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おしゃれコンプレックス糞野郎、床屋に行く!!

あのー、りゅうちぇるはりゅうちぇるで、まぁ偉いとは思うんですよ。男らしくでもなく女らしくでもなく、ただ自分らしく、ただ自分がしたい格好をするっていうその信念。その信念の結果いっつも爬虫類だったら絶対毒持ってるじゃんみたいな色彩の格好してるってのは普通にめちゃめちゃ偉いというかカッコイイことだと思うんですよ。俺は筋肉を麻痺させて殺すので死ぬ時めっちゃ無表情になってまう神経毒持ってそうな格好を自分の好きでするんだというその姿勢、誤解を招こうが偏見に晒されようがそんなん関係ない、俺は妻と息子の名前をタトゥーにして彫るんだというその気概。忘れるから。大事なことは書かないと忘れるから。やっぱ凡百の人間は油断するから「そんなに大事なことはいくらなんでも書かなくたって絶対に忘れるはずがないだろう」って考えるんです。でもりゅうちぇるは違う。大事なことでも忘れる時は忘れるってことを彼はわかってる。だから己の身体に刻むんです。愛する妻と息子の名前を。聞かれてパッと出てこなかった時に困らないためにも。ボールペンなんかでたまに手の甲とかにメモ書きするけどあれはすぐ掠れて読めなくなってぐちゃぐちゃって汚くなっちゃうから。アレじゃ駄目なんです。しっかりと墨を入れて彫る。そうしたら絶対忘れない。りゅうちぇる偉い。もっと言えば今後、たぶんりゅうちぇるは奥さんの携帯電話の番号とかもタトゥーにするんじゃないかなと思う。先日から日本列島は災害続きで、停電被害も多く出ています。こういうときに人間思い知るわけです。携帯電話のメモリに頼りすぎて、そういえば大事な人の携帯番号を覚えていないぞ、と。いざという時、電気が通じなくなって、電波が通じなくなってってなった時、あなたは公衆電話からあなたの愛する人にちゃんと電話できますか?と。電話番号覚えてますか?と。だからりゅうちぇるは彫るんです。ぺこの携帯の電話番号を。あとシンプルに嫁さんの携帯番号を身体に彫るのって浮気相手と寝た際に想定されるリスクが数倍から京倍くらいまで跳ね上がるのでエア貞操帯としての役割すごい。だから余談ですけど、やっぱ僕も忘れちゃいけないことタトゥーで彫ってますからね。「上上下下LRLRBA」ってしっかり己の身体に刻んでますから。忘れないと思うじゃないですか。もう今さら、そんな、さんざん入力したコナミコマンドをわざわざタトゥーでメモらなくたって忘れるわけないでしょって思うじゃないですか。その油断が人類を滅ぼすんですよ。これからするのは僕が中学2年生のときに実際に見た、SFC版のグラディウスⅢをクリアできなかったらお前らを滅ぼすって俺が未確認宇宙生命体に凄まれる夢の話なんですけど、その未確認宇宙生命体はほぼぼぼ体長3mのファービーだったんですけど、爬虫類だったら絶対毒持ってる極彩色のファービーだったんですけど、勘弁してやるよ!!!このままだとタイトルの話にいつまで経っても辿り着けねえから!!!この調子でいくとりゅうちぇるの息子の乳歯が生え揃ってもまだ本題に辿り着けて無さそうな感じになってるから今日のところはグラディウスⅢで地球滅ぼすか決めるファービーの話はやめておいてやるよ!!!感謝しろよ!!犬!!!

