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エンブレムと炎上とインターネットの話の雑感

とりあえず佐野さん、あの前髪に白いメッシュ入ってるマザコンのメガネが作ったエンブレムがなんやかんやあって白紙撤回になりまして、まず思うのはこの状況で誰が好き好んで新案作るかねってことで、僕が声を大にしてオススメしたいのがもうなんかそこらへんの動物園に頼むことですよね、可能な限り地方で人が来なくて大変だみたいな美談っぽく扱えそうな動物園のゴリラの檻にスケッチブックと24色クレヨンを放り込んで、あとはもう何が出てくるか勝負です。とりあえずそうしておけば何が出てくるかは未知数すぎますけど、仮に星条旗が出てこようがハーケンクロイツが出てこようがパクリではなくカブリですから。もしそれをパクリと呼ぶって言うんならお前にゴリラのコンセプトの何がわかるってんだよ、大変なんだぞゴリラは。一夫多妻制で、その皺寄せはモテないオスゴリラにがっつりだからな。そんなゴリラのエンブレムのコンセプトがお前に分かるのか?そのうえでパクリだって主張するのか?って話になりますから、たぶんゴリラの作ったエンブレムには誰も文句言えないと思うんでそれが一番いいんじゃないかなと思うんですよね。それをパクリと言っちゃうとそれはもう「輪廻転生ってあるの?」って話になってくると思うんですよ、だって生まれてからゴリラずっとこの檻で暮らしてきたからゴリラ知るはずもないしそれを剽窃と言うのならゴリラ前世の記憶があるの?みたいな話になってきますから最終的に宗教戦争まで発展しますよ、さすがにそこまでみんなおいそれと揉めたがらないと思うんですよね。なので、もうほんとゴリラにエンブレム作らせるしかないかなとは思ってるんですけど。

そんな中で、こんなアイキャッチが残念なので引用が憚られるブログエントリを筆頭に、「インターネット」の影響力とかその在り方についてとかを考える話があって、とっても悩ましい。いわゆる「炎上」という現象については、僕はいつからだったか考えることはいつも同じになっていて、アレはもうそういう自然の脅威だろうと思うのが一番良いだろうと考えている。もちろん、炎上を引き起こしている一人一人がガチャピンと同様に実のところ生身の人間であることは僕も重々承知しているけれども、それでもインターネットの魑魅魍魎が引き起こすあの炎上という現象の限りにおいては、彼らを人間と思うだけ無駄だ。人間としてそういうのどうなんだと警鐘を鳴らすことにさしたる意味はない。正確に言うと、意義はあるけど意味とか効果はない。残念ながら自己満足とかポジション取りにしかならない。もちろん、今回もあったようだけど法に触れるようなものについては可能な限りにバンバンしょっ引いちゃえよとは思うけれど、そうすることでこういう炎上みたいな現象が世の中から無くなるとは到底思えない。完全な社会悪として認知されるとも思えない。僕自身、ぶっ叩き加減の調整目盛りがぶっ壊れてる現状を好ましくは思わないので、そうなるとずいぶん悲観的なことを言ってるように自身でも感じられる。それでも、どうしようもないもんはどうしようもないんで、いわゆるイナゴである彼らをどうこうしようというのは徒労だと考えている。あれはもう、そういうもんなのだ。あれは、そういう人を殺す何かだ。お盆の水辺みたいなもんなのだ。

っていう風に考えると、結局できることって水辺の水分子の1個1個に人を引きずりこむなと説教することじゃなくて、水辺に近づく人間に警鐘鳴らすことしかねえんじゃねえかなと思うんですよね。盆に水辺で人は溺れて死にますけど、ナメてると溺れるぜ死ぬぜとみんなが言ったところで、死ぬ人は死ぬわけですし、死んだ人らは例外なく「だいじょぶだいじょぶ」とはにかんでいたことでしょう。きっと水をナメていたのでしょう。ネットの脅威ってのもしょせんそういう性質のものだと思ってますので、「気をつけなければ死なない」「ネットの奴ら怖ぇ」って思うのが妥当なのではないでしょうか。盆に中州でBBQする奴と、バイト中に冷蔵庫に入る奴はほとんど同じことなんだ。

