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「マカンコウサッポウ」「進撃の巨人ごっこ」を見かけてインターネットやっぱ面白いぜと思った

女子高生を中心に「かめはめ波」「マカンコウサッポウ」が流行中!吹っ飛び画像まとめ
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駆逐してやる!!アイデア満載の「進撃の巨人ごっこ」が流行中
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なんかこのような面白写真が流行ってるとのことなんですけど、なんかおもしれぇなと思ったのは「今?」てことなんですけど。別にそんなん別に今更面白くねーし俺が中学生の時にもうやってたし、あーやったわー昔まだ髭が生えてこない頃やったわーみたいなミサワな感じではないんですけど今・これが流行ってる感じがなんか単純におもしれぇなと思いました。

そもそもカメラ・デジカメ・写メなんてものが庶民の手に渡ってからそこそこ結構な年月が経ってるわけで、そうなると気になってくるのは、こういうのん昔からみんなバンバン撮っててそれがソーシャルに上がるようになってやっとこさ可視化されたものなのか、あんま撮られてなかったものがこのタイミングでバンバン撮られてネットで上げられるようになったのか、どっちなんだろうってとこなんですけど。前者であれば「そっすかー」で終わるんですけど、後者が真実であればそれって何だか未来が明るいもちろんその分のあかん部分もあるんだけれども、良いことだなーみたいな話を今からします。

やってることとしては結局そんな目新しいことではないはずなんですよ。ただそれが誰でもお手軽にできるようになったねってだけの話で、それにしたってまー使い捨てカメラはしんどいにしたってその場で出来上がりをチェックできるデジカメさえあれば携帯カメラさえあればチャレンジできる程度のことで、「それがなぜ今?」と思うんですけど、やっぱソーシャルという箱があって今出てきたものならそれはいいぜーと思うんです。

これが一昔前であれば、言うて10年も前じゃないよくらいなんですけど、こういうの撮ったら面白いんじゃねーのって思うじゃないですか。ほんで、それは面白いねよっしゃやってみようとなって、デジカメで写真を撮るじゃないですか、一発でベストショット撮れることはたぶんなかなかないので何回か撮りますよね。何回か連続で撮ってどれが一番いい感じに撮れてるのかなーなんてみんなで確認しつつ、やがて納得のいくものが撮れて、よっしゃじゃああたし家に帰ったらこれブログにアップするからとか言って解散して、家に帰ってきてパソコンとデジカメをUSBでつないで、データを移行して、それをブログに上げて、みんなにメールで「ちゃんとあげたよー」て報告してURLを共有して、そこから家族なり友達なりなんなりに携帯を覗かせて「こんなの撮ったんだよー」とか言って、いや無理でしょこれ。この過程のどこかで絶対に「あれ?これ全然面白くなくない?」てなりますよこんなもん。「うわーあの瞬間はめっちゃ面白いような気がしてたけど全然糞つまんねーじゃん。あー死にたいなー」てなって、風呂入って、読み飽きてるバガボンドをテキトーに読み流したうえでオナニーして寝るでしょこんなもん。

そう考えると、もうほんとお手軽に、なんだったらある程度の反響や感想やリアクションがもらえるところまで整備されて確約されてるこの時代というのは人のステキな思いつきが表舞台に出てきやすい時代になってるんだなというのを上記のまとめから感じてよかったよかったとなんか僕は思ったわけです。みんなで飲んでた後日談、あんまり人前では話すの得意じゃないような奴が俺と二人の時に酒の席で話題になっていた事柄についてコメントを寄せたりしてなんだよお前それ超面白いじゃんその時に言えよこのボケナスみたいなことを、きっと誰しも海馬に飼ってたりするとは思うんですけどアレ超悲しいじゃないですか。もったいないおばけが、天下一品帰りで満腹のもったいないおばけが戻すんじゃないかとちょっと心配になるような音を喉から鳴らしながらやってくるような、そんなもったいな悲しさを感じるじゃないですか。ああいうものを拾えたりするのが僕インターネット本当に好きだなと思うんですけど、そういう意味でちょっと時間を置いたらつまんなくなるから外に出てこなかったものが、色々便利になったことで出てくるようになったのは本当いいぜーいいっぜーて僕は思うんです。

もう一つ、思うのは、これはなんか代表作として「金儲けがそこそこうまいおっさんのバス釣りナンバーワン」っていうゲームを作ったそこそこ金儲けがうまいおっさんがいて、このおっさんがまた口を開けば感じいいことばっか言うおっさんなんですけど、確かそのおっさんがどこかでやってた話で、お芝居の話をしていました。曰く、観客の私たちが今耳にして目にしているお芝居というやつは、まず最初に脚本の人が何ヶ月とか構想含めたら何年とかかもしれないそういう時間をかけてまず最初に言葉を紡ぎまして、その次にそれが役者のもとに届きこれも何週間から何ヶ月くらいの期間で咀嚼されて型を作り、そして当日の舞台上2時間ぽっちに凝縮されて私たちにたたきつけられる、みたいな。なんかそういうことを鼻ではなく口から申しておりました。

戻って、今回書いてるここで取り上げてるあれやこれやというやつは、舞台のそれとはまったく逆なんだよなというのもまた面白いなと思います。時間が長くかけられた叩き台からどんどん圧縮して濃度を上げてみたいなのとは真逆で、刹那的な「これおもしろくない?」が人から人へ拡散されていってみんな刹那的に面白がってそれを誰かが時間かけてまとめて記事にしたり解説したりして強度を獲得していくっていうのも、そういうフローがその刹那的な発想をどう育てて何者にしてるって言うんだよといわれると現状はっきりとは言えないっすて感じですけど、悪くないなー面白いなーと思うんですよね。

もちろん、リアクションが易々と速攻で返って来るという仕組みが人間に悪いことや馬鹿なことをさせる一面があったりだとか、そういうの消費する側も電光石火なんだからそんな大したもんじゃねぇだろ、とか色々ぶつけるうんこはあるわけですけど、それでもこういう側面はあるぜと思いますし、それは悪くないぜと思ったので書きました。ただ、色々汲み取ってガチで考え始めると糞複雑な話であるなとは思ったので、テキトーに仕上げるべく過剰に「いいな~」と思いながら書きはしました。以上です。