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ウツになって垣間見えた世界

どーもー、ズイショでーす!まだ自分に合う睡眠導入剤が見つかっていませーん!コスメ感覚で薬の話を楽しそうにしてる人らの気持ちがちょっとだけわかってきました。今日も元気によろしくお願いしまーす!!

 

いやー、先日ですね、遂にうつ病の診断をもらっちゃいましてね。

 

ズイショという、ネットに10年以上文章をばら撒き続けてる生き物を以前からご存知の方からすれば知ってたよって話なのかもしれませんが、いつも考えすぎな性格なのは明らかで調子のいい時はぺちゃくちゃ馬鹿なお喋りをして、たまに麻雀でいうめちゃめちゃ露骨な対子場が来たなってくらい突然しんみりした文章を書くなど、「いやお前病院行ったら絶対なんらかの診断はもらえるよ?」と自他共に認める情緒不安定なズイショさんだったわけですが、それでも俺は長男だから頑張れる、煉獄さんのぶんまで頑張れる、医療の力なんざ頼らなくとも人生たかだか100年ごとき自力で逃げ切ったらぁと意地を張ってきたのですが先日「さすがにこりゃやべえ」と観念してクリニックを訪ねて晴れて「あんた相当なウツだよ」とお墨付きをいただいて参りました。なかなかうまくいかないもんだねとクロロ戦を終えてドッキリテクスチャーで顔面整えたヒソカの表情でこれまでの自身を省みつつ今はX(Twitter)のアイコンをサンリオのクロエちゃんに変更しようか検討中のそんな俺です(メンヘラがみんなアイコンをクロエちゃんにするというのはズイショさんの偏見です)。

 

さて、ウツに至った闘病記的なものはまた自分の心身の経過を見ながらまた書いてもいいかなと思いつつ、なんだかんだいつも通り元気なズイショさんをみなさんに見せれたところで(本当か?)今回書きたかったことは別にあるので掲題の本題に入りたいなと思いました。

ただひとつその前に、自分に起こったエピソードを人に面白おかしく語るのが生き甲斐のズイショさんが「俺、なんかうつ病になったわ」と方々に報告して回ってた時に「書籍化狙えるビジネスチャンス来たじゃん」と言ってくれた友人よ、俺がなんの専門性も持たずに悪戯に荒唐無稽なふざけた文章を書き散らすしか取り柄がないので商業化なんて夢のまた夢なのをよく知っている友人よ、正直弱ってる病人にかけるべきではないひどい言葉のチョイスではあるがアレは俺が一番欲しかった嬉しい言葉だったよ、ありがとう。常に虚勢を張って元気なフリをすることによって病気になる俺のような人間は世の中に少なくないらしく俺の振る舞いが正しいことかは甚だ怪しい。だけど俺はそのようにしか生きれないので心底救われたよ。ありがとう。また、これを読んでる出版社の人がいたら是非ご連絡ください。時間はかかるかもしれないが、必ず面白くて人に元気を与えるうつ病闘病記を書ける自信がある。

 

話を戻そう、奇しくもその同じ友人に「お前は弱者の気持ちがわからないから一度海外を放浪して弱者や被差別者の気持ちを勉強してこい」と何度も言われてきた。

 

ここでズイショさんの属性を説明しよう!説明しよう!ズイショさんとはアラフォー男性、20代で結婚、妻子持ち、上場企業の正社員(一部上場という言葉がなくなったので「早く一部じゃなくて全部上場しないかな」というギャグが使えなくなったので寂しい)、富裕層とまではいかないが妻は扶養範囲内のパート勤めの実質一馬力だが家庭が回る程度にはオゼゼを会社から頂いている。家庭も回れば口も回る。いつも機嫌良く仕事を回し、精神に余裕があるフリをずっとしていたから社会問題に関心も持てば身近な友人知人同僚部下が困っていれば手を差し伸べてあげたい、相談に乗ってあげたい、面白おかしく親身にブログを書けばそれが誰かに届いてなにかしらの一助になるかもしれない、そうして縁を巡らせればきっと俺が困った時に俺を助けてくれる人も出てきて自分が救われるかもしれない。そう思いながら生きてきた。えーとこれは宮沢賢治雨ニモマケズを俺風に書き換えてくださいとAIにお願いしたわけではなく自分で書いてる言葉です。俺の「そういう人に私はなりたい」です。俺の「そうあらねばならない」べき論と言ってもいい。その結果、俺はぶっ壊れました。

