子供を持とうとする人間を憎んでいるわけじゃないんだ。そんな当たり前のことのはずなのに涙がこぼれそうになるのはなぜだろう。

「産まれたらまずどうすんだお前ら、やっぱ写真とか撮るのか?」

「はい!!!!!!」

「撮ってお前それどうすんだ待ち受けにするのか? どうなんだそこのお前!」

「はい、待ちうけにするかもしれません!」

 もうみんな、先生の問いに思った本音をそのまま隠すことなく叫ぶのがすっかり板についてきている。そこにいる者にしかわからない信頼関係ができあがりつつあった。

「一向に構わん! お前の携帯はお前の自由だ、お前の好きにしろ! ただしそれをむやみやたら誰彼構わず見せびらかすのはやめろ! お前はかつて見せられてどうだった?」

「はい! どうもなかったです!」

「そうだ、どうもないんだ! 他人の子供、しかも産まれてすぐの写真なんか見せられたところでこっちとしてはどうもこうもないんだ! かわいいとかもない! だいたいお前、10ヶ月も液体に浸かってた猿がかわいいわけないだろ! お前ら親がかわいいと思うのはお前らがその子のことを待ちわびて無事に生まれてきてくれることを祈り続けてきたからだ! みんながみんなかわいいと思うなどゆめゆめ勘違いするな! お前が掛け値なしに愛情を注いだからかけがえなく思うだけなんだ! 俺は違げぇ! これはお前ら全員がかつて思っていたことだ! 違うか!」

「違いません!!!!!」

 一糸乱れることなく返事をする受講生たち……と思われたが、ここで一人、先生に異を唱える者が現れる。今回唯一のリピーター、第二子となる女の子の出産を控えた鈴木である。

「で、でも先生、産まれてすぐならそうかもしれませんが少し経って顔立ちがしっかりしてきたら……」

 先生が気を悪くするのではないかと他の受講生が冷や冷やする中、ゼップサイタマ先生は極めて穏やかな表情でみなに問うた。

「こんなこと言ってるが、お前らは過去の経験からしてこの意見をどう思う?」

 先生が誰を指名するでもなく「お前らは」という主語で質問を投げかけたのは、今日はこれが初めてのことだった。戸惑いながら目配せあった受講生であったが、数秒の沈黙の後、一人が重々しく口を開いた。

「……目元がお母さん似とかお父さん似とか全く興味なかったです」

 それを聞いたゼップサイタマ先生は目を瞑り、同じく数秒の沈黙の末にやはり極めて穏やかな口調で諭すように語り始めた。

「そうだな、そもそもお前ら夫婦の顔に興味ないんだから子供がどっち似だとか興味あるわけがないんだ。パーツごとにつらつらとどっち似か解説されてもこっちは困るんだ。父親と母親の顔を交互に思い出しながら子供の写真見せられて、パーツ一つ一つマジメにどっち似か考えるくらいなら、俺は正座でネプリーグを真剣に見させられる方がよっぽどマシなんだよ。ファイブボンバーとか結構ちょうどいい難易度なんだよ」

 鈴木は唇を噛み締めながら、先生の言葉を頭の中で何度も何度も反芻し、そういえば自分もかつてはそうだったことを思い出した。

 

 ★

 

「ようし! お前ら徐々に思い出してきたな、かつて他人の子供なんかどうでもよかったことを。今の自分がいかに多幸感で昔の感覚を忘れていたか、わかってきたか。でも大丈夫だ安心しろ、別にお前らが特段イヤな人間ってわけじゃあない。恥じることは何もない。めでたいことだ、そうなるのも無理はないさ。……ところでお前ら、ここまで色々聞いてきたが、レッスン1の最後の質問だ。お前ら、結婚して、父親になることになって幸せか? ……どうなんだ~、ハッキリ言えよ~? じゃあ質問を変えようか。昔はなんだこいつら俺はつまんねえからごめんだと思っていた典型的な家庭人になったお前らと、40を間近に控えて未だに鳥貴族に一人で行って、隙あらばカウンター席の隣の人に話しかける俺と、一体どっちが幸せだと思う?」

 このゼップサイタマ先生という人は、しんみりしたところでまた難しい質問を何でもない調子で放ってくる。いや、本当は僕たちだってわかってるんだ、先生は僕たちを信じてくれているからこそ、こんな難しい質問を何でもない調子で放ってくるのだということを。俯き黙りこくる受講生たちであったが、やがて一人が口火を切った。