犬「わん!!!!!!!!!!!!!!!!」

もっと言えば俺、最初は↑↑↓↓LRLRBAって方向キーの部分を矢印にして二の腕に書いてたからどういう方向で読めばいいかわかりにくいみたいな下り最初やろうとしてたからね。それ面白いの??無駄に長くなるだろうことは間違いないとしてそれって面白いの?ねえ?やっぱ安室奈美恵ってQRコードが実用化された時、他の一般人よりも感慨深かったの?「あーバーコードじゃなくてQRコードだったら生年月日だけじゃなく本籍の住所まで入れれたわー」とか思ったのかな?だから終わんねえから。この調子でやってるとりゅうちぇるの息子の永久歯が生え揃ってもまだ終われてない感じになっちゃうから。本題に戻りますけど。戻るも何もまだ始まってもいないですけど、コラ!!キッズ・リターンの話は始めるなよ!!殺すぞ!!!

あのだからね、りゅうちぇるも格好いいけど、小泉今日子もかっこいいと思うんですよ僕は。あの人、ずっと十代、二十代、三十代、四十代、そして今五十代と、ずっと年齢相応の「きれいな人」をやってるなと思って。世の中アンチエイジングの風潮でいつまで経っても若く見えるようにするのが正義みたいな感じなってますけど、相応に年齢を重ねて成熟していく小泉今日子みたいな感じを僕はカッコイイと思うんですよね。

・・・いや、これだけだったんだよー、俺が言いたいのこれだけだったのに、なんでここまで既に2000字かかってるのかなー。いつもそうなんだよ俺は、回り道回り道ばっかりで、そんなんだから結婚も遅くなって俺初孫ですごいかわいがられてたのに結局じいちゃんが死ぬまでに曾孫抱かせてやることもできなくてさー、もうやめる!!??話を進める気ないならもう今日ブログ書くのやめる!!??

32歳・男性・既婚・一児の父、今後の僕の人生のテーマの一つとして「アンチエイジングしない」というのがあって、無理に若いぶらない、かと言って過剰にくたびれない、ただ年齢相応に年齢を重ねていきたいというのがあってですね、その中で一つあった問題として「お前、いつまで美容院に行くの?」ってのがあったんですよね。最初に美容院行ったのいつかな。親父が通ってる床屋に一緒に行ってスポーツ刈りにしてもらうのをやめたのがいつかな、たぶん中学何年生かだったと思うんだけど、それ以来まぁ一丁前ぶって美容院に通ってきたよね、かれこれ20年近く。これいつまで美容院通うんだろってことをここ一年くらいで考え始めてて。もうええんちゃうかな、みたいな。ぶっちゃけ俺、髪質が硬すぎるし、髪伸びるし、美容院でイイ感じにしてもらったってせいぜい二週間くらいしかイイ感じ保てないし、高けえし、もう美容院いいんじゃねえかなって思ってたんですよ。

いやね、何より僕はおしゃれコンプレックスなんですよ。「俺みたいなもんがおしゃれなんかしてたら笑われる」といつも考えていたお星様が、ある日地球に落ちてきて、そのお星様が落ちてきたところから芽が出て伸びて花を咲かせやがて実を成らし、その実の中にいた赤ちゃんが僕なのです。それくらいのおしゃれコンプレックスの赤ちゃんが大人になったのが僕なのです。はじめまして、こんにちわ。僕がおしゃれコンプレックスです。乳歯が生え揃っても永久歯が生え揃っても親知らずを抜いても僕のおしゃれコンプレックスは一向に治る気配はなく常に「俺みたいなもんがおしゃれなんかしてたらみんなに笑われてしまう、おしゃれなんかしてはいけないおしゃれなんかしてはいけない、服は着る、おしゃれはしない、清潔感は維持する、おしゃれはしない」と考え、毎日学ランを着れたらどれだけラクだろうか、毎日指定された制服が着れるならそれでいいのでもういっそ戦争とか来い徴兵してくれと思いながら今日まで生きてきたのです。

そんな僕にとっていつもまで美容院に通うんだ?ってのはすごい悩みどころで、実際今までも「いや、最低限の嗜みとしてさ、床屋よりは美容院?別にオシャレとかする気は全然ないんだけど?まぁ、美容院で切ってもらってはいるんだけどさ」の感じで通してはいたんだけど、どっかで来るとは思ってたんだよね、「いい年したおっさんが美容院にわざわざ行ってんのかよ」みたいなフェイズが。どっかで俺も床屋に戻らなくちゃならねぇんじゃねーかなー、みたいな。

