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【読み物】猫と喋れば

 いつものように残業を終えて22時すぎの電車に乗って、それで降りて、コンビニで弁当と発泡酒ロング二本を買って家路へ歩いてたら黒と茶のサビ猫が俺の横をついて歩いてくるので目も合ったのでニャーと言ったらプイとそっぽを向きながら「ニャーじゃないわ」と言われた。

「俺だ俺、大吉」

 大吉とは私が大学生の頃に亡くした祖父の名だった。

「じいちゃん、なんで?」

 びっくりして私が声を荒げて訊ねるとサビ猫はビクッとして走り逃げだした。

「いやいや、おじいちゃん?なんで?喋ったのおじいちゃんじゃん、なんで逃げるのさ、待って、じいちゃん待ってって」

 私は慌てて猫を追いかけたが追いつけるはずもなかった。猫を追いかけたのは人生初めてだったが追いつけないのはまぁなんとなく知ってた。それでも、猫がいきなり祖父の名を名乗るというのはなかなか滅多なことではないので簡単に諦めるわけにはいかず、なんとなく全力で追いかけないと自分が薄情であるように思われたので頑張って追っていたのだが内心では家と家の間の隙間とかそういう人間じゃ通れないような諦めるに仕方ないところにさっさと入ってくれればこっちだって気持ちよく「そんなところに入られちゃ仕方ないな」と諦めることができるのに頼むよと思っていた。そんな私の願いをあざ笑うかのようにサビ猫は自分でも追おうと思えば全然追える広い通りを駆け抜け、時には立ち止まり私が追ってきているかを確認するものだから走り始めたその瞬間にはまったく覚悟していないほどかなり走らされた。

 それで結局、わざと諦めるとかではなくちゃんと本気で見失うことができたのでようやく足を止めた私は両膝に手を当て前かがみの姿勢になってぜえぜえと肩でしてる息を整えようと努めた。背中までぐっしょりと汗をかきカッターシャツが張りついて気持ち悪い。今、自分の身に起こった出来事を反芻するも、逃げられてしまっては何がどうということもない。この話はこれでおしまいだ。あとはこれを黙っているか、せいぜい次に帰省した時にでも親に話してやって訝しがられるかどうしようかといったところか。などと考えるでもなしに考えていると、次は頭の上から声がした。

「ごめんごめん、俺は逃げる気なくても猫ってアレだから」

 今度は一戸建てを取り囲む塀の上に座り込んだキジトラが話しかけてきた。

「やっぱじいちゃんなの?」
「そうそう、じいちゃん。大吉大吉。じいちゃんあの別に猫に取り憑いてるとかじゃなくて、アレよ、今のじいちゃんにとって猫はスピーカーみたいなもんなんだけどわかる?」

 言うとキジトラは塀の向こう側に降りていってしまった。と、気配を感じて振り返るとそこにいたのはつややかな毛並みが街灯に照らされ妖しく光る黒猫である。

「わかった?」
「うん、システムはわかった意味はわからないけどシステムはわかった」

 黒猫は興味なさそうに私を一瞥するとフタの外れたところから側溝に潜り、去って行った。

 

 一度コンビニに戻ってからあてどなくうろうろしていると、そのうちにやっとサバシロの猫を一匹見つけることができたので逃げられないようにゆっくりと近づき2mほどの距離のところで腰を下ろし、買っておいた猫用の缶詰を蓋を開けて地面に置いてやった。サバシロはちらりちらりと私を見やりながら恐る恐る近づいてきて、やがてこちらに敵意がないことを理解したのか予定外のごちそうにありつき始めた。