「幸せです! 僕は、今、最高に幸せです!」

「俺よりもか!!!」

「わかりません! でも僕は幸せです!」

 一人が思いの丈を叫ぶと、受講生たちは口々に「僕もです」「僕も幸せです」「幸せです」「嘘みたいです」と続き、最初はばらばらに呟かれていたそれらの声は、共振するメトロノームのようにやがて一つの大きな歌となった。

「幸せです!!!!!!」

「もっと大きな声で!!!」

「幸せです!!!!!!」

「もっと!!!」

「幸せです!!!!!!」

「それはうるさくねえ! 羨ましい限りだ、おめでとう!」

「ありがとうございます!!!!!!」

「お礼なんか言うんじゃねえ! それはお前らがお前らで決めて、お前らの力で、お前らの手で掴んだ幸せだ! だからお礼なんか言うんじゃねえ! だけど忘れるな! それはお前らの幸せであって、俺は知らねえ! 俺は鳥貴族で意気投合した大学生グループと一緒にラウンドワン行ったりする今の暮らしにそれなりに満足してるんだ! かつてのお前らもそうだったはずだ! あの、ささみに刻みタクアンのマヨネーズ和えが乗っかってるやつおいしかったけどもう無くなっちゃった。それでも、俺は幸せだ! お前らの幸せは尊いが、お前らの幸せだけが絶対じゃない、俺だって幸せだ。お前らがさっき俺とどっちが幸せだって聞かれて言い澱んだ時のこと、絶対に忘れるんじゃねえぞ! お前の幸せがわからない奴に、お前にはわかりきったことだからと言ってお前らの幸せを押し付けるな! お前らは今、喜びとともに未来への不安も抱えていることだろう。そしてその不安を、かつてお前らが疎ましがっていた先輩パパたちに打ち明けてもいるはずだ。そういう風に、その時がくれば、今はわからない奴でもやがてお前の話を聞きに来る。そういう奴に話せばいいじゃねえかお前の幸せは、無差別にお前の幸せを撒き散らさなくたって、お前の幸せを共有する相手なんていくらでもいるはずだろ? その相手を見極めろと俺は言ってるんだ。それを見極めようとしない傲慢さこそが、かつてお前らが憎んだものなんだ。それにさえ気をつけりゃ、あとは何も恥じることはない! お前らの幸せは、真実で、尊い! もう一度聞くぞ、お前ら幸せか!?」

 全員が腹の底から叫んだ。

「幸せです!!!!!!」

 ゼップサイタマ先生はムーンウォークで踊り始めた。

「もっと大きな声で!!!」

 受講生たちは肩を組み、大きく身体を左右に揺らしながらはちきれんばかりに叫んだ。

「幸せです!!!!!!」

「もっと!!!」

「幸せです!!!!!!」

「もっと!!!」

「幸せです!!!!!!」

「もっと!!!」

 その大合唱は、ゼップサイタマ先生が小会議室をムーンウォークできっちり二周するまでの数分間、延々と、そして高らかに繰り返された。

 

 ★

 

 先生は表の自販機まで行って、一人一本ずつのポカリを買ってきてくれた。ポカリはついでで、落涙する僕らのために少しだけ心を休める時間を与えてくれたのだ。カラカラになった喉を潤し一息ついた僕らを見たゼップサイタマ先生は、ふっと笑うと、いかにもわざとらしく、それでいて最高に爽やかに、最初に出会った時と同じ調子で僕らに檄を飛ばす。

「ようし、お前ら! それじゃあ、事前に郵送したガイダンスに書いてあったと思うが、お前らちゃんと例のものは持ってきたか? そうだ、子供が生まれた翌年から突然送りつけてくるようになった奴の年賀状だ。ようし、みんな持ってきてるようだな。それを初めて手にした時のことを覚えているか? 返事送らなくちゃならねーじゃんめんどくせえなと1月2日にコンビニに走り、なんかいかにもチャチャっと書きましたみたいなテーマ性に乏しい干支のイラストが入ってるだけの年賀状を買った時のことを覚えているか? あの時の気持ちを思い出すところからレッスン2は始まる。お前ら、最後までついてこれるんだろうなぁ!!?」

「はい!!!!!!」

 ジョニーゼップサイタマ先生と俺たちの、俺たちがそして、父になるための修行は、まだ始まったばかりだ!