それで先日ついに行ってきましたよ、床屋。きっかけは、天啓だったとしか言いようがない。翌日に結婚式の用事があった土曜日なもんでさ、どうしてもその日に散髪しなくちゃならなかったんだけどいつも使ってる美容室が繁盛してて予約が取れねえと。今だと思いましたよね。そして取ってやりましたよ、近所にあるのはずっと知ってた床屋の予約を。俺がかつて小学生の頃に通っていたのと同じ、理髪店と住居が一体化している生まれながらの先祖代々の床屋の予約を取ってやりましたよ、いや本当に先祖代々かは知らないけどね。機嫌がいい時は酒飲みながら自分の床屋稼業を誇りを持って語り、機嫌が悪い時は酒飲みながら「しょせん俺はただの床屋だよ」って愚痴りそうなおっさんが嫁さんに手伝ってもらいながらやってるみたいな床屋に俺は行ってやったんですよ!!

いや、約20年ぶりの床屋だったけど、床屋は床屋だったね。こんなに床屋かねってビックリした。俺が美容院に通い続けた20年ものあいだ、ずっと床屋は床屋だったんだーってびびった。その時はちょうど大阪ででかい地震があったあとくらいで、とりあえずマスター(店長のおっさんをマスターっていうのもアレなんなの床屋のルールなんか)が全客に「地震大丈夫でした?」って聞く感じ、すげえ床屋だったね。「いや、それくらい美容院でも聞くでしょ」って思うじゃん?いや、全然違うんだって。美容院の「地震大丈夫でした?」はセブンルールのオープニングでYOUがつなぎに他の共演者に聞くくらいの感じじゃん、床屋の「地震大丈夫でした?」は宮根誠司くらいの感じで聞いてきますから。この差はすごいですよ。そしてそれにハキハキとどうだったか答えるおっさんたち。床屋だ・・・。俺は床屋に帰ってきたんだなって実感した瞬間ですよね。

ほんで、まぁ実際切ってもらったんですけどね、これがま~意外となんとかなった。結構俺もやっぱ床屋に警戒してたところはあって。「床屋ってのは、油断するとイチローの髪型にされる」みたいな先入観というか偏見があったので、いやイチロー今どこで髪切ってるかは知らないですよ?シアトルって床屋とかあるの?ゴルゴ13と美味しんぼがめっちゃたくさん置いてるけど決して全巻揃っているわけではないうらぶれた床屋とかってシアトルにもちゃんとあるの?そういうところがないとイチローがどうして今あんな髪型になってるのか全然意味わからないんだけど?あともう一つの可能性としては弓子夫人かな、イチローを支える内助の功である弓子夫人が類まれなる朝カレーレシピを日夜研究しているのと同じノリでイチローの散髪をしている可能性はまぁワンチャンありますよね、美味しんぼ24巻のカレー対決を延々読み返すイチローの髪を弓子夫人がカットしている可能性もあるかなと思うんですけど、そういうわけで放って置くとイチローカットにされるのが床屋の常だと思ってるんで、そりゃあ「おまかせ」なんて態度はおくびにも出さずめちゃめちゃ細かく注文してやりましたよ。普段、美容院でやってもらってる髪型にできるだけ近づくように、サイドはこうで、バックはこうで、トップはこれくらいでってそれはもう細かく注文しました。その結果、まぁまぁそれなりのイイ感じに仕上がって、時間もいつもの半分の30分でカットを終えて、実際料金も半分くらいですからね、これはもう大満足としか言いようがない。

ほんで、床屋となると思わぬ特典がありまして、顔剃りまでやってくれるんですよね!

