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マネージャーの仕事は、スタッフのミッションを「頑張るぞ」にすること

https://blog.tinect.jp/?p=60968

読んだ。

で、なんか書こうかなと思ったけどたぶん一瞬で終わる。俺の中で結論が出てるので。

僕はたぶん今マネジメントする人なのかなと思うんだけど、部下に「じゃあこれで頑張れるねー、頑張ってねー」と言うことがよくある。

多くは前にリンク貼ったしんざきさんが語ってくれてるから、もういいかなと思うけど、本当にそれだけなんだよね。

「頑張っても意味ない」と思ったら、人間頑張れないしねー。「よっしゃ頑張るかー」て思わせりゃいいかな、と思う。

人間、無駄な頑張りはしたくねえからなぁ。

そして、頑張る甲斐がある環境に持ってくために頑張るのもめんどくせえからなぁ。

「それはこっちでやっとくから」でいいんじゃねえかなと思う。

目の前に人参がぶら下がらないと頑張れない人間はそりゃ世の中の大半がそうなんだろーと思うし、自分で自分の目の前に人参をぶら下げられる人間は、たぶんそんなにいないんだろうね。

マネジメントする側になって思うのは、思いのほかみんな「頑張るぞ」と一回思ったら頑張るんだよね。「こんなにサボらないんだー」って感心すらする。

僕は、「こうやったらいいんじゃね?」って思うまではできるんだけど、それやるの超めんどくせえし嫌いなんだよな。それをみんなが「頑張るぞ」ってやってくれるからすごく助かってる。こんな感じかーってなる。

何もできないわけじゃないのに何をしたらわからないから動けない人ってたぶんたくさんいる。何かができるのに。

そういう人に助けてもらって、僕が実現させるのはめんどくせえことを実現させる人間になりてえなって最近は思うな。

マネジメントってのは結局、人を「役に立つ人」にするってことなんだろうなとは思う。

「マネージャーなんか別に要らないじゃん」って思想は、結局、自力で役に立たない奴は死んでしまえってことなんだと俺は思うし。

そこまでは思えないなぁ俺は。人に死んでしまえと思うときは、よっぽど個人的に殺したいと思うし。

活かすも殺すもマネージャー次第、「頑張るぞ」まで持ってくだけだよな。「頑張るぞ」となったら人間頑張るっぽいよ。

なんか、そんな感じ。

以上です。

コミュニケーションってもっと「なんかやだ!」で回っていいんじゃないか

https://anond.hatelabo.jp/20190708213107

読んだ。そしてこの程度のことで上から目線言われてて大変やなと思った。別にどれも、これからお互いにときめきながら同じ時間を過ごしてやがて一緒にいることが当たり前になっていくような関係を目指したい相手に最初くらい求めたいこととしては自然なことのように感じられる。

が、まあ、これが上から目線に見えるってのもわからんでもない。で、それ、なんでだろうかって考えたら「理由をちゃんと書きすぎ」なところにそう感じられる原因があるように思われた。いや、それだって書き手が悪いわけではなくって、なんだろ、「理由とセットで言う」ということが、マナーとして徹底されてるよなー世の中、て話なのかなと思った。

「初デートなんだから最低限のちゃんとした格好をして来て欲しい」とかさ、別にめっちゃ普通じゃん。ただ、この欲望の根っこってさ、「お互いオシャレして一緒に歩いた方がテンション上がるから!」でいいじゃん、とは思うよね。本来的にそういうもんだと思うし。

ただそこになんだかんだ理屈をつけて「こっちは失礼のないように時間と金もかけてんのに」みたいな話になっちゃうからなんかギスギスしてしまうんよな。

ただこれはその人の性格が考え方云々というよりもう本当にマナーとしてプロトコルとして世の中で確立してしまってることに問題があるような気がする。

人間なんて気分の生き物なんだからさあ、「なんかやだ!」とか「なんかテンション上がる!」とかでいいはずなんだよな、本来。で、「そうなんだー、知らんけどー」でいいはずなんよ。