というような「仕方ないから気をつけよう」というのは死なないための論理です。それだけじゃあ全ては賄いきれない。たとえば上に引いた、シロクマ先生のエントリでされてる話でいうと、そういうインターネットにうずまく人間の鬱屈みたいなもんが実際的な効力を持つのはなんか怖ぇみたいな話はわからないでもない。わからないでもないけれど、逆に言えばそれは一方でインターネットでしか通用しないものでしかないんじゃないかなとも思う。逆にそこが反転するとヤバいと思う。居酒屋談議みたいなノリがネットを通じて影響力を持つのは怖いなって話はそうだねって思うんだけど、逆にネットの彼らが居酒屋でも同じだけの影響力を持つとヤバいなと思う。そうじゃなければ「イナゴがいるインターネットだな」としか思わない。例えば、すげえ雑な話をするとなんかそこらへんでデモをしている人たちというのは、ネットと居酒屋の中間にいる人たちなのかもしれない。あいつらが例えば今回のネット並みの影響力を持つというのならばそれはちょっと色々考えなくちゃあならんと思う。どうなんでしょうね? ただ、そういうの除けて考えれば、「ネット民大勝利!」と居酒屋でのたまう人たちが(そんな奴らいるのか知らないけど)、周囲の客からいえーいと賞賛されないならまぁいっかなと思う。逆に、それがまかり通りそうに感じるなら、「ネットのノリをリアルに持ち出すやつww」の話をネットですればいいと思う。ネット上にいるのはイナゴで、イナゴはあくまで自然災害で、説得しても意味がない。リアルにいる人間はネットでイナゴをやっていようとリアルの世界では人間で、関係性の中でしか生きられない人間なので、「ネットのノリをリアルに持ち出す」ことさえ抑制すれば、まあ別にうまいことやるんじゃねえかなとか俺はそういう風な水際作戦でいいんじゃねえのとインターネットに思っている。下品な炎上もまだまだたくさんあるけれど、僕は彼らを攻める気は起きず(もちろん法的にしょっ引ける奴はガンガンしょっ引いてほしい)、どっちかってと槍玉にされるかもしれない人たちに炎上しないようにやりましょうって話をした方がいいんじゃねえかなと思っています。それは屈服ではなく知恵です、台風にもみんなそうしてるでしょ、って思っています。

まーここから余談ですけど、エンブレムの件は国家プロジェクトが木端にされた話っていうよりかは、国家プロジェクトが藁の家だったらそりゃ狼は吹き飛ばしますよって話にしかならないと思うんですよ。ネット民が暴いた過去の事例をこう体育館に並べて、いやなんで体育館に並べるんだよ、完全に下着泥棒のコレクションを並べる感じになってますけども、体育館に冬彦さんの暴かれた一面を並べてみたらきっとやっぱまぁまぁキツいなって話になるとは思いますよ。あんなじっくりガソリンに漬け込んだ薪をくべられて、「最近火力強くない?」っていうのは違うんじゃないのと思いますけど、何せどうしたって薪は燃えちゃう状況だったんで火力は強かったんかそうでもなかったんかもまるで分からないって状態です。ネットの影響力が強くなっている話かと言われれば僕にはどうもそうは割り切れない。というのは、報われないネットの呪詛の声を僕はしょっちゅう見かけているからです。なんぼでもいますからね、イレギュラーなイナゴ。イナゴ界隈、よく見たらめちゃめちゃカラフルですから。色んな色のイナゴがいろんなところでピーピー喚いて各クラスタに馬鹿にされるだけで何も相手にされてない、そんなイナゴがたくさんいるわけですよね。なぜなら主張が受け容れられないから誰にも相手にされてない糞みたいなアカウントどもが、主張したら絶対勝てそうな案件を見つけてそこに殺到していく、普段は色んなところで爪弾きにされているイナゴどもがレインボーに半弧を描き空を舞うみたいな。イナゴは殺到したけども、殺到させたのは何だったのかって話が気になって、結局、味方には頼りないが敵にすると恐ろしいって話があるけれども、よっぽど勝算が固くて殴る場所が明確に丸分かりなロックマンXシリーズの最初のでかいボスみたいなやつじゃない限り、あいつらそう簡単に団結して敵にはならねえからって意味で、やっぱ色々エンブレムチーム(俺じゃないよエンブレムだよ派)は甘かったんじゃねえかなぁとかは思いますけど。実際のところはよくわからなくて難しいですけど。ピンポンとか凶気の桜の時期の窪塚洋介が「エンブレム」って言うだけでかっこいいと思いますよね。以上です。

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