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散髪後記 東京文学フリマ39 M-51 ピーキーファジーメモリーズ

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12月1日、東京文学フリマ39にて『ピーキーファジーモリーズ』という本を出します。「思い出」をテーマに全部で10人が書いてて、みんな思い思いに忘れたくない大切な思い出を確信を持って振り返ったり本当にそうだったのかわからないまま恐る恐る語ってくれたりしていて、とても面白いなと思ってます。

僕はというと、「散髪全史」というタイトルでこれまでの髪切ってきた思い出を書きました。馬鹿馬鹿しいと思うじゃないですか、しょーもないと思うじゃないですか、ところがどっこいなかなか面白くて、父親にバリカンを当てられて楽しかったこと、父親のバリカンが嫌になったこと、床屋より美容院がいいなと思ったこと、髪型で自分を強く見せようとすること、それはもういいんじゃないかとなること、髪を切った思い出を振り返るとほとんど半生を振り返ることとなりました。

そんな掌編を引っ提げて文フリに乗り込むとなるとちゃんと散髪してから行くのすごい恥ずかしいよね。「うわ、ちゃんと髪切ってる」みたいな。でもまあ月一で行くルーティンなのでちゃんと髪切りました。

詳しくは本編をお読みいただければと思うんですが、文フリを間近に控えたタイミングで行ったその床屋はもう5年以上通っている馴染みの床屋なんですが、相変わらずの独自の時間が流れてる床屋で、「そろそろ値上げを考えなくちゃならんからホームページを改修したいからホームページビルダーを買い替えた」と言い出して僕は「いや、そこになんの因果関係があるんすか?」と突っ込んで、そこにお金かけるより集客のためにできることあるでしょとか色々話してて結論は出ないままに僕の髪は切り終わって、僕の隣の席の客は10年くらい通ってる人らしいけど生まれて初めてパーマをあてたいと騒いでいてわーわーしている。

こういう他人の何気ない一世一代の大決意がちゃんと眩しく見える。それだけで今回の同人誌に載せた話を書いて良かったと思う。自分の人生に真剣になればこそ他人のことなんか大したことなく見えちゃうのは僕を筆頭とした人間の悪い癖だけど、僕らは無数の交差点で正面衝突を繰り返して、出会って、別れて、へえそうなんだとかなんだよそれわけわかんねえとか、ずっと繰り返して、今の僕の形になっていくんだなと思ってる。そういう本ができました。

床屋のおっちゃんは「正月帰るん?」「お盆どうする?」といつも世間話で聞いてくるけど、僕は実家や義実家に帰るだけなのだけど、節目を過ごさなくても月に一度は髪を切りにくるのだ。この不思議なかけがえのなさ、いい加減なつながり。愛したい。それが自分が愛されるためのずるっこい手段であったとしても、自信を持って言いたいなと思った。愛したい。

来れたら来たね!

 

以上です。

ヨッピーの育児記事見て思ったんだけどメディアで結婚育児語るやつ中高年多すぎるくね?

これ読んでさ、ヨッピーは別になんも悪くないんだけど、なんか色々思ったことがあるので、テキトーに書くぞ!あと、ヨッピーさんについては敬称略でいくぞ!

 

これを書いている人間は38歳で小学1年生の息子が一人いる妻子持ちのおっさんなんですけど、結婚したのは26歳のときでね。姉さん女房なもんで今はもう流行らないのかもしれないけど「◯◯歳までに結婚したい」みたいなんは特に女性は当時あったじゃない。というのもあって、大卒としては26歳男性の結婚って割と早い方だなと思いつつ結婚した。大学の付き合いのなかでも普通に一番乗りで結婚式に学生時代の仲間をみんな招待したものだ(まだみんな学生気分を引きずっているので億劫がらずに来てくれる(その結果、来てくれたやつの結婚式には参加必須の義務が課されてご祝儀貧乏を食らう(結婚なんかしてもしなくてもどちらにせよご祝儀貧乏になるんだよ、みんな平等なんだよ)))。

 

で、まぁ結婚したのはいいとして、まぁでもまだ若いし、1年2年くらいは二人で新婚気分を楽しもうかとかやって、その後いざ子供儲けようと思ったらなかなか授かれなくてさ。子供を授かるまでずいぶんかかったもんでさぁ。僕が子供授かったのが31歳とかの頃かな?妊活の頃の話は過去に書いてるのでこちらをどうぞ。大変だった。

 

でさぁ、ヨッピーの結婚育児の記事とか読むとさぁ、これごめんね、本当ヨッピーを100%攻撃したいわけではないんだけど(数%くらいはあるのかよ)、ヨッピーに限らず世の中に今出回ってる「結婚はいいもんだよ、育児は楽しいよ」みたいなことをメディアで語ってる奴らがさ、高齢者に寄りすぎてるなと思うんだよな。30過ぎて40近くにして「決心してやりました!」みたいな話の割合多すぎない?