「だいじょぶじいちゃん、食べながらでも喋れる?」
「全然だいじょぶ。っていうか食べてないから、じいちゃんが食べてるわけじゃないから」
「じいちゃん喋り方そんなんだっけ?」
「違うよ。確実に死んでから喋り方若くなってるよね」
「だよね。口数もそんな多くもなかったよね」
「お前まだわからんだろうけど年取ると体が言うこときかんくて喋るんしんどいし喋り方変えるのもしんどいんよ。けど今は体ないからけっこう、こんなもんよ」
「そうなんだ。それでシステムはわかったけどどういうことなのおじいちゃん」
「俺もシステムわかるだけでどういうことなのかはよくわからんけど、お前最近祈られ方やばいよ? 祈られ方?願われ方?願われっぷり?わからんけどとにかくやばいよ」
「おばあちゃん?」
「そう、ばあさん、仏壇の前で最近やばいよ。とみに手を合わせてるよ。いや合わせるのは今までどおり朝晩だけど、お前のこと考えてる率やばいよ?」
「なんで?」
「知らんよ。むしろ俺がなんでだわ。お前最近何してんの?」
「いや別に普通に働いてるけど」
「ばあさんにはその普通がよくわからんのよきっと」
「まぁねぇ」
「帰ってないだろ?あんまあれだわお前が手を合わせてくれた記憶最近ないわよく考えたら」
「あーごめんでも帰ったら色々言われてうるさいから」
「結婚しろとか?」
「とかとか」
「それは仕方ねえようるさがっとけよ、年寄りにはお前らの普通がよくわからんのだからそういう話しかないわけよ」
「まーね」
「言ったろほんと年とるとしんどいのよ。俺はもう今はアレだからこうやってお前と普通に喋ったりとかしてるけどばあさんも、もっと言やお前の父ちゃんも母ちゃんもたぶんしんどいのよ」
「喋るのが?」
「それもだしお前の感じをわかるのが」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんだよお前じいちゃんだって死んで身軽だからアレだけどたぶんじいちゃんも生きてたらわからんもん。お前の普通に働いてる感じわからんよやっぱ」
「そういうもんかなぁ」
「そうだよでも年とっても祈るのは普通にできるから本当はばあさんだって喋りたいしわかりたいわけでそういう意思?気概?はめちゃめちゃあるから体がついてこないだけでそのぶん祈りがすごいのよ。俺の身にもなれよ」
「まぁわかるよ」
「俺に言われても困るわけよ俺もまあ聞くけどさ聞いてるからこそ聞きすぎた結果としての今のこれなわけな」
「悪かったよ」
「そうだよ悪いんだよじいちゃんに言われても困るしお前がどうにかしろよって思っての今のこれなわけだからほんと祈りがすごいのよじいちゃん敵わんもん」
「そんなになんだ」
「そんなにそんなに」
「そんなにかぁ」
「一応じいちゃんも心配してのやつもあったからお前元気そうだからよかったけどな」
「普通に元気だよ」
「その普通が言ってやらんとわからんのだわばあさんには」
「じゃあじいちゃんまた今みたいに猫でばあちゃんに教えといてよ」
「それはできかねるのかかねないのかじいちゃん全然わからんわ」
「わからないんだ」
「全然わからんしやっぱお前が喋ればとか思ってるしね」
「そうだねぇ」
「じいちゃん普通に死んでるやつだからそういうのはお前らでやるのが一番自然でいいでしょ」
「それは言える」
「言え言え」
「言うよ」
「それだけな、あれだわ猫も食べ終わったからそろそろアレかな」
「行っちゃうの?」
「猫次第のやつだけどね」
「また猫いたら喋れるみたいなのとかある?」
「わかりかねるわー」
「でもまた一応あれだからまた猫見たら僕ふつうに話すでしょ猫に」
「それは任す」
「話すよ」
「お前まとめてるけど結構いろいろ途中感あるけど途中感まあまあ絶対あるな」
「だってもう猫、食べ終わってほら警戒モードじゃん」
「そうだなまあでも途中感みたいなのまあまあ絶対あるしな」
「死んだ時もやっぱあったよ」
「お前視点間違いなくあったと思うわ」
「だからまあ良かったよ」
「それはある」

 その時、原チャリが威勢のいい排気音を立てて私の後ろを過ぎていって、それでサバシロはどこかに行ってしまって、それっきりだった。

 

 それからしばらくして、私は猫を飼うようになった。保健所からもらってきたシロクロトビのオス猫だ。名前は、さすがにじいちゃんの名前をそのままつけるのには躊躇して、中吉となった。毎日家を出る前と帰った後とに話しかけているが、じいちゃんからの応答は一度もない。別にじいちゃんじゃなく中吉に話しかけているわけだから別にいいんだけど。あとは月に一回くらいばあちゃんに電話するようになった。じいちゃんとちょっとだけ喋ったことは特に話していない。

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