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映画『グレムリン』感想文

あのー、最近なんか忙しくて。仕事が忙しいんですよ。働きたくないってほどではないんですけど、あんまり忙しくてちょっとワークライフバランスが崩れ気味なのでこれはもう仕事を減らすしかないなって。そうなると手っ取り早くもう取引先燃やすしかねえなって思って。ちょうどよく、取引先のオフィスは屋根がだいたいバナナの葉だったりするんでめちゃめちゃよく燃えるだろうと思うんですけど、ここらへんでそろそろ身バレがヤバイんで、エセハワイみたいな町おこしをしている海の街のサーフボード業者か、ファンキーコングに機械部品を発注して頂いてる人のどっちかふたつにひとつだろくらい簡単に特定できちゃうんでこの話はここまでで切り上げますけど。

それでなんだっけ、結構もう夜遅い時間に家に帰ってきて、嫁と子供はもう寝てるのでラップで包まれたご飯をチンして晩酌しながら食べるんです。みたいな書き方したら、冷たい嫁だなって思われるかもわからんのでね、最初は皿によそってラップしてってのは味気ないんじゃないかって鍋とかに入れた状態で帰ってきたら起きてきてあっためよう嫁も思ってそうしてくれてたんですけど、なにせ自分が最近帰って来るのが遅いから。だいたい会社を出て電車に乗ったところで窓の外見たらもうほとんど真っ暗ですから。まぁ青函トンネルなんですけど。

ハンバーーーーーーーーーーーグ!!!!!!!

まぁハンバーグ師匠厳密には何一つ関係なかったですけどね、それで、どうせ僕が帰る頃には嫁さんはぐっすり寝てるんだから、それなら火を使って温めるより電子レンジの方が俺がラクだろうつって、火を使うのは怖いから。それは俺がものすごく手先が器用な羆だから、なんだかんだ野生動物だからっていうのもあるし、家の屋根がバナナの葉だから火事とかちょっと怖いよねつって、それでこれね、タイトルがグレムリン感想文で、夜飯食いながら一人でグレムリンを見たっていう経緯を説明したいだけなのに全然進まない。なんやったら八戸でりんごを握りつぶすバイトをしていて、でも実家は北海道のあの函館とかあるらへんの21エモンの側近のロボの手先みたいな形をした半島の灯台守だからバイト終わったら青函トンネルを通って毎日家に帰ってるんだよねみたいな話をしてもいいんですよ?別に僕はそれでもいいんですよ。実際は青函トンネル一本の半年定期券を買ってるんだけど会社へは函館空港から青森空港までフライトしてその後バスっていう通勤ルートで報告してるから交通費だいぶ大目に申請してるっていうトリックまで全部喋っても全然いいんですけど、これも今の世の中だったら炎上しちゃう話かもしれないんで仕方ないのでいい加減グレムリンの話します?

最近本当に忙しくてね、仕事も忙しいし休日は休日で最近ハイハイ覚えたようなガキがいると手間がかかって仕方ねぇやね、ブログを書く時間だってなかなか満足には確保できない。よっぽどですよ、よっぽどのことでもないとわざわざ書きたいことがない。保育園も落ちなかったし、だからと言って日本が死ななくていいという話ではないけどとりあえず保育園落ちてなかった書くこと一つなくなった日本死ねってなりますけど、とか散々ブログ書く暇がない暇がないって言ってるやつがわざわざ書くのが1984年の映画『グレムリン』の感想文ですよ?需要どこよ? 今朝電車でスマホドラクエⅣやってるやつ見かけましたけど、あれが1991年とかなんでまだマシですよ。今『グレムリン』の感想文書いて一体なんの意味があります?書く時間ないんですよって言いながら久々に書くのが『グレムリン』感想文。もうこれはブロガーとしての死だと思うんですけど。しかもまだ書き始めてないからね。この行を書いている時点の俺にですら本当にグレムリンの感想文書くかわからないわけですから。読んでる人らはスクロールバーの現時点での位置と長さを見て、果たしてこいつは本当にグレムリンの感想文を書くのかネタバレを推察してくださいね。俺にはそのヒントすらないから。今書いてるこの文字以降は真っ白だからね。