もちろん「そうなんだー」の後に「ちなみになんでなん?」て聞くのは全然いいんだよ。「そうなんだー、わかったー、けど何が嫌なんか何がテンション上がるのか全然わからんけどなんでなん?」て聞いて返ってきた答えに「そうなんだー、わからんけどちょっとわかったわー」みたいなのは全然いいと思うんだけど、というかかつてはそんなもんだったし、今もこのようなコミュニケーションは世界中のそこかしこの仲良し間柄のあいだで常に繰り広げられてるとは思うんだけど。

あくまで理由を説明するとか、言語化するってのは「そうなんだー」て許容し合うコミュニケーションをより円滑に行うための補助的なツールだったはずなのに、なーんか言葉の多いインターネットの発達のせいか、自分がどういう性格の人か全然知らん人がいる前提のインターネットのせいか、インターネット以外のせいもたくさんあるんだろうけど、なーんかいつのまにか「理由も言ってやっと聞き入れられる意見」「理由がない意見はあかん」みたいな感じになっちゃったところがあると思うんよな。

そうなるとみんな理由をセットで言うようになるし、そうなると自然と誰の言うこともことさらに正当性を主張してるように見えちゃうし、逆にそこでドツボにハマると「これだけ自分の中での理由を説明できてるんだから私の意見は正当だ!」て考える人も出てきちゃうしさ。

でもそもそもそんな感じじゃないと思うんよな、人と人って。誰も正当な人なんか一人もいないし、そこには人の数だけの「なんかやだ!」「なんかテンション上がる!」があるだけのはずなんだよ。

なんか、元増田関係なくなっちゃったけど、もっとみんな楽に生きようぜ、みんな自分の気分と機嫌を愛し、そして隣人の気分と機嫌も笑い飛ばしていこうぜって。

なんかそういうことを最近思うんだよね。

以上です。

うちの幼い息子に絡んでくるだけで席は譲らねえババアの話

あのー、おかげさまでうちの息子もぼちぼち2歳になるそうで。ちょっと前までは寝返り打つ時にいちいちSASUKEのファーストステージの重たい壁を持ち上げる時のケインコスギみたいな雄叫びをあげていた息子もその二本の足でそこらへんをてくてく歩きまくるし、歩きたい時は抱っこをプロレス技かけられた浦安鉄筋家族みたいな全身ピン伸びで拒否する、コンセントの差し込むところを隙あらば折り曲げんとする立派な暴れん坊にすくすくと成長して大変何よりおりおかげさまの感謝感激雨雨ざらしの大変さです。

それでまー、ぼちぼち2歳になる息子の顔でも見せてやるかーつって京都の義実家に行こうかってイベントをやってたんですけど。その道中の話ですね。京都の義実家に行くにはまー京阪電車で特急乗って4駅5駅のそれなり1時間かかるかかからんくらいのちょっとした移動時間になるわけですけれども。

ベビーカーに息子を乗っけて、嫁と僕とで朝の10時だかに電車に乗り込むわけですけども、天気の良い日曜日ですわ、まー当然京都へと向かう特急電車はそれなり賑やかなもんで、そう座れるもんじゃないんですよ。ほんで、まーしゃーねーなーつってベビーカーが迷惑にならないように車両の奥の方にこぢんまりと待機して、嫁と二人で突っ立ってるわけです。そしたらね、目の前の優先席に座ってるババアがちらっちらこっちを見てきてて、やがて話しかけてくるわけです。「あら、かわいいねー」「大人しくて良い子だねー」言うて話しかけてくるわけです。それで、まー、「あー、どーもー、ありがとうございますー」言うて。正直べつにこの時点で愉快ではないですけどね、なんやねんその寸評思いますけど、錦鯉マイスターが錦鯉についてコメントする時のテンションで来てるやんとは思うんですけどね、その時点で。うちの息子が電車の中でおとなしかろうが騒がしかろうがお前の知ったことではないし、おとなしいことを以ってお前に「かわいい」と呼ばれる筋合いはないんですけど。誰かにかわいいと言われたくて連れて歩いてるわけじゃないからね、そもそも。まー、でも世の中こういうのも大事だって聞くからね、核家族社会はこういう袖と袖振り合う微笑ましい瞬間を大事にしとかないとみたいなの聞くから「ありがとーございますー」言うて返事しときますけどね。完全にハイキングこれから行く格好のババア二人だったので知らんけど、まあテンション上がってるんでしょ、そりゃかわいいガキが目の前にいたら話しかけたくもなるでしょうな、こっちもこれから義父母に会うわけなんでちょうどいいですわ、「今日も電車の中でかわいいねー言われてねー」言うたら義父母も喜ぶから、まあいいよ、ギブアンドテイクだよね、べつにいいんだけどさ。

