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たぶん信頼ってMPみたいなもんなんだろう

ただし宿屋がまじで全然ないから回復手段が全然ない。コンダクターの現地の黒人がニヤニヤしながら「宿屋ないです」って言ってくるけど、何よりそのニヤニヤの口元から覗く歯がめっちゃ白いのがイラッてする。

ブログって何でもありなの?ネタとか、作り話とか、私はめちゃくちゃ腹が立った。 - 暇なアラサー主婦のひまな話

これ読みましたー。この記事の言及元の話題はあんまちゃんと読んでないから知らないんだけど、なんかオフ会すっぽかされたとかすっぽかしてないだの騒いでる二人の一連の往復書簡が全部ネタでした嘘でしたチャンチャン、って話にめっちゃむかついた、って話らしいです。

これ別にネットに限ったこっちゃねえんでしょうけど、すごく漠然とした「信頼」という概念は「MP」というすごく漠然とした架空の概念みたいなもんで、これを消費すれば相手をアッと驚かせたり相手の背後にガバッと回り込んでぐうの音も出ないマウントを決めたりとかトテツもない効果を発揮することは出来るんだけれども、その分MPは消耗しますのでそこらへんよろしくお願いします、っていうそれだけの話なんだろうなとは思うんです。

そりゃあMPをバンバン消費すりゃあラクな戦いを展開することはできますよ。特にネットなんて場所はアカウント変えて別人のフリすりゃあMP全回復しますから、それが基本の大前提になってる場所が2ちゃんねるとかだと思うんですけど、それでもMP回復には日付変更線を跨ぐ必要なんかがあるわけで、そこを加味できなかった暴れん坊がMP切れたところを必死チェッカーなんかの餌食になってひのきのぼう抱きしめながらフルボッコにされてたりするわけじゃないですか。いわんや僕らのような顕名で一応ひとつのアカウントと人格が紐づいてる奴らはって話ですよね。

そりゃあ、一つハッキリ言えることがあるとするならばMPを消費する前提の戦いというのは局地的にはラクですよ。例えば嫌な奴の悪口を言ってクローズドな場での笑いを取ることは大変安易で便利です。ただし、MPを消費します。それを聞いている相手はやっぱりそいつも嫌な奴が嫌いなので爆笑するかもしれませんが、それに爆笑した自分は棚に上げて「こいつぁ、俺のいないところで俺の悪口を平気で言うやつなのかもしれないな」と思うわけです。悪いことじゃありません、自然なことです。あるいは「こいつは人の悪口を平気でする男なのだから、俺がこいつのことを陰で何と言おうともそれを批難される筋合いはないだろう」と思われるかもしれません。だから仮にその俺の口から発せられた悪口で笑った彼をA君としましょう。僕とA君が別の日にこう道をテクテクと歩いていたとして、目の前を忽那汐里が通りかかったとするじゃないですか、4月からやってたビターブラッドってドラマが超面白かってヒロインが忽那汐里なんですけどめっちゃかわいいんですよ。僕は基本的に幸薄い系の顔が好きなので、古くからでいうと星野真里とか小西真奈美とか深津絵里とか、明らかエネルギッシュというよりかはどこか陰のある女性の顔立ちが好きなんですけど、例外的に上戸彩も大好きでそれに続いて忽那汐里もめっちゃかわいいな思って。俺の表のツボが幸薄い系とするならばその裏、裏のツボを的確に押してくるオスカープロモーションを俺はオスカーさんと呼ぶよね。でね、忽那汐里が目の前歩いてるとするじゃないですか、俺「うをををを!」つってね、「オスカーさんところの忽那汐里さんやないですか!」つってね、めっちゃテンション上がると思うんですよ。握手は、握手はやっぱ難しいかな、何せオスカーさんやからそんなん無理やと思うけど、もしイケそうなフンイキだったらいくかもわからんよね、むしろイケそうなフンイキであったのに俺がいかなかったならばそれは「忽那汐里さん意外と近寄りがたいオーラ出てるな」ってことになってしまうので、それは俺の今後の忽那汐里さん応援に支障が出てしまうので、それは俺にとっても忽那汐里さんにとっても好ましくない事態だ、俺個人の感覚では二人のために世界があるのってな調子で可能な限り勇気を振り絞って握手をする方向に勇気を振り絞りたいよね、っていう話を俺はA君にしたい。実際には握手なんて絶対求めないけどね、何故なら手汗をかくから、俺が!! だけど、手汗ひどすぎるから握手を実際に求めることはできない俺でもせめてそういう気分だけはさ、十全に味わいたいじゃない。どうしよっかな、握手とか、やっぱダメかな、なぁ!!みたいなさ、そういう気分くらいは俺だって味わったっていいじゃないですか。あ、半紙の上に蚊がいる。バーン!つっていやー倒した倒したって時に漏れなく手のひらに半紙がそのまんまついてくる県内でも有数の手汗産業を営む俺ですけどそういう気分くらい味わわせてくださいよ実際には握手求めないからって思うじゃないですか。けど、それはやっぱその場のテンションとかあって初めて成り立つわけじゃないですか。これが実際に忽那汐里を目の前にした俺とA君とじゃなくて、例えば別に両者とも忽那汐里を目の前にしていないブラウザ越しの僕と貴方だった場合、まさに今この瞬間の俺と貴方ですけれども、そんな握手したいけど手汗がうんたらみたいな話されても「何言ってんのこいつキッショ」ってなるじゃないですか。だから俺は忽那汐里を目の前にして喋りすぎてしまったA君に膝をついて手を合わせて乞うわけですよ。「ごめんちょっと思いもかけぬ幸運にテンション上がりすぎて色々口走ったけれども、どうか今日の俺のことは内密に頼むよ」つっても、「しかしMPがたりない!!」ってなるかもしれないので人の悪口は良くないし、人を騙すのも良くないっていうそれだけの話をするだけなのにえらい時間がかかったね。

