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悪い芝居『キスインヘル』感想文

 いわゆる演劇というものがありまして、さっきまで生活していた身体を引きずって劇場に出向き席に座っているとただ生活だけをしてきたわけじゃない夢見心地の身体を引きずった役者と呼ばれる人間が目の前に現れてなんだかんだと騒いでる。そんな演劇というやつがあるわけですが、演劇は遊戯王じゃないんだぜ。コロコロコミックじゃないんだぜ。ホビー漫画などに時たま現れる設定として、サイクロプスみたいなメガネをつけるとヴァーチャルの世界に転送されてそこにはいつもの僕と同じようにいつもの僕以上に僕の意のままに動くヴァーチャルな身体があって、そこで僕と君は闘ったり冒険したり助け合ったり情熱を確認し合ったり、演劇はそうじゃないんだぜ。悲しいかな僕ら生まれた時からずっとこの身体だけでやってきた、この広大すぎる世界を時速4kmで歩けるこの脚で時速20kmが出せないこの脚で毎日駆けずり回ってる。僕が捉える世界はいつだって僕の2つのマナコでまなざした世界で、僕の口をついて出る言葉は僕が思いついたことばかり、僕の思いつかない言葉なんて、僕は一度だって吐き出したことがない。ああ、なんと不自由でやるせない真実だ。遊戯王じゃないんだぜ。コロコロコミックじゃないんだぜ。その身体で劇場へ行こう。そのマナコでまなざそう。いつだってそうしてきたように演劇を観て、そしてまた明日からこの身体でやっていこう。一枚の布きれのように、たった一枚の布きれがあの人に届けたいプレゼントを包んで運び、傷を優しく隠し、冷えた身体を温め、水を含んで蓄えるように、このたった一つの身体で僕らはずっとなんだってそうしてやってきたんだということをもう一度知ろう。何度でも知ろう。そんなことを考えながら悪い芝居『キスインヘル』を観劇してきました。

※若干閲覧注意かもしれない 悪い芝居vol.17『キスインヘル』 - 特設ページ

 そこにあったのは、極上に歪なラブストーリー、誰かが誰かを愛そうとその人なりに愛してる。それは果てしなく彼らのラブストーリーだった。それはどこまでも僕のラブストーリーではなかった。だってチケットを買って頼んでおいたんだから、劇場に僕の席はあったけど、僕のラブストーリーは劇場のどこを探してみてもそれは遂に見つからなかった。僕に全く関係のない、彼らなりのラブストーリーが、僕とまったく無関係に僕の眼前で繰り広げられている。愛とか恋とか言うけれど、それには相手が必要だから愛しているとか無責任に僕らは叫ぶけれど、本当に誰かが必要だったらそんな形にはならないんじゃないだろうか。結局ラブなんていうものは自分がパンパンに膨れ上がって僕の身体を隈なく埋め尽くしてしまう僕だけによる僕だけのための個人的な振る舞いなのではないだろうか。だけどそれじゃあんまりに寂しいから愛していると叫ぶけど、叫ぶたびに僕は膨張してしまうけど、結局のところ僕たちが本当に望んでいることなんていうのは、貴方がいてくれるだけの隙間を、人一人がスッポリと収まるだけの隙間を僕一人でいっぱいいっぱいの僕の身体にどうにか拵えたい、そんなところなのではないだろうか。

 舞台上で躍動する身体たちには僕が入り込むような隙間は一つもなかったけれど、どこにもなかったはずのその隙間に誰かが入り込んでスッポリと収まる瞬間を、僕は確かにこの目で見た。彼らのラブストーリーというのは、つまりはそういうことなのだ。皆目見当わからない。僕の身体が僕でパンパンであるように、誰の身体だってその人でパンパンだったはずなのに、劇場というあの空間は誰彼の自分でパンパンだったはずなのに、彼らの愛はかくしてスッポリと収まった。どこに? それはわからない。だってもう収まっちゃたんだから、隙間はもうどこにも見当たらない。

 そうして結局収まるところを見つけられなかった僕の身体はパンパンに膨れ上がった劇場から弾き出された。仕方ない。だってアレは彼らのラブストーリーであって、僕のラブストーリーじゃないのだから。それでも僕はこのマナコで見た、パンパンに膨らんでいてあるはずもない隙間にスッポリと収まっていくその瞬間を。今日はそれで十分。それを見たのとおんなじマナコで、おんなじ身体で、僕は街を歩いてる。世界を時速4kmで歩けるこの脚で時速20kmが出せないこの脚で明日からも駆けずり回ってく。2つのマナコでまなざした世界を、僕が思いついたことだけを吐き散らかして、僕をパンパンにしながら生きていく。それは端的に言って地獄なのかもしれないけれど、いくら地獄がパンパンに膨らんだところで意外と収まるところはできるもんなんだって僕はもう知ってしまったから、今日はもうそれで十分なのだ。

 これから当分しばらくの間、大阪であと8度、その後に東京で7度、彼らのラブストーリーが劇場で繰り広げられる。その都度、それは彼らの彼らだけのラブストーリーであることが確認されて、スッポリと満たされて、そして幾つもの身体がパンパンになった劇場から弾き出されていくことだろう。けれどその身体たちはもう既に知ってしまっている。世の中そういうこともあるのだと。そういう身体が増えていく。そういうマナコが増えていく。それが僕のマナコに映る日を、そのマナコが僕を捉える日を、心待ちにしながら僕は、この身体を引きずって僕のラブストーリーを探して歩くのでしょう。

 大阪は6月23日まで、東京は6月26日から30日まで。以上です。

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