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キングオブコント2013の感想

今日なんかやってたキングオブコント2013の感想を書きますー。すげー覚書ですー。

自意識刺す系のコントが今すごいトレンドなんだねと思いました。

そこには必然も感じます。やっぱM-1に比べてパンチ弱いな~みたいなの全体に対して思います。漫才についてすごく感じるのは属人性で、明転飛び出しで出てきた二人がくっちゃべって面白ければなお良いというのが漫才の本質であり、本人以外の誰以外にもなれないのが圧倒的な制限でもあり強みでもあるわけです。それに大してコントというものは違う誰かになることを求められる世界であり、「わざわざそいつを演じることを選択する」という意味での属人性はあるにしてもやっぱりそこんとこ薄れがちというか、その属人性を追うのは適切なのかどうかみたいな悩みはすげぇあるんだろうなとか思います。

そのうえで、自分そのものから離れて違う誰かになる、ということがコントをするうえで有効な手段だとなった時に認知的不調和を題材にするのはとても必然なことだったのだと思います。それがとても目立っているなということを今回のを見て感じました。

気になったのは鬼が島がすごい食い込んでたことであり、あれが押されたのは芸人の悲痛な願いによるものなんじゃねぇかなと思うところがすげぇある。すごく叫ぶ彼がいたわけですけど、すごく叫ぶと傍目からして面白がりやすい彼のために書かれた脚本を引っさげた鬼が島という人たちが、自分を捨てきれないままに放り出してコント上の役割を真っ当したうえで敗北した人たちの心の何かしら刺さるのは必然だったのだろうなということは何だか想像しやすいわけです。

しかしそれが果たして正解なのであろうか、と考えると絶対それは違うよねと俺は思うし、みんな「違うんだよね」と思ったからこそ優勝は鬼が島ではなくてかもめんたるだったんだろうなと思いました。自分を活かせるあからさまな虚構の役柄をでっちあげるよりも、決して理解できない隣人を頑張って想像して妄想して演じあげてそこに批評のまなざしを向けるほうがよっぽど有意義でお笑い芸人のやるコントに求められていることなのだろう、と同業者の人々が感じたかもめんたるの高得点だったんじゃねぇかななどと思いました。

そういう意味では天竺鼠の二本目も同じ構造でよかった。自分が被害者になった時の加害者がまぁまぁ最悪であった時の残念っぷり、そいつが規定の面白文脈で残念さを回収しにくるあの感じ、とても批評的だなと思いました。

ほんとに覚書で大変不親切な内容となっていますが、キングオブコント2013に感じた印象としては以上の通りです。かもめんたるが今後売れるかどうかは全く期待していませんが、ぶっ刺す彼らのますますの発展を祈ってやみません。あ、あとさらば青春の光も糞面白かった。以上です。

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