それでやっと観始めた話ですからねこれ、家帰ってきてレンジで飯あっためてとりあえずテレビの前に座ってクタクタでなんか疲れないものでも見るか、と思っても録画してた番組一覧を見てもそんなに見たいものがない。じゃあAmazonプライムビデオだと思って何かあてもなく探したところ出てきたのがこれ『グレムリン』、こんなもんコメディだしちょうどいいでしょ、なにも考えないで軽い気持ちで見られるでしょと思って。ぼんやり見始めたんですけどね、これ作られたん僕が母親の股から出てくるよりちょっと前ですよ、あのー全然話変わるけど「その頃はまだ親父の金玉にいた」みたいな言い回しあるじゃないですか、あれ聞くたびに「いやわかるけど、ええねんけど、君なんかすごい精子に魂宿ってる派だね?受精卵になって初めて生命になる派じゃないんだ?」って思っちゃうよね。いや気持ちはわかるんですけど、卵子精子のどっちに魂がありそうかでいうと精子にありそうな気がするのは分かるんだけど、だから別にいいんだけど、特に「わたしそういうシモネタとか言うの全然気にしないから」みたいな感じで親父の金玉みたいなこと言う女性とかを見るとね「あ、この人も顕微鏡越しに見た何かしらの精子の活発さにど肝を抜かれた幼少体験があるのかな」って思っちゃうんですよね。はい、この段落も『グレムリン』の話ゼロ。いつ始まるの?っていうか始まるの?本当に?

でもなんか子供の頃って、グレムリン、コメディとかじゃなくて普通に怖かった。始まった!グレムリン話始まった!唐突に!なんか、うまく言えないんだけど、見たの小学校に入る前か後かそこらへんだったんだけど、すんごい怖くて。で、今回はね、大人だし怖くねえだろって。それを子供の頃は何があんなに怖かったのか分析してやろ思って観始めたんですけど。普通に怖かった……。むしろ31のおっさんでも怖いんだからそりゃ子供は怖いだろと合点がいった。え、なんで2018年の31のおっさんがこんなに怖がらなあかんの?これ1984年の映画でしょ?スピルバーグ怖っ。

なんか国語のテスト的なことを言うとね、まぁなんだろ、人間の傲慢さというか、たとえばそのまんまの意味で、ペットを飼っておきながら、人間じゃない生命を不遜にも飼っておきながら無責任で身勝手な人間、みたいなそういう話なのかなとはひとつ思いましたよね。人間への苦言的な。モグワイ仕入れ先が中国語圏だとかね、なんかそこらへんからも西欧が世界中ってかアジア圏とかガリガリ世の中を意のままに自分らの価値観に染めていく感じみたいな、そこらへんは出してましたよね。一方で、グレムリンがまた文明とよく遊ぶのが面白いところであり怖いところでもある。グレムリンたちはバーで飲んだり乗り物運転したりとかなかなかの芸達者揃いで、それがかわいくもあり脅威でもある。これは、さっきの西欧対その他で考えると、日本人筆頭にアジア圏の奴らが西欧文明取り入れて調子こいてるみたいな見方もできるし、でももっと単純に我々の文明は何もかも便利に使えるものではなく「危険」に人を傷つけるためにも使えるんだよみたいなメッセージにも見える。

あとなんやかやグレムリンの殺され方エグいのも面白い。まああいつら悪いんでエグい殺され方しても仕方ないんだろうけど、もとを正せば雑に飼った人間のせいだよね?みたいな。飼えなくなって捨てられた動物とか、悪質ブリーダーの都合で繁殖させられすぎた動物とか、そういうものに思いを馳せると愉快なパニック映画ながら考えるところがあって脳が暇しなくて良かったですね。

だからなんでしょう、あの全体的な脱力感、モグワイグレムリンもそれなりにかわいくてコミカルで生活圏で日用品で戦うスケール感、そこらへんがマッチして生まれる脱力感がなんか日常の中で現代人が意識か無意識かで感じてる後ろめたさとリンクしてるような気がして。なにかを犠牲にしてなにかを利用してなにかをぞんざいに扱ってなにかへの敬意や誠実を忘れて、そのうえで僕らはご機嫌に快適に生活してるんだみたいな後ろめたさを具現化した存在がグレムリンなのかなーって考えたらすごい俺の中でしっくり来て。だから、見てて面白いし全部シャレなんだけど、25年ぶりに見てもやっぱこの映画おれの中ではすごく「怖い映画」なんだなー思って。