 

ぶっ壊れた俺は今後の生活をどうしてくれようかと「療養しろとかお前簡単に言うけどさー」と思いながらお前が誰かもわからないまま色々算段しつつダメな時は布団でぐったりしてるだけの毎日です。

 

あーごめん、ここからがマジの本題。

 

傷病手当制度を使えば一定の収入?かなんかを貰えるというので調べてみると復職の際にはまず主治医の「こいつそろそろ働けますよ」という診断書をもらう必要があり。あ、いや、ありーの。そこから会社のお抱えの産業医との面談をやりーの。そこで産業医から「こいつちゃんと働けそうですわ」の診断書をもらいーの。そういう手順が必要で復職できーの。働きーの。バカリズムさん、朝ドラ楽しみにしてます。楽しみにしてるから俺死なずに頑張るよ。

 

で、この話を人事から聞く中で気になったので「あれ?でもたしか働けません診断書の期間しか傷病手当って出ないんですよね?で、産業医が許可出さないと復職できないんですよね?そのあいだのエアポケット的な期間って僕無給なんですか?」て聞いたら「そうなりますね」て言われちゃって。えーって思って。

 

聞きませんよ、ぶっ壊れてるとは言えまだ自称マトモな社会人なので聞かなかったですけど、じゃあそれって俺が主治医から「働けますよ認定」もらって、産業医がわかんないけど木梨憲武レベルで1ヶ月ハワイ旅行の休暇取ってて産業医との面談受けるまで1ヶ月かかるとかだったら俺は一銭も受け取れないってこと!?と思って。いや、木梨憲武はいい人だからアロハシャツでハワイからリモート面談してくれるのかもしれないけどさ。オシャレな帽子被っててムカつく可能性はあるにせよ。でも何かしらのタイムラグは絶対出るわけじゃん。「働けますよ」をもらってから「本当に働けそうですね」までのタイムラグのあいだは何の保障も受けられない。そんなのおかしくないですか?

 

そこで気づいたんですよね、友人から言われた「一回、被差別者やってこい」の意味。俺は同性婚とか選択的夫婦別姓とか、あとは最近だけど日本の移民問題とか、都市だけ潤って地方は大変だとか、色んな問題に色んなことを考えてたつもりでいたんですけど、いつも当事者ではなかった。「説明しよう!」のくだりで説明した通り、俺はただたまたま恵まれていただけの人間で何も考えていられてなかった。

ノブレスオブリュージュなんて烏滸がましいことを考えていたわけではないけど、与えられた恵まれた幸運の中で自分が他人にできることを探していたけど、他人の心配をすることより自分を大事にすることを優先するべきだったのかもしれなかった。

 

主治医には「考えすぎな人なことはよくわかったので、今は無理に文章を読んだり書いたりせず、療養に努めてください」と言われてるけど、これくらい馬鹿な文章を書いてるとは思ってはいないと思うので勘弁してくれと思うが、読まれたら「こんなの今すぐやめなさい」と言われる可能性はある。

 

以上です。

 

 

野木亜紀子『ちょっとだけエスパー』1話感想と今後の展開予想

140字に収まらないしブログに書くか~と思って軽い気持ちでブラウザ立ち上げたら5,000字書いてしまった。大作です。

 

とりあえずまだ1話なわけでシーズンドラマとしてのストーリー全体がこれからどこに向かうのか全然わからない1話で「わけわからん1話だった」と言い切ってしまうことはできるんだけど、面白かったか面白くなかったかでいうと全然面白いんだから野木亜紀子は大したもんだ。

何よりこれまでの野木亜紀子作品と比較すると設定の突飛さもノリも過去の代表作と比べてテイストが大きく異なり、こんだけ作風を確立して大御所作家と言って差し支えない評価を得てるのにチャレンジングなことをしていること自体リスペクト。

 

とはいえ、これから何が始まるかわからない1話時点でも野木亜紀子作品に流れる通奏低音のようなテーマの予感は示唆されている。

接触しないと発動しないちょっとだけテレパシー能力を会得した主人公が雑踏で浴びるネガティブな個人の叫びは、なるほどこれまでどおり現代社会で生活する人間の孤独という要素はやっていくんだなとわかる。

