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日本の災害・疫病の死者数ランキングのスプレッドシートを雑に作った

どうも、大阪市民です。

2019年末から始まったコロナ禍も既に日本全国での死者数は10,000人を越え、未だ収束の目処は一切立っていない状況、日々のニュースでは今日の死者数が当たり前のように報道されるようになりました。

そしてそれにですら身内や顔見知りが死なない限りなんとなく慣れていってしまうんだろうなぁと思い、それはヤバいなと思ったので日本の災害・疫病の死者数ランキングを作りました。

主な用途は僕が思い出した時に日本のコロナ死者数を確認してシートの数字を更新して、前後の追い抜いた災害・疫病、そろそろ追いつきそうな災害・疫病についてネットで調べてそこに生きていた人々の悲痛を知ることで「これくらいヤバいんだな、今」と確認することです。

そういう個人的なやつなんですけど、せっかくなのでシェアします。それだけです。

 

数字は全部ネットでググったら出てきたやつです。「災害 日本 死者数」とかそういうノリで調べた雑なやつなんですけど、疫病関連は下手にググろうとしても当然新型コロナ関連のものばかり上位に出てくるので、なんとなく自分の記憶にあるものをググって記載してる感じです。

なので「こんなもん作るなら、せめてこれくらいは入れとけ馬鹿野郎」みたいな疫病の知見のある方はブコメとかツイッターで教えてくれたら暇な時ググって追加します。

ググってんなよ、雑かよ、という向きもあるかもしれませんが僕が「あ、今ヤバいな」とちゃんと思うための一助のためのものなので別に雑でいいのかなと思ってます。

 

以上です。

弱者かは知らんけど男性同士の連帯はたぶん増えてる気がする

あのー、掲題のとおりなんですけど、「男同士で連帯しろ!女を巻き込むな!女に甘えるな!」みたいな意見と共に燃え上がってるんだかコップの中の嵐なのかわかんないけど盛り上がってるような盛り上がってないようなよくわからない、弱者男性論なんですけど。ざーっと眺めて思ったことを書きます。思った感じたことの4割くらいを書きます。

ものすごく小さい会社で管理職をやってるんですけど、みんなよくプライベートの話を気軽にしますよ。家庭を持ってるやつらは家庭の話をしますし、家庭を持ってないやつらはプライベートの話をします。

未婚男性のやつらの話をしますね。

ふつーに「昨日友達とdiscordしながらゲームしててー」とか「昨日友達のゲーム配信しながら作業しててー」とか「昨日会社終わった後、同じチームの同僚とゲームしててー」とかすげえ普通に言ってるんです。

で、俺は、そういうのを聞いて「へー、最近のやつらって、社会人になっても学生の時みたいなノリでわーわー仕事終わった後に遊べるんだ。いい時代だなー」くらいに思うんです。学生の時は可処分時間がほぼ無限だったな、と大学一年生の時の年間取得単位数が5だった僕は思うんですけど、4年間で卒業に必要な単位数が140くらいあるなかで一年生の時の年間取得単位数が5だった僕は思うんですけど、つまり別に学生の時も可処分時間は全く無限じゃなかったんですけど、今はインターネットが発達してわざわざ待ち合わせをして会いに行かなくても家に帰ったらインターネットを介して気の合うやつら同士でわいわい遊ぶみたいなことが今はできるんだーと思って、それはすごく良いことだなと思ったんですよね。

俺自身は気難しくてめんどくさいやつで、どんな無駄な時間を過ごすかは自分で選びたいタイプなので最後に誰と会ったのはいつかみたいなのを全部アプリで管理してて「ちょっと飲みに行かへん?」とか言われても「確認したら最後に会ったの2ヶ月前やからお互いトピック増えてないならまだええわ、半年経ったらまた会おう」とか平気で返すタイプなんでアレなんですけど、逆に「お前この二ヶ月激動やったやん!?なんで1ヶ月前にファーストシーズンの話聞かせてくれなかったん!?」みたいなケースもあるから難しいんですけど、まったり日常的に遊ぶみたいな相手が必要で楽しいみたいなタイプも世の