書けたじゃん!!俺、グレムリンの感想書けたじゃん!!書き終わってみたらどうして俺はあんなに頑なにグレムリンの話をしたがらなかったのか、自分で自分がわからなくて怖いよね。忘れてしまうんだ僕たちは!!書き残さなくては、その時の気持ちはいつかきっと思い出せなくなってしまうんだ!!怖いよーーーー!!書かなきゃ!!怖さから逃げるために書かなきゃ!!忘れないために書かなきゃ!!ブログもっと書こう!!俺もっとブログ書いた方がいいよ、お前もそう思うよな、犬!!

犬「わおーーーーーーーん!!」

あとグレムリンはエンディングテーマがすごく良い。完璧。みんな聞いて。出来ればAmazonプライムで見て。無理ならYouTubeでテーマ曲だけでも聞いて。後生だよ。いや、2018年にグレムリンで後生使うやついる!?死だよもうブロガーの。死のう。俺死のーーーー!! 以上です。

 

妊活の頃の話

 僕と松山ケンイチが同い年で、嫁が深田恭子と同い年なので、『隣の家族は青く見える』が二倍面白い。

 僕はもともと結婚願望も子供を持ちたい願望もまるでないどころか、自分がそういう人生を歩むことについては否定的というか要らねえやと思っていたタイプで、血がつながっていようがいなかろうが他人は他人だと思っていたし、にも関わらず親は親で兄弟は兄弟でそんなに簡単に無関係になることもできず、うまくやるより仕方がないので何とか俺を産んで育ててくれた家族とはうまくやってはみているものの、考え方の違う人間と折り合いをつけて生きていくだなんてこんなしちめんどくさいことをもう一度他人とまた0からやるだなんて馬鹿馬鹿しすぎると思っていたので、結婚なんかめんどくさいし子供なんてなおさらだと思っていたのが二十かそこらまでの一貫したスタンスであったが、一人で生きるのもまた同じように難しく険しい時もあり、誰かの何かがドバドバと流れ込んできてほしい隙間はいつだって生きていると僕の心のそこかしらにあった。それで僕はいつだかかに後の嫁さんである人と出会い、僕というバッキバキの破れ鍋にうってつけの綴じ蓋である彼女をバッキバキなりに大事にしたいと思いつつバッキバキ相応に傷つけながら、愛してる愛してると嘯いては彼女と幾数年を過ごしていくのであった。

 彼女は結婚願望があって子供を持ちたい願望もあって、僕はやはり、彼女との年月を重ねるにつけ、それにずいぶん弱った。シンプルに僕にはそういう願望がなかったからだ。そしてもう一つ、僕は自分の人生をせめて自分なりには面白おかしくやりたかったし、パートナーを持つこと、家庭を持つことが、その障害になることを恐れた。というよりもむしろ、将来的に言い訳にしてしまうかもしれない自分の弱さを恐れた。もしも自分が自分の生き方を面白く思えなかった時に「あの時結婚さえしていなければ」と思う自分が簡単に想像できて、結婚するのが怖かったときがあった。これは正直に言えば今だってゼロとは言い切れない感情なのだが、まぁ詮無きことで、何より彼女は結婚を望んでいたし、僕は彼女を必要としていた。背に腹はかえられぬとはよく言ったもので、もはや彼女は僕にとっての背か腹で、かけがえがなかったものだから、僕はいつだかに彼女と結婚することを決め、腹の方を自分で括ったということは彼女はきっと僕の背骨だ。

 彼女は結婚と子供を望んでいたので、結婚する腹を括ったということは子供を持つ腹も括ってはいたが、少しは二人の新婚の時間も楽しみたいよねというところもお互いの中にあったので、子供が来るのを待つような生活を始めたのは結婚してから1年だか1年半だかが経った頃からだった。そしてここから実際に子供を授かり家族3人での生活への準備を始められるようになるまでは足掛け3年近い歳月を要することとなる。

