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【再掲】愛犬が死んでちょっと経って消化できてる風なので書く

そういえば先日、実家の犬が死にましてね。実家にいる妹から聞いたところによると街中の災厄を全部吸い込んだ後国道をマッハ200で疾走したところ重力を振り切ってお星様になったとのことでした。主題歌は桑田佳祐とのことでした。

こっちのわけわからんやつ織り交ぜるとと全然わけがわからんくなるので(いっつもそうなんだからやめろや)、普通に言いなおすんですけど、明け方家族が気付いた頃にはもう息をしていなかったもののまだほんのり温かったとのことで、何とか最期を看取れたような看取れたようなという具合だったとのことです。その後まぁ火葬しまして、今は骨壷を飾って花も添えて線香上げて四十九日を待った頃には北海道の長く残る雪も流石に溶けてるだろうでお庭に埋めるとのことで、まだ特に予定も立ててないのですが、お盆あたりに帰るとすれば手を合わせることもできるでしょう。

割と中の上くらいの「普通の家庭」で育っている自覚はありまして親には一定以上の感謝をすべきだよねとは思うのですが、そういう中でも無理やりトラブルなり悩みなりを生み出して暇つぶしを敢行するというのは人間の性だと思うんですけど、思春期の子供が3人もいた当時のズイショさん家はまぁそれなりにそれぞれに思うところがあったりどうも仲良くできなかったり口論が耐えなかったりという状況で今思えば完全に緩衝材としての役割を担ってその犬は父によって我が家にやって来ました。犬が家にいることの効力って結構ハンパなくて、内容は人間に対する言及であったとしてもその言葉を投げかける相手を人間ではなく犬に設定することで結構なんとかなってしまう感じは未だに思い返すに面白く、人間って馬鹿なんだなぁ、と思います。例えば母親が「勉強しないで馬鹿になって困るのは自分なのにね~。ね~、犬~。」と言うのに対して僕が「勉強をするべきタイミングは自分自身が一番分かってるから余計なお世話だよな~。な~、犬~。」ということで僕と母が直接喋った時に比べてカレーに例えると投入する飴色のタマネギの量が三倍は違うんじゃないかってくらいマイルドになります。これは今日の晩飯がカレーだったので挟んでみた面白くないやつなので明日読み返したら削除するであろう面白くなさですがたぶん推敲することはないでしょう。

まぁ、そんな我が家の相対的に一番難しかった普通の時期を支えてくれた功労者の犬が死んでしまったわけです。

ちょっと面白かったやつでいうと、父からの「安らかに死んでいるよ」「明日焼くよ」などのメールは実家を離れて生活している僕と弟のみに送信されていたのですが、「焼いて帰ってきたよ。骨壷を写メで添付するよ」のメールは送信先に僕の嫁も入っていて「お前のさじ加減がわからないよ」って感じがちょっと面白かった。出張で家を離れることが多い父は時折旅先で撮った写メなどを母・僕・妹・弟の4人にメールで一斉送信することがあり、大して中身のないそのメールに僕はとりあえず「了解」と返すわけですが、僕に嫁さんという家族が1人出来て以降は父のメールの一斉送信先も4人から5人に増えていた。父からすると純粋に「家族だから」という理由なんだとは思うのだが、これってよくよく考えると送りつけられる嫁の性格によっては結構鬱陶しかったりストレス源になりうるよなぁ、などと思いつつ嫁には「めんどくさかったら無理に返信しなくていいよ」「了解だけでいいよ」などと言っている。今のところ嫁はそんなにストレスにも思っていないようなので良かった良かったいい嫁だと流してはいるがここらへんの話は一度こじれると一気にのっぴきならなくなるので要注意だ。まぁそういったこれまでの流れを折る形で我が家の愛犬の死に関して父は彼女を除いてメールを打ってたということには僕なりに色々汲み取る意図があるように思えて、彼女はこの前の正月に一度顔を合わせただけなのでなかなかそういう微妙な距離感の死にどういう態度で臨むかは個人次第であるし、その死を突きつけて悼めよというのも違うだろうしで、父がこういった物事をどういう言葉で解釈して乗り越えるライフハックを備えているのか僕はあまり知らないのだけど、何しかそういう機微が働いた結果なのだろうなと感じていた。僕としては勝手にそんな感じに思っていたので、骨壷の写メの段になって送信先に嫁が復活した下りはなんかめちゃめちゃ面白かったのである。

僕が想像で思いを馳せたような機微のようなものは、分からんのだけどたぶんそれなりには父にあったんじゃないのかなぁ、と思っている。そのうえで骨壷写メがなぜ嫁にも送られたのかなぁと考えるに、恐らく父は犬を焼いて骨にしてそれを見届けたことで本当に彼の中で「弔えた」と思ったんじゃねぇのかなぁ、みたいなことを思った。焼き終わるまでの経過を辿ってる間というやつは、やっぱそれなりに死を乗り越えるための期間、死と向き合うというネガティブだったり若干しんどかったりする期間という位置づけに父の中でなっていたため、それに息子の嫁を巻き込むというのもどうなんだろうみたいな感覚が父の中で意識的か無意識的か知らんがあったのではないだろうか。一転、骨になって壷に入って持ち帰った段になると、それはもう「弔った」という事実であり、乗り越えたという事実であり、それはポジティブな報告であるという解釈が送信先に嫁を呼び戻した理由であるかもしれない。もちろんこれは全部僕の勝手な想像だし、ましてや美談でも何でもないし、恐らく、恐らく大丈夫ではあるが、そんな馴れ馴れしい家族に僕の嫁さんが辟易する可能性が物理的にゼロではない以上僕は注意を怠ってはいけないのだけれど、そういう父の線引きがどういうこっちゃねんを考えてみたところ、「ああ犬は確かに弔われたのだな」という気持ちになって、実家のある北海道から遠く離れた大阪で愛犬の死に手持ち無沙汰になるほかなく、喪失感が埋まってる場所を掘って探すような感じでいた僕はちょっと救われたのであった。

そんなこんなで「弔い」ってなんでしょうね、ていうことについて最近ちょっと考える機会があって、考えてたので、書いた。奇しくも3・11みたいなやつが3月11日にありましたが、これについて考え出すとまた長いのでまぁ今日はいいかな、と思うんですけど。とりあえず「弔い」ってのは遺された人のためのもんだとは思う。死なれると生きにくいてのは自然なことで、でもいつまでも生きるのしんどがってても仕方ないしな、てことで「弔う」んだろーなー、とか。たかが犬っころの死なんて相対的には些細なことと断じたって差し支えないとも思ったんだけど、思ったところで「断じる」ことでは思ったよりうまく処理できなくて結局「弔う」必要があったんだなーとか。死人に口なしとか言いますけど、死んで悲しい人とか犬ってのは、口を開けば俺が元気出ること言ってくれるような人とか犬なんだろうしなぁ。それを自分だけで乗り越えんとならんってのは、そりゃみんなパワー使うよなぁ。「故人無しで蹴りをつける」っていうことなのか。わからんけど、まぁ、これからの人生もまだまだいっぱい弔って最期は弔われる感じで進んでいくので、別に今結論を出す必要はないのか。

終わってみれば日記だったんですけど以上です。

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