恐らくちょっとだけ未来予知能力によって課されるミッション、そのミッションを達成することによって個人の人生が好転したというリザルトが報告されて世界がちょっとだけ良くなる。これはMIU404で繰り返し語られた些細な行動による未来の分岐、あったかもしれない世界、なかったかもしれない世界というテーマを思わせる。

また恐らく物語全体のキーパーソンとなるであろう、今日初めて会ったはずの主人公を本当に愛している(テレパシー能力で確認したんだから本当に)偽物の妻。人の孤独と表裏一体のどんな形でもいいから誰かと繋がっていないと人は生きてはいけないというテーマも当然今後顕在化されていくのだろう。

エスパーの存在を匂わせる会話を偶然聴いてしまった大学生も当然これから重要人物として躍動していくのだろう。アンナチュラルやMIU404でも扱ってたのと同様に、個人の秘密を誰にも頼まれていないのに暴き告発しようとする人間の一面、根拠不明確な限られた情報を元に沸き起こる私刑的正義感情の暴走あるいは陰謀論。また彼らを利用するために悪意をもって作られるフェイクニュース。現代SNS社会の問題点もテーマとして入ってくるんだろうと思わせられる。

 

これらのエッセンスを自然に1話から盛り込むことによって荒唐無稽な設定で最後どこに向かうのか全然わからなくても信頼を持って素直に楽しめるというのはやっぱり野木亜紀子のこれまでの功績があってのことなのかもしれない。これが野木亜紀子作品じゃなかったら1話でとりあえず見るのやめて4話とか5話でネットで大絶賛されているのを見て「え、そんなに面白いのアレ!?」ってなるタイプの作品な気はする。

 

とは言え、これまでのリアリティを重視した現代を舞台に初手から世界観と人間関係と主人公の使命・役割が説明される真っ当な社会派ドラマであることが1話からわかる作風でやってきた野木亜紀子がファンタジー要素を大きく加えて挑む本作の大きな転換はやはりチャレンジングだなと思う。同時に、キャスティングが発表された時に「なんで野木亜紀子作品に大泉洋と宮﨑あおい?」と正直思ったが1話を見た時点で「そりゃこの二人くらい召喚しないと、こんなチャレンジできないよ」と納得した。

 

ストーリーの全体像がドラマ中盤までなかなか見えてこない構成で進める時は「巻き込まれ役」を一人設定するのがセオリーで、視聴者と同じようにわからないまんまに振り回される奴を一人おいておくと視聴者がそのキャラの視点から見れてついていきやすいみたいなパターンがお馴染みだ。ただ近年の日本のドラマでは「巻き込まれ主人公」ってかなり減ってるような気がする(体感です)。だいたい主人公は謎と使命を抱えた抜群に優秀でかっこいい尖ったキャラで、そこにいわゆるワトソンないし今泉くんの役割でキャリアの浅い新人・後輩が「巻き込まれ役」を引き受けるパターンが多い気がする(体感です)。なぜそんな傾向になっているのか(そもそも体感だけど)の分析は横道に逸れるのでこれ以上の言及はしない。そのうえで巻き込まれ型主人公ド真ん中の火の玉ストレートをぶん投げるとなった時、大泉洋主演という頼もしさは一話時点で納得だ。まぁぶっちゃけ大泉洋が「だいたいどんな役でもできる」というのはこれまでの実績でわかりきったことなのではあるが、自分の置かれている状況がまったくわからないまま周囲に振り回され続けて戸惑いながら無理難題を押し付けられながらなんとか自分の役割を探して果たそうと奔走する役がこれほどうまい人はなかなかいない。と、ここまで書いてて気付いたんだがそういうキャラクターを大泉洋が演じ続けていたのが彼の原点『水曜どうでしょう』である。もしかしてもしかするとそれを踏まえてのキャスティングなのかもしれない。

 

そしてドラマ全体を貫く謎になっていくのだろうか、ヒロイン。突飛すぎる登場で考察も1話時点では全く進められず、感情移入もできないしヒントが何もなくただただ謎すぎて逆になんの興味も持てない、入りとしては結構キツいキャラクター設定だなと思うのだが「まぁ、かわいいからいっか」で納得させる圧倒的宮﨑あおいである。大泉洋に比べてめちゃめちゃ字数少なくてごめんな。あ、今度家族でひらパー行くわ。旦那さんによろしく伝えておいてください。