 実際のところ「簡単に授かれるものだと思っていた」ということも自分のなかではあんまりなくって、出来る時は出来るし出来ない時は出来ないし、もともとそういうもんだと聞いている。自分がこういう風に考えられるのは結局、自分が子供をもともと望んでいなかったというかある程度の年齢になれば子を儲け父になるのが俺の人生だなんてビジョンはまるで持っていなかったものだから、子供を持ちたい人を妻にして子供を持つ方向にコミットしたところで、結局どうしてもどうしても子供が欲しいと思っているわけではなかったから、なんだか変に冷静だったのかなーとは思う。ここの感覚は、自分のなかでは明確なんだが人に伝えようとするとなかなかに難しい部分で「できないならできないで俺は別に困りゃしない」ってほど投げやりでもないんだが、どうしても子供が欲しいと願いそれで頭がいっぱいの彼女を見ていると「別にできないならできないで二人で楽しくやってこうよ」と思うのも本当だった。子供がやってこない日々は半年が経ち一年が経ち、なかなか難しい気持ちはなかなか難しい気持ちのまま、月日が流れるにつれてなんだか漠然とした深刻さだけは私たち夫婦のなかで増していった。

 自分のなかでも決して短くはなかった妊活生活のなかで何が一番つらかっただろうかと考えると、やはり月に1度、今月も子供を授かれなかったという現実が突きつけられ、そのときは否が応にもどうしたって家庭に暗い陰が落ちることだったんじゃないかなと思う。子供を強く望む彼女はやっぱり毎月落ち込んだ。自分はというと、結婚だとか子供だとかのせいで自分が自分の人生を面白く思えなくなったらどうしようと思い悩んでいた僕の至った一つの結論は「結婚ごときで俺の人生の満足度が左右されて堪るか」「まだそこにいないガキのいるいないで俺の人生の幸不幸が左右されて堪るか」であった。俺は子供ができたところでそのせいでつまらなくなったりしないぞ、父親という役目を全うするごときで俺の人生の俺らしさが損なわれて堪るかという腹の括り方をしていた俺は同時に、彼女とのあいだに子供を持とうと決めたにも関わらずその子供が結局持てなかったとしても俺の人生の充実度はやはり何も変わらないんだとも考えているのだった。それだけに落ち込む彼女の気持ちもわかるので寄り添おうとする一方、落ち込まれることに落ち込んでしまう僕もいた。

 それ以外の瞬間をずっと仲睦まじく楽しい時間をいつまでだって二人で過ごせるとても幸せな夫婦として生きていたとしても月に一度僕たちは必ず「望んだ家庭の形を手に入れることができない苦しい気持ちを抱えた夫婦」にならなくてはならなかった。この気持ちを共に抱え込むところまで含めて子供を持とうとするということだとは頭ではわかっているのだが、環境や運命やに俺の幸不幸を左右されて堪るか、嘆いたり悲しんだりなんか誰がしてやるもんかと考える自分にとって、また子供が授かれなかった彼女の気持ちに寄り添おうとして自分も悲しんだり嘆いたりするのは、彼女の痛みを知るために自傷しているようで辛かった。当たり前のように子を望み、彼女と同じように勝手に血が流れる自分だったら良かったのにとかも考えた。そのうえ今の自分じゃなきゃ良かったのにと自分に思うのも僕は嫌だったので、頭の中がぐちゃぐちゃになる月に1度やってくるその日はそれなりに堪えるものがあった。

 当然、病院の世話にもなっていた。わりと早い段階から。それぞれの身体になにか原因がないか手軽に調べられるところから調べていく。精液検査の結果を聞くまではそれなりに心中蠢く感情もあったが、中年の男性医師から告げられ「ありがとうございます」とまんざらでもない顔をしたところはたぶん面白い顔をしていたので写真を撮っておけばよかった。というか精液検査、あれ中学校でみんな絶対受けるようにしたら日本の性教育10年分くらい一気に進むと思う。パッと思いつく諸問題はとりあえず置いておいて進むか進まないかで言えば進むと思う。