けどさ、ほんでそれからしばらくしてみたら、なにせ電車が長いから、移動時間それなりかかるもんだからさ、息子がちょっとぐずってきちゃって、抱っこ抱っこと泣き出すわけです。こういう時、歯がゆいかな、どうしようもないんだけどさ、俺が抱っこしてもダメなんですよ、息子はこういう時、ただただ母親に抱っこされたいの。俺が抱っこしようとしてもその池の主のブラックバスみたいな暴れ方で脱出しようとするから。何その唇?めちゃめちゃルアーが刺さったまんまじゃん?みたいな、縁日のくじ引きのさ、今思えば何があってそんなもん欲しいんだよ、上位の景品がでかいカエルとかムカデのゴム細工みたいなさ、あのくじ引きあるじゃん。唇の裏側があのくじ引きの景品リストか言うくらいルアーが並んで刺さってるその池の主のブラックバス、そういう暴れ方を俺が抱いても息子はするだけだから、一回このモード入っちゃうと、もうお母さんに抱っこされる以外に彼が大人しくなる可能性はゼロになっちゃうんだよね、歯がゆいながら。それで、息子がそのモードに入っちゃったから仕方ねえなーつって、ベビーカーの安全ベルトみたいなの外してあげてさ、嫁さんに抱かせてやるわけ。そしたら当然、嫁さんは息子を抱いてるので両手は精一杯だからさ、吊り革やらポールなんかに掴まる余裕もないから、俺は一応ホイールにストッパーかけたベビーカーも気にかけつつ電車がカーブに差し掛かった時に両手が息子で塞がった嫁さんがよろめいたり倒れたりしないように寄り添いながらやるしかないんですけど。

まだ言うて目的地まで30分くらいあるんじゃねえかなって考えたら、俺も大変だし、何より息子を抱えた嫁さんも大変だし、ちょっとした遠路、覚悟してたことだけど参ったなこりゃと思って。せめて嫁さんだけでも座れれりゃな、とは思うわけです。もちろん俺は突っ立って、ベビーカーを制御してるとかでいいんですけど、10kg以上の肉塊を抱えた嫁さんだけでも座れさせれたらなーって思うんですけど、まー、電車の中が混んでるのはわかってるしね。混んでる時間帯なのも分かってるし、みんなまだ眠いし座りたい時間なのも分かってるし、まー、仕方ないんだけどね。仕方ないんだけど、ふって見たら、さっきまでうちの息子に「かわいいねー」「お利口だねー」て話しかけたババア二人がね、さっきまでそうしてたはずのババアがね、すっげーー虚空を見つめてるんですよ、俺が目を合わせようと思ったら助走つけてジャンプして電車の天井に頭ぶつかるくらいの勢いでジャンプしてから見下ろすとかしないと絶対目が合わないくらいの勢いで中空の虚空をみつめてんのね。

あの、猫がさ、たまにやるじゃん。何もない天井付近を見つめてるやつ。しかも、見つめてるのは天井じゃないんだよね、あくまで天井付近の虚空を見つめてて、「え、お前なにが見えてんの?怖っ!?」のやつあるじゃないですか、この家が事故物件なのかどうか検索したくなる猫のやつあるじゃないですか、あの猫の顔になってるんですよ、さっきまでうちの息子にちょっかい出してたババア二人が。