そういえば美容院に通い始めた時は何が不満って顔剃りがないのが不満で。顔中の産毛を丁寧に剃ってくれてツルッツルになるあの感覚。そういえば昔は好きだったんだ。でもいつからか僕はそういう自分の「好き」も抑え込んで、他人の目を気にして、「オシャレに気を使うなら美容院行かなきゃ」なんつって、今まで生きてきたんだな。そう思わせられる心が洗われるような時間でしたよ。目元には蒸しタオルを当てられて、顔中にはあたたかいシェービングクリームを塗りたくられ、ジョリジョリと自分の顔がきれいになっていくのを肌と音で感じる。いやーこれは本当の至福の時間でした。

で、「終わりましたよー」つって顔上げて、鏡を見たんですけど、吐きそうになったんですけど、あのー、これめっちゃ書いててテンション落ちるところなんですけど、眉毛ががっつり整えられてたんですよ。

めちゃめちゃがっつり整えられてたんですよ。高校の野球部くらい整えられてたんですよ。意味わかりますか?高校の野球部って、坊主にせなあかんルールなので、髪型でオシャレする余地がないんですよ。だから、眉毛くらいしかオシャレするところがないんで、めちゃめちゃ整えるんですよあいつら。高校の野球部、めちゃめちゃ眉毛整えよるんですよ。他にオシャレできる要素がないから。針の穴を通すくらい眉毛細くするんですよ。いや、これはコントロールの精度の比喩じゃくてそのまんま、針の穴通るくらい眉毛細くするんすよ、野球部。坊主のくせにオシャレしようと必死やから。僕、なんか、それくらい眉毛整えられてもうたんですよ。

いや、僕ね、もともと眉毛めっちゃ豊かなんですよ。どれくらい豊かかっていうと、関ジャニ∞の丸ちゃんよりまず俺にぬ~べ~役のオファー出せよってくらい豊かなんですけど。で、それを一つのチャームポイントっていうかね、もともと目つきとか表情とかが怖いって思われがちなタイプだから、その豊かな眉毛を愛嬌にしようかなーってのはずっとあって、それでずっと変に整えたりせずに豊かな眉毛に今までずっとしてたわけですよ。それを突然こんっなに整えられるとはみたいなんが結構ショックで。

っていうこの前段を読んで「へ~そうなんだ」と思ったあなた、そこのお前、お前は文盲だ!!!!!!今まで何を読んでた!!????俺はおしゃれコンプレックスなんだよ馬~~~~~~~~鹿!!!!!!!!!!そんな自分が他人に印象とか考える余裕があるわけないだろうが!!!!俺の顔を見ろ!!!!!あるわけないだろうが!!!!こんなことしたらただただ「うわ、かっこよく思われたいと思って眉毛整えてる」って思われるリスクを背負うだけじゃねぇかよ勘弁してくれよ眉毛整えたごときでかっこよくなるわけないのに、なんでこうなっちゃうかな~~~~~~~~~~!!!!!!!いつもこうなんだよ俺は、いつも恐る恐る慎重に進むべき道を選んだつもりでいてもさ、俺いつまで経ってもこんなんばっかだよおじいちゃ~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!

犬「わん!!!!!!!!!!!!!」

おじいちゃん!!!!??????

だってそもそも今回のこの床屋企画ってさ、「アンチエイジングしない」ってのがテーマだったわけじゃん、それがなんで高校の野球部くらい眉毛整えられなくちゃならないわけよ。