 自然妊娠に特別なこだわりがあったわけではないが、ステップアップには慎重だった。別に医療の手を借りた妊娠が悪いものだとは思わないが、あんなもん平たく言えば神様を相手取った課金ガチャだ。気持ちが追いついてきていなかろうと心が浮足立っていようといざとなりゃカネなんざどうとでもなるのがカネのおっかねえところで、カネさえ積めば手段が手に入ってしまう医療の進歩は本当におっかねえと思う。ガチャを回すのは簡単だがいつ回して何度まで回して回すという行為にどういう意味を持たせて回すのかについては夫婦で丁寧に話し合ったうえで回さなくてはならんと思っていたし、何より現実問題として我々夫婦の不妊は受精まではするんだけどそのあとなかなかうまく育たないというところがで困っていたので、ステップアップが私達の悩みを解決してくれるとも考えにくかったという部分も大きくはあったのだが。それでも数ヶ月通えばステップアップを勧めてくる病院がほとんどで、それに何の意味があるのかどういうつもりで勧めているのか腹が立たんでもなかったが、逆に考えればやれることは一通りやらせて気が済むまでやらせてみるのが不妊治療、不妊に悩んでいる心の治療って考え方もできるのかなとも思った。こちとらそんなんで気が済むほどわかりやすい性格はしていなかったが。

 結局私たち夫婦は彼女が自分の身体を大事にしようとあれこれを試しながらタイミング法に頼る形で妊活期間の大半を過ごし、疲れたり悲しんだり思い悩んだりするのにもほとほと飽いてきて、ある頃から冗談半分に言っていた「いついつまでに子供ができなかったら、二人で仕事をやめて世界一周でもしようか」という話を「本当にそれでもいいかもな」と考えられるようになってきた頃、なんだか子宝に恵まれるに至った。妊活期間中、彼女は職場を二度ほど変えたが、最後の職場が一番いきいきと働けていたように思うので案外そういうものなのかもしれない。

 妊活がテーマのドラマがやっているのを見ていたので、なんとなく書き始めてはみたが、あんまりヤダなと思うのは、これを結局「結局最終的には子供に恵まれたから書けた話」だとは思われたくない。たぶん俺はどう転んだって絶対書いてただろうと思うし、もし子供がいなかったら書けていなかっただろうと思われるのは、本当に俺はどっちでも良かったもう片っぽの俺の人生を軽んじられているようでよっぽど気に食わない。どうしたって俺の人生は楽しいしそれを誰にも否定なんかさせない。子供のいるいないで幸か不幸かが決められて堪るかよ。だって妊活の果てに結局子供に恵まれなかった思いをとうとうと綴り、綴ったら綴ったで気が済んだので海外を旅しながらYouTuberやってる俺だって絶対楽しそうでしょ。とりあえず新しい国に入ったら「この国にはだいたい相撲みたいなルールの伝統スポーツはありますか?どうせあるでしょありますか?」って聞いて回る俺のYouTubeみんな見たいでしょ。俺は見たい。人生は楽しいと思ってやればどうしたって楽しい。子供ができようができるまいがそんなの俺が笑わない理由になんか一つだってならないのだ。それはそれとして、願い事がなかなか叶わず辛く苦しいときがあったってそれはそれでいい。それでいいんだ、誰だってそうだ俺だってそうだと思って、それだけ言いたくてそういえば書き始めたんだった。

 もう一つ、妊活のことで辛かったというか窮屈に感じたのは、自分の抱える問題をフランクに話す場がなかったことと自分と同じ状況にいる人と出会う機会がなかったことだ。もしかすると本当は多くの同じ状況の人と多くすれ違いながら生きてきたのかもしれないがそれに気付いてすれ違った方を振り向くことはついぞなかった。これはその後に続く妊娠出産育児の話題でも言えることだと思うのだが、これらの営みはすべて男女で力を合わせてやっていくものだ、決して女だけの問題ではないという風潮の陰で、これら男女二人の問題を表立ってつまびらかに語っていいのは女性だけの特権で、男性がこれらの問題について話すことはパートナーである女性のプライベートな問題まで勝手にべらべら喋ってしまう好ましくない行為だという雰囲気を自分は感じることがある。たとえば僕が「我が家は最初は完全母乳育児を目指していましたが、結局は混合育児に落ち着いています」とふつうの調子で話していればそう遠くないどこかで僕は誰かに「奥さんの身体のことを勝手に話すデリカシーに欠ける男だ」と思われることでしょう。こんな調子で、女任せではダメだから男も問題にコミットしろと言われる一方で、女の領域について男が表立って言及してはいけないという空気がここらへんの話題周辺には立ち込めているように思えて、マジメに悩んでいる男ほどここのダブルバインドに口を噤み吐き出せず、何も考えずにパートナー女性を悩ませる脳天気な男ばかりが発見報告されているのが今なのかなと思ったりもする。なので、あまり男がここらへんの話を書いてるのも見かけないので、書いてもいいんじゃないですかねと思って書いている部分もある。