別に誰の生き方を否定するつもりはないんだけど、20代30代を仕事に全力投球してある程度キャリアも確立してきて収入もあるし「そろそろやってみっか結婚育児、実際やろうと思えばいつでもいけたけどね結婚育児」みたいなやつの話に偏りすぎてないか?ってすごい思うんすよね。

需要があんのかな!?需要があんのかな!?「どうしよっかな結婚しよっかな」と思いながらネットサーフィンしてるボリュームゾーンがそこなら仕方ねえのかな!? 

当時の自分を思い返すと26歳会社員2年目くらいで薄給、手取りは20万あったっけななかったかなくらい、まだなんのキャリアもなくて未来がうまくいく展望なんか全く立ってない、でも一緒に家族になりたい人というか家族になろうよと俺から言わなきゃ離れていっちゃいそうな好きな人がいて、それで結婚することに決意してさ。で、いざとなると子供は簡単にできねえし苦労してさ、仕事は紆余曲折あって評価されるまでも時間かかるし大変だしさ、やっとこさやっとこさでなんとか今もなんとかやってるんだけど、なんかそういう自分の「自分の人生もこの先どうなるかなんもわかんねえのに結婚!?結婚て!?」みたいな記憶を思い返すと、今って絶対「いや、意外といいもんすね結婚、こりゃやってみないとわからんすわ、まぁやろうと思えばいつでもできましたけど」くらいで語る中高年の割合多すぎるって。その層には刺さるんだろうけど、だから、語ってる人たちは誰も悪くないんだけど、もっと違う結婚の形の取材もした方がいいのかな、若者の結婚とか。いやでも俺今思いついた若者の結婚、村上春樹とりゅうちぇるしかいなかった。両方特異すぎる!あと片方故人。 なんかこう、いろんな結婚の形があっていいんだけど「こんな結婚があってもいいんだよ」みたいな変な話ばかりが前に出て、なんか今どうなってるのかわからんなみたいな感覚があるんすよねー。

 

僕は、そこそこ若くして結婚して、ちょっと年齢を重ねてから子育てを始めた(それまで授かれなかった)男性なんですけど。体力は大事だよねとかはすごい思う。もうちょっと若かったら肩車余裕だったなー、とか。あと一方で、もっと若い時に子育てを始めてたらお互い人間として未熟すぎて喧嘩ばっかしてうまくいかなかったかもなー、とか。体力と人間的な成長が年齢踏まえてトレードオフと言えるのか言えないのか、ここは人それぞれで若い時から人間ができてる健やかな夫婦ももちろんいるんでしょうけど、我が家においてはカッカする癖が落ち着いてきた30代まで授かれなかったのはそれでよかったかなと思ったりもします。

 

みたいな話がもっとあってもいいと思うんだよな~!体力でゴリゴリなんとかしてる20代の夫婦の育児の話とかも読みたいし!全部うまくいってない夫婦の話もそれはそれでいいし!「まぁ大体全部うまくいってる大人になったんでいっちょやってみますか結婚育児、俺楽しむ余裕あります」みたいなヨッピーの感じがさー、子供は育児の話題に口出すチケットって言い方とかさー、いいんだけど!「結婚とは育児とは」の話題がそんなんばっかになるのはよくないと思うんだよてー!敬称略しますとは言ってたけど悪口を言っていい理由にはならないのでマジでごめんなさいヨッピーなんですけど。

 

なんかこう、「多様性とは」みたいなのが「ちょっと特殊な人やっぱいいよね憧れちゃうよね」みたいな感じになるのはそれはそれで変だなと思ってて「これからはこれくらいがスタンダードだよね」という動きも「多様性とは」に反してるし、みんながみんなそれなりでいいよねを目指すのすごい難しいよねっていうか、なにか喋っちゃうと誰かを置いてけぼりにしていっちゃうジレンマをもっと共有できればいいのになーと思うんだよなぁ。俺も確実に誰かを置いてけぼりにして自分勝手に喋ってるし、誰もみんなのことを考えてる顔をしながら誰かを置いてけぼりにしている。

 