 

野木亜紀子が今までと全然違う(最終的にはちょっとだけ違うになるのかもしれない)ことを始めるうえで今までとは違うタイプの役者さんを連れてきたんだなということはよくわかった。

 

ここからはたぶんこういうことやりたいんじゃねえかなという予想である。

 

1話時点で今後どうにか回収するのかどうなんだろうと気になったのは、他人に手を触れてる時だけ相手の思考を読み取れるちょっとだけテレパシー能力を持つ大泉洋。そして、ちょっとだけエスパーが力をあわせて達成しようとするミッションの対象ターゲット。これが全部男性だったというのが気になった。

街の雑踏を歩く人々にたまたま当たっちゃったようなフリをしながらその人々の声を聴き自分の能力を確かめる大泉洋。そのたまたま当たる対象はすべて男性だ。これがいわゆるノイズを作らないって側面はあるかもしれない。これは野木亜紀子のオリジナルストーリーなので「ノイズ」というワードチョイスに批判的な意図は一切ない。だってシンプルにあのシーンで大泉洋が女性にもタッチしてたら「うわこういうおっさんおるわキモ」って思う人が多くいるだろうし実際にキモい。なのでそう思わせないために男性の声しか聞かないようにしている配慮(厳密に言うと男性にならやってもいいというわけでもないんだがそこには多くの人はあまり違和感を覚えない)。

また、ミッションのターゲットもすべて男性。他人の生活に不自然な介入を大泉洋が試みるわけだからやっぱりここでも女性がターゲットになると「何このおっさんキモ」とみんな思うだろうので妥当な判断である。

大泉洋の寝てるベッドに宮﨑あおいが潜り込んできたシーンでセクハラまがいをしたことがないのが自慢と主張するセリフをわざわざ盛り込んでるあたりここらへんの観点は明らかに意図的である。

しかし作劇・演出の都合上そうなるのは必然だなと納得したうえで同時にひとつの疑問が発生する。

 

「え、世界を救うって言ってるけどこのやり方だと逆に男性しか救えなくない?」

 

だって世界を救う使命を担った大泉洋が主役で、おっさんの大泉洋は女性に過度な介入はできないんだったら男しか救えないじゃん。じゃあ女の方を救う女ばっかのチームがあるのか?みたいなパターンもあるかもしれないが、恐らくそうではない。そういった「やらない方がいいこと」へのちょっとだけ配慮も含めての「世界を救う」なのだ。

 

そもそも主人公の大泉洋は会社をクビになり妻には離婚され人生に失敗して社会に存在を否定されたいわゆる落伍者である。そして大泉洋とともにこれから活動する「ノナマーレ」のちょっとだけエスパーの仲間たちも恐らくみななんらかの不遇を経験した社会落伍者だと今後打ち明けられていくのではないかと予想している。

つまり、ノナマーレとは「自分が社会に否定されたから自分も社会に絶望して社会を否定しようとしている人間(今風の言い方だと無敵の人と言ってもいいかもしれない)をもう一度再起させるための更生施設」であると同時に「相互理解や互助が希薄で孤独がはびこる現代社会においてエンパワメントと連帯の精神を誰にも気づかれることなく社会に啓蒙しようとする秘密結社」なのではないだろうか。そこで出てくるのが恐らくミッションの起点となっているちょっとだけ未来予知能力。世界の片隅のランダムな誰かの未来分岐がちょっとだけ見えるだけでは世界をまるっと救うことはできないし、そもそも本当の意味での世界平和を実現するためには何千何万何億何兆以下略の分岐スイッチを操作すればいいのかこの世界の誰にも皆目検討がつかない。それでもせっかくちょっとだけ未来予知の力があるんだから、ちょっとだけでもいいから人を助けよう。そうして人に親切しよう人に優しくあろうって心をちょっとだけでも広めよう、どうせなら一緒にその目的を目指すメンバーは人に親切にしてもらえなかった人に優しくしてもらえなかった人たちにしよう、そういう話になるのではないかと予想している。

 

いわゆるペイフォワードの精神がこの作品のテーマになるのではないか。

 