 息子が生まれて育って今日も何考えてるかようわからんなりに生きてるが、本当にどっちでもよかったので子供ができてよかったなぁとは特段今でも思わない。月に1度の「かわいそうな夫婦」にならなくてはならない日が無くなったのはよかったと思うが、子供ができなくたっていつかその日がもはやそういう日ではなくなる時はどのみちやってきたんだろうと思う。私が生涯をともに過ごし共に幸せに生きたいと願った女性がいつも隣にいて、共に楽しく人生をやっていくのは既定路線で、どう転んだってそこに変更はない。何にもそれは邪魔させない。今回の人生はたまたま二人よりもう少し家族が増えるルートに入っただけのことだ。そして僕は貧乏性なのでせっかくなら子供のいる人生を楽しませてもらう。授かったからには元をとる。ただそれだけの話だ。

 最後は努力の甲斐あって二人の祈りが神様に通じて子供を授かることができました、めでたしめでたしだなんて馬鹿な話はなく、生まれてから死ぬまで俺の人生は俺なりに続いていくだけで、子供を授かった日から向こう今日までだってまだまだ書きたいことがいっぱいあるぞ。これからもいっぱいいっぱいあるでしょう。僕はそれを書いてくし、書いちゃダメなことなんかねえだろうがとやっていく。人生はどう転んだって続いてくし、どう転んだってダメな人生になんかならねえのとだいたい同じ理屈です。

 というわけで次回は妊娠期間編、「妊婦はマジで動けないから家事はお前がものすごく頑張れ!ズイショ、種馬から馬車馬へ!!」お楽しみに!!

 以上です。

息子が三ヶ月検診に引っかかった話

嫁さんが息子連れて三ヶ月検診に行った時、なんか頭の大きさが足りないってんで一ヶ月後に再検診みたいな運びになったらしい。平日は僕は働いてて「じゃあ三ヶ月検診、気をつけていってきてね」という調子だったので当然、伝聞の「らしい」となる。

なんだか聞いた話によるとうちの息子は頭が小さいかったらしい。どうやら赤子の成長を見守って何かあった時にいち早く対応するための知恵と工夫の一つとして「成長曲線グラフ」なるものがあるらしく、この月齢の赤子ならまぁこんぐらいの体重はあるよね、身長はあるよね、頭囲はあるよね、胸囲はあるよね、という目安があるそうだ。それは、上が上位3%の位置する地点、下が下位3%の位置する地点であるそうで、その間に収まれば「ふつう」、収まらず上か下かにはみ出れば「ふつうじゃない」ので再検診、という話だそうだ。

まぁ、その話を聞いた時、不安が全くないと言っては嘘になるかもしれないが、現時点では再検診にいらっしゃいと言った向こうだってよくわかってないんだろうし気を揉んだって仕方ないよなぁと思った。なんかあんまり頭が小さいと疑った方がいいかもしれない病気?障害?、の名前もググればいくつか出てきたが、現時点でそれを不安に思ったって仕方ねえしなぁ、と思った。つまりうちの息子は頭の小ささでいうと上位2%の超頭が小さい子供らしいということは話を聞いてわかったが、その上位2%を分母にした時、そのうちなんぼが病気?障害?やねん。と思ったが、そっちはちょっとググっただけではわからなかった。