なのでまー繰り返しますけど信頼という名のMPを消費する前提の戦いというやつは局地的にはラクなのです。そのうえ何か世の中には「その程度ジョークなのはわかるからそんなことでMP使わなくてもいいから」って言ってくれる優しい人も一部にはいるとのことです。そういう人がいるならいるでそれは仕方ねーかなと思うんですけど、そういう人がそう思うのはそうとしたって、お前が俺に使えるMPはもうなくなったからなって思うのはそれはそれで個人の勝手だしそれでいいんじゃねえかなとも思います。いや実際、顕名アカウントでバンバン嘘つく人って実のところたくさんいますけどそのMP削ってる感じどう思ってんのかなとか思いますけどね。マジで信じてもらわないとヤバい局面の発生可能性を限りなくゼロに見積もってるんだろうか。確定申告とかすげえちゃんとやってるのかな。僕が嘘使わないのは単純に、本当に嘘みたいなおもろい出来事に出くわした時にそれを信じてもらえなかったらすげえむかつくからとかそんなんなんですけど。

まー別にMPの概念は嘘・おおげさ・紛らわしいに限った話じゃないのでめんどくせーんですけど、僕なんかはそういうのはあんまよくないのかなと思って「中華料理屋で開口一番ヒレカツ弁当注文したババアを見かけた5秒間」を1000字くらいに引き伸ばしたりとか「もし忽那汐里に出会ったら握手お願いする勇気はないけど握手俺本当はお願いしたいって話を一緒にいた人に聞いて欲しい」って話を1000字くらいに引き伸ばしたりとか、そういう犬のうんこ眺めながら胃袋に茶漬け掻きこんで寝た方がマシみたいな無害で嘘偽りのない記事になるよう遣り繰りしながら書いてるわけですけれども、それでも読む人によっちゃ「あーこいつMPもうないわ死ねよ」とか思われてるんだろうなってのは分かってるんで、難しいところではあるんですけども。

冒頭の件に限らずですけど、何かちょっとむかつく人を見かけても、「既に彼はMPは支払っている」「既に彼は信頼を失うという対価を支払っている」「既に彼は罰を内包している」みたいな調子で、サーッと流すように心がけたほうが受け手としては健康でいいんじゃねぇかなみたいなことを、MP支払ってる側としては思いました。以上です。

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