そしてこのドラマのキャッチコピー、「誰も愛するな、世界のために」。

これは恐らくそのまま「誰も愛するな」ということではなく「特別な人にだけ特別な愛を注ぐな」というメッセージなのではないかと睨んでいる。それはいわゆる「自分にとって特別な人間以外の他人がどうなろうと知ったこっちゃないし一切手を差し伸べない」という傍観者である自分を肯定する自己責任主義と表裏一体なのである。

そしてこのような他人への無関心や冷酷さが今世の中に溢れかえっていてそのせいでどんどん世界が悪くなっているような気がして、自分が世界に置いてけぼりされているような気持ちを抱えて生きてる人がどんどん増えてるような感じがして、世界に否定された気持ちになった人たちが自分はここにいるよと叫ぶけど人に優しい叫び方もわからなくて誰かを傷つけてしまって、そして世界に否定された気持ちになってしまう人がまた増えて。そういう連鎖の繰り返し。みなさん身に覚えがあるんじゃないでしょうか。たとえばSNSでは一人ひとりにとってはちょっとだけの悪意で投げかけたちょっとだけの言葉なのかもしれませんが、それが膨大な数になると人の精神を殺し、命を殺す。

 

『ちょっとだけエスパー』「誰も愛するな、世界のために」から考えられるテーマはたぶんここらへんになってきて、「誰も愛するな」というのは「特別な愛なんかなくてもちょっとだけ善意があれば他人をいくらでもちょっとだけ助けることができる」、そして「世界のために」というのは「そういうちょっとだけをみんなが積み重ねることで世界はちょっとだけ良くなっていってそれが積み重なって世界を救うことになる」みたいな話になるのではないかなとわしは睨んどるね。

 

ちょっとだけ勇気を出せば、ちょっとだけ人を信じてみたら、ちょっとだけ優しくなれたら、誰でもちょっとだけヒーローになれるし、ちょっとだけ世界を救える。諦めないで、みんなでちょっとだけ世界を救おうよ。

 

以上です。

2025年参院選感想文

2025年7月20日

午前中、家族三人で出向いて投票を終えて小学校をあとにする際「うわ、めっちゃ懐け~」と言いながら小学校に入っていく若い男子数人のグループとすれ違い、たぶん18歳で初投票なのかもなと面白かった。家族で行くとかじゃなくて「ちょっと行ってみようぜ」みたいな男子のノリだったのもまた良い。

対称的に私が引き連れていった今月で八歳になる息子は「あなたたちは投票するからいいけど、僕にとってはただの無駄な散歩だよ~」とぼやいてばかりで、ただこれは本当に家族での散歩が嫌でぼやいているわけではなく「無駄な散歩」と主張することによってその見返りに午後からゲームやる時間を増やしたいだとかお菓子をいつもより豪華にたくさん食べたいとかそういう要求をするための算段であるのはわかりきっている。あと十年経てば今日こいつが要求するカプリコも選挙権に替わる。

私たち夫婦はいつも投票先をフランクに開示する。投票前はいちおう濁しておくが、投票後に答え合わせというかそれぞれの意図を話す。自宅マンションに戻るエレベーターの中でそこらへんの話をしていたら息子が「どこに投票したのかってみんなと話していいの? 家族ならいいの?」と聞いてきて「あんまり他人と話さないほうがいいんじゃないか家族のなかでも話さないほうがいいんじゃないかとか言われてきてるけど、お前が選挙権を持つ頃にどうなってるかは知らん」と答えておいた。

最近では選挙のたびにつんく♂の歌詞がTwitterで話題になり、たぶん20年くらい前だよなぁ。その頃とは投票行動を行うということについての世の中の感覚も、自分自身の感覚も随分変わったものだが、まぁどのような変化が起こるにせよ20年くらいかかるんでしょう。じゃあ今自分にできることは「ちゃんと投票に行くこと」くらいで、ちゃんと投票に行くことが20年後今よりもっと当たり前になってりゃあそれでいいかなと思ってる。その時、どんな思想がどれくらい勝ってるかとかとは全然関係なく。

まぁ俺は競馬は馬券買わないより買ったほうが面白い感覚で選挙を楽しんでるので、全然誰かが参考にするような背中は見せられないんだけども。

しかし三連休の中日にやられると次の日もどうせ休みだからついつい結果が気になって夜ふかししちゃって良くないね。神奈川なんだったんだよアレ。公務員の皆様も毎度お疲れさんです。

以上です。