いや、これはね、「席譲れよ」って話ではないんですよ。いや、そりゃ少しは思うけどね、ババア席譲れよ、って。だってさっきまでお前ら、うちの息子いじってたじゃんかって。錦鯉の柄を褒めるノリでうちの息子に絡んでたじゃん。そこ一回触ってこっちが求めてない和気藹々を繰り出してたくせに、いざこっちにちょっとトラブルが発生したら、そんな!すーん、て。そんな、すーん!てしなくてもさぁ。もう今のお前の顔を今すぐスマホで撮って辞書の「知らぬ存ぜぬ」の項目の横に挿絵として載せたいよくらいの、すーん!をかましてるわけなんですよ。かわいいっていうかただただ怖いだけの猫の表情でババアが俺らから顔を背けてるわけ。もう、怖いやら面白いやらなんやらで、笑いそうになっちゃって僕。電車に揺られてよろめく嫁をホールドしながら。

繰り返すにこれね、「席譲れよ」って話ではないんですよ。お前の中で整合性どうなってんだって話なんですよ。

ババアよ、平時の時はこっちからしたら鬱陶しいのに、うちの息子に絡んどったな?今うちの子供2歳前後だから言われんかったけどもうすこしうちの息子が幼かったら「母乳?」って聞いてきそうなテンションで絡んできてたな、ババアよ。いいよ、絡むのは。「母乳?」も別に許すよ、お互いの価値観は許容すべきもんだからな〜〜〜!!!それがお前の隣人の赤子に対する接し方ならまあ勘弁したるけど、いざ、こっちが困った事になった時にすーん!てなるのはどうなんだよ!!ババアよ、お前の中のダイバーシティ、おかしくないか??なんでそこですーん!としたのかが俺にはわからないんだよ、ババア。

で、また、こういうババアに限ってだいたいハイキングルックだからさ、お前体力有り余ってんじゃねえかとか思うしさ。お前、そうやってよそのガキ、目当ての山だか寺だか知らねえけどそこに向かうまでの電車の道中で、優しい年寄りキャラとしてガキをいじった後に、ガキがぐずり出したらすーん!として、席を確保して、そうして登る山は楽しいのかい?そうして登った山で叫ぶ「やっほー」は山彦としてちゃんと返ってくるのかい???俺が問い詰めたいのはそこなんですよ。

いや、本当にいいんだよ、席を譲って欲しい話じゃないんだけどさ、じゃあせめてそこでババアカードを切れよ。なんのためのババアなんだよ。そこで優先席きってのババアであるお前らがさ、優先性最上級国民であるババアのお前らがさ、俺たちに席を譲ろうとしろよ、俺たちは「いえいえそんな」て言うけどさ、そりゃだってお前らがそれなり山彦迎えに行くルックスだったとしてもそれなりに立ってるの辛そうなババアなのは俺らにはわかってるんだから、そこはこっちも固辞する準備もあるんだよ。でも、それがババアカード切らない理由にはならないんだって。ましてや、お前ら、さっきまでよそのガキいじって悦に入ってたんだから。お前が親切ババアカード切ったら、そしたらきっと周りの奴らが動くんだって、何かしらのラケットが入ってるカバンを持った男子大学生とかもその横にいたしさ。

んー、ラクロスかなー!でかさ的に!知らねえけど!

お前らが「優しい社会」を目指して空気を動かしたら、社会は動いたんだってババア。お前だって、うちの息子いじってたじゃんか。なんだよすーん!て。

あとなんだよこの話!!恩を仇で返された話なのかな。いや、そこまで恨んでもいないんだけど。いや、やっぱ根っこは「お前の中での整合性どうなってんだよ」かな。席譲れよとは思わないけど、席譲るとかそういう親切までやるつもりがないなら気安く他人に話しかけてんじゃねえよ、「他人同士がつながる地域社会」の良い部分だけ担って、都合が悪い時はすーん!てしてんじゃねえよ。

まー、教訓にするしかないよね。「俺はこんな老人にはならねえ」と思うしかないよね。なりたくねえわ、まじで。これからもひとりの時は席を譲り続けて、そのまま妊婦とか子連れとかに席を譲る老人になるしかないよね。あの虚空を見つめるババアの虚ろな瞳を胸に刻みながら。

あとは、「あと一駅なので」って断っちゃったけど、そのあと席を譲ろうとしてくれた別のババアありがとね。悪いひとばかりじゃないし、山彦を迎えに行くすーん!としたババアも別に悪いわけじゃないんだけどさ。

そんな感じ。そんな感じの話でした。

以上です。