とっちらかったけどもういいや。

以上です。

12月1日東京文学フリマ39参加します。架電座『ピーキーファジーメモリーズ』

 

掲題のとおりで、本を作りました。

10人くらい、このブログの読者っぽい人を募ってみんなにエッセイを書いてもらいました。もちろん僕も書いてます。

「テーマ」は何かと言うと一応タイトルどおり「思い出」になるんですが、これってテーマとしてはあってないようなものですよね。思い出以外に「なんか書け」って言われることってなんかあるだろうか。いや、意外とあるか、創作とか、展望とか、空想とか。その中で「思い出を書いてくれ」って形でみんなに色々書いてもらいました。

もう死んだんすけど北海道の祖父がよく語っていたヒグマに会った話が好きで、酔うたびに毎度毎度「車で山を走ってたらよ、熊がいてよ」って話すんすけど、本当に何回も話すんすけど、聞くたびにね、熊が近づいてるんすよ。最初にその話を聞いた頃は熊は10mくらい遠くにいて、でも熊が本気でダッシュしたら10mなんて距離は一瞬で潰せるんでジジイ肝が冷えたのは本当なんでしょうけど、年月を重ねて何度も聞くたびに熊がどんどん近づいてくるんすよ。なんか晩年は「もうほんと目の前に熊がいて」みたいな語り口になってて。どんどん盛ってく感じが面白くて。でも、これもじーちゃんがそういう人だったって話ではありつつ、僕がそういう人だって話でもあるんすよね。そのじーちゃんの話を一緒に聞いてた兄弟からすると「そこまでじーちゃん盛ってなかったよ、むしろじーちゃんをそんな大袈裟に話を盛る人だったって語るお前の方が盛ってるよ」って言われるかもしれない。ただそう言われたところで、それを言う兄弟の言い分も別に信用ならない。僕はじーちゃんの大袈裟なところが好きで、兄弟はじーちゃんの謙虚なところが好きで、そこから「思い出」に差分が出るだけなのかもしれない。じーちゃんとヒグマとの距離も、僕とじーちゃんとの距離も、本当のところは最早誰にも何もわからないんですよね。過ぎ去ってしまったことが実のところなんだったのかなんて全部わからず終いで本当にもう取り返しがつかない。だからとりとめなく語るより仕方がない。

大学生の時に同じ部活の友人が「LOFTにこれくらいのでかさのMONO消しゴムが売ってる」って両腕を全開に広げて語ってて絶対そんなわけないだろってLOFTに一緒に行ったらせいぜいレンガくらいの大きさの消しゴムしかなくて、やっぱりそんなにでかくねえじゃねえかって俺は文句を言うんだけど、「今はないけど前はもっとでかいのがあった」ってそいつは言い張って俺たちは腹を抱えて笑う。

ヒグマはそんなに近くに来てなかったかもしれないし、消しゴムはそんなに大きくないかもしれないけれど、俺だってどこかの旅行先で立ち寄った荘厳でかっこよすぎる大聖堂に息を呑んだことがあるしその大聖堂が平米なんぼのもんなのよと言われたらたぶん全然出鱈目な数字を言うんじゃないかと思う。

そいつが言ってることがどれくらい本当でどれくらい嘘かなんてことは実はあんまりどうでもよくて、今目の前でなんか語ってる、それこそが一番大事なことなんじゃないかと最近は思っていて、その思い出が事実と異なっていても、ピーキーでも、ファジーでも。忘れたくなくて忘れないためにそういう形で保存されて語られるなら、その思い出が明日を歩く寄る辺になるのなら、もうそれでいいんじゃないかなと思う。

別に人を嘘つきにしたいわけではないのだけれど、それくらい無邪気な方が、それくらい良い加減な方が、笑い合える方が、許し合える方が、話半分に聞ける方が、みんな自由に語れるし、語った方も語りを聞いた方も、みんな人を好きになれるんじゃないかなと思っている。

そんな漠然とした考えを直接には伝えず、ただそういうことを思ってる人間として振る舞って原稿を集めてみたら、だいたいそんな感じの本になったかなと思っている。

元来無礼な人間なので肉や野菜の命に心を込めて手を合わせていただきますなんてなかなか純朴に手を合わせることはできない不遜なやつである僕だけど、自身の人生を本当かどうかわからないけど滔々と語ってくれた執筆者のみなさんには当たり前のように感謝ができる。

良い本ができました。一人でも多くの人に届けたいと思うくらいには。

 

気が向いたら是非当日お買い求めください。

 

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