まぁ病気なり障害なりを抱えた子供ならそれなりに考えにゃならんことがあるのは確かではあるんだが、俺には下位3%から上位3%のあいだの「ふつう」に収まってホッとする感覚も、そこから外れて心配する感覚もあんまりよくわからなかったもんで自分大丈夫か、と思った。いや、人がホッとするのはわかるんだけど、自分としてはやっぱりわからない。それこそ川上未映子の育児エッセイ本でしていた話なのだが、「人はだれもふつうなんかじゃなくなりたいはずなのに、なぜ赤子の成長だけはふつうに収まって欲しいのか」みたいなことを、川上未映子は書いていて、それを子供が産まれる前に読んだ時はなるほどそういうものなのかと僕も思ったが、いざ自分がその立場になると、思ったよりなるほど、わからんかった。やっぱり、その2%のうち、本当に何か考えなくてはならないことがあるのは何%やねん、ってところが怪しいのがでかかったし、何より僕は、息子に関するなにかしらの事実に「ガッカリ」するのは、嫌だなぁと思っていたのだった。

僕は、親はなくとも子は育つ、と割りに本気で思っている方なのだが、人にかわいそうと思われると人は自分がかわいそうな気になってしまうし、人に不幸とあんまり思われると自分が不幸な気になってしまうものだとは思っていて、しかし世の中の人はそこらへん気を使ってくれずに良かれと思って簡単に他人のことをかわいそがったり不幸を嘆いてあげたりしてくれるもんなので、そういう時に自分がかわいそうで不幸なんかじゃないと撥ね退ける何かしらのパワーがあった方がきっと人は生きやすい。そのパワーを授けるのは、別に親じゃなくてもいいのだけれど、親が子と一緒にいるなら親が授けてやるのが一番手っ取り早くはある。親がいなけりゃ他のどこかから調達すれば良いので別に親じゃなくたっていいのだが、せっかく親がいるなら親は与えてやった方が当人にとっては良かろうな。そう思うので、僕は息子にあんまり「ガッカリ」はしたくないし、「ホッと」もしたくない。自分が自分に対してそうしているように彼にもそうしたいし、彼が彼に対してどうするか・それは彼次第だ。だから、頭が小さいと言われたところで、僕は頭大きくなってくれともそんなに小さくなんかないはずだとも思わなかった。「へぇ」と思った。期待も落胆もしたくなかった。生きてて他人にそんなに多くを求めないのと同様にそうして、そのうえで愛してやりたいなぁと思った。

しかし、こんなに言語化できてしまっている以上、まったく気にしていなかったわけではもちろんないのであろう。駅やスーパーですれ違う他所の赤子の頭は気になるし、息子には「お前は小顔美人だな」と話しかける。まったく気にならないわけは、もちろんないのである。

そして再検診の日がやってきた。

嫁からLINEで来た報告は「問題なし」。むしろ頭は平均より少しでかいくらいだったらしい。聞いてみると、頭囲は測り間違いなんかが少なくないらしく、恐らく今回のこの経緯も一回目の検診のときの測り間違いに端を発するのではないかとのことであった。

それを聞いて、俺はホッとするより先に自分を恥じた。

ここまでなんだかんだ当時思って今も思っていることをさんざ書いてきたが、なんだ、「そうなのか?なんぼなんだこいつの頭は?」と俺が嫁の裁縫箱の中から巻き尺を取り出して測っていればそれで済んだ話だったんじゃないか。そのエンディングにたどり着けなかった自分を恥じた。

96%に入れなくてなんだ、とか考える前に、その誰かが言った「96%に入ってないっすね」というのが本当かどうかを確認するのが本当はよかった。「96%の枠に入っていなきゃダメだ」という変なフレームには収まりたくないなとまでは思っていたが「言われた数字を、自分で測ろうと思えば測れる数字を、ただ鵜呑みにする」というフレームには俺はすっぽり収まっていたのだなぁと思った。

なるほど、俺もまだまだだ。「頭囲が下位2%?それって何cmなの?」とは聞かなかったもの。それを聞いて、自分で測って「あれ、大丈夫じゃん」と言えてたらそれが一番よかったんだろうな。この時点で俺はまだまだ何かに囚われてるし、もっともっとそういうのぶっ飛ばさないと、俺が子供に注ぐ愛は子供にとって迷惑なものになってしまうかもしれないなと思ったのだった。

以上です。