言ってよね!!高校の野球部くらい眉毛整えるつもりだったなら最初にちゃんと言ってよね!!!「甲子園目指すために坊主にする覚悟はあるけどモテたいはモテたいから眉毛は整えるし、クラスの女子と機会があれば全然カラオケとかは行きたいから部活の練習で忙しいし帰ったらすぐ寝ちゃうからリアルタイムでは見れないけどMステとカウントダウンTVは録画するしツタヤとかも全然行くし、別に野球に限らず運動全般得意だから球技大会のバスケットボールではバスケ部の奴からもらったリング前へのパスをアリウープ決めちゃうくらいだからそんなん坊主だろうとモテないわけがないし、実際めっちゃモテてたし、めっちゃ彼女いたし、そういう高校の野球部みたいな眉毛にしていいですか?」ってちゃんと俺の眉毛に触る前に床屋のほうが責任を持って言ってよね!!!っていうか、堂本じゃ~ん。この話、高校の時に同じクラスだった野球部の堂本じゃ~ん。あいつめちゃめちゃ眉毛整えてたも~ん。俺そんなんできんかったも~ん。恥ずかしくて眉毛整えるなんて俺ようせんかったし、それを普通にやってた堂本、坊主だけどめちゃめちゃモテてたも~ん。32だよ俺。走馬灯ならまだしも今思い出さなあかんのこれ?幼稚園くらいの頃に夜中なんかで駄々を捏ねてたら父親に雪が降り積もった庭に放り投げられた記憶とか、中学生の時に交通事故で死んだ友人のこととか、浪人時代にせっかく知り合ったのに死んでしまった同い年の風俗嬢のこととか、義理のお父さんと初めて一緒にお酒を飲んだ夜のこととか、立ち会い出産して初めて息子を抱いた時のこととか、そういうのとのバーターでたくさん流れる走馬灯のなかの一つとして思い出すなら別にいいんだけど、今これ単品で思い出す必要全然なくない?まじで。堂本のこと、今っていうか俺、思い出す必要なくない????

眉毛整えるなら一言欲しかったわ~!!!!あと全然おしゃれコンプレックス治ってないわー、おしゃれコンプレックス全然治ってないし、32歳だし、もうほんと全然、全然おしゃれコンプレックス治ってないわー。彫るわ、お前のおしゃれコンプレックス治ってねえからってもう彫るわ。

以上です。

100日祝いと一歳祝いのカメラマンのテンションの差

‪息子の100日祝いの時に記念写真を頼んだカメラ屋が30はいってねえかくらいの若けえ姉ちゃん一人のすげえ近所のラクな立地だったから行ったものの、なんか撮影中に息子をあやして笑顔を引き出してくれるスキルも低くて微妙だなと思ったんだけど、まあなにせ近いし、値段も割とリーズナブルだし、もう一回だけ使ってみようかなと思って今日息子の生誕一周年記念の撮影として行ってみたら一年前はあんなにクールだったお姉さんがすごくいい感じで息子をあやして構って笑顔を引き出しながら写真撮ってくれて満足な仕上がりになりそうなので良かったんだけど、それはつまりどういうことなのか、一年を経て仕事への向き合い方が変わったのか?あるいはもともと「3ヶ月そこらの赤ちゃんはリアクション薄いから構うだけ無駄」みたいな考え方だったから前回テキトーだったけど今回はちゃんとやったみたいな説もあり、後者だとそれはそれでプロとしてどうなのと思いつつ、まぁ今回が良かったから来年も使っていいんだけどさぁ。‬以上です。

「ママ閉店」と「違法残業」

今もブラック企業は数多あろうがそれでも10年前20年前と比べればブラック企業に対する人々の価値観は途轍もなく良い方向に向かっているのだろうと思う。ブラック企業に関するニュースが出ればそれを批判する声がネットを見れば多く見かけられる。誰かがネットで「違法残業を社員にやってもらわないと会社が回らないんだから仕方ないじゃないか」と言えば「そうまでしないと回らない会社は回らなくていい。潰れてしまえ」という声が大勢になるだろう。

で、それを踏まえて「ママ閉店」である。ぶっちゃけこの話題、あんまり文脈に寄り添う気は起きない。みんな自分から見える景色を根拠におのおの自由に各自のコンテクストで各自騒いでるという印象なので、それらを踏まえて「うんうんわかるよ、でも僕が思うにはね」なんて丁寧にやる気がどうにも起きない。なので、率直に思ったことを書く。

「違法残業はダメだろ、会社は8時間の拘束時間で利益がちゃんと出るような仕組み作りをしなくちゃならない」と恐らく多くの人が首肯するだろう理屈を「ママ閉店」に当てはめるなら「ママ閉店はダメだろ、◯◯はママが24時間ママをやっていても苦じゃないような仕組み作りをしなくちゃならない」になるんじゃねえかなと思った。ここで確認したいのは、この◯◯に入る言葉は色々だということだ。そこに入る言葉は「パパ」でもあるし「家族」でもあるし「子供」でもあるし「学校」でもあるし「企業」でもあるし「社会」でもあるし「国」でもあるし「世間」でもあるし、そして時と場合によっては「ママ」でもあるかもしれない。もう一つ確認したいのはそれら◯◯に入る色々によって、現実問題として「ママ」の担うべき役割担わなくてはならない役割がどこからどこまでかという問いへの答えが人とその人の環境によってバラバラであるということだ。

俺だって馬鹿ではないので、現状の世の中が「ママ」に大きく負担の皺寄せがいく流れになりやすいことは知っている。良くないよなぁと思っている。なのでとりあえず俺は自分の妻には24時間ママでいても苦じゃないようなパパでありたいなと思っている。俺がそういうパパになれれば、彼女もきっとそういうママになれる。社会がそういう社会になれればママはきっと24時間ママでいられる。一言でいえば「目指す方向ってそっちですよね?」というのがこの文章の言いたいことである。

もちろんそれは理想論でまだまだ道は険しくあまりに道半ばで「24時間ママをやるのがとても難しいくらい何もかもを背負わされたママ」をやらざるをえないママもたくさんいるんだろうなと思う。そしてそんなママをやり遂げられない自分を情けなく思ってしまうママを助ける言葉として「ママ閉店」という言葉が周知されたんだろうこともよくわかる。ママ閉店という言葉に救われるのは何も悪いことではない。

それでもやっぱり「ママ閉店の何が悪いんだ!ママが閉店するのは当たり前だ!」みたいな感じになってくるとそれはちょっと違うんじゃねえかと思うんだ。「サービス残業を月に100時間もさせる社会はおかしいぞ!ふざけんな!」と叫ぶように「ママを24時間できないようなママ閉店しなきゃならないママの在り方はおかしいぞ!パパが家族が社会が変われば、24時間ママでいられるのに!ママを24時間やらせろ!」って叫ぶ必要もあるんじゃねえかなと思うんだ。

「それができりゃ苦労しねえんだよ!」という批判を甘んじて受け入れる気はあまりない。受け入れるというか俺が一手に引き受けなくてはならない理由がない。俺は自分の家庭が理想に近づくように努めているし、現実社会でも会社員としてワークライフバランスとか大事にしていきましょうよと言いながらやっている。それでも社会が良くなってないのが俺の力不足なのかと言われたら「そんなわけないだろ」と思う。みんなが変わらなきゃ変わらん。これはそんな感じでやっていきませんかというパパや家族や子供や企業や学校や社会や国や世間やママへの相談事だ。

「ママ閉店」をしなくちゃ回らない世の中を俺は望まない。ママじゃない俺が「ママ閉店」を全肯定するのは、ママを24時間やるのが困難なほどにママばかりが大変な歪な現状を追認してしまうことに他ならない。だから、家事もするし、子供の面倒も見るし、あとは働いたりとか、一銭の金にもならないブログを書いたりもする。「俺はお前のママじゃねえんだよ」って言葉なんかも俺も使っちゃうけど、あんな言葉もそのうちに無くなればいい。ママは全てを一手に引き受ける存在なんかじゃなくていい。ママがそんな存在じゃなくなれば、24時間営業でママをやることだってそんなに難しいことじゃない。今、ママが多くを背負いすぎてるなら、みんなでその負担を分け合えるのが一番良い。だから俺は、ママ閉店も違法残業も、無くなれば良いと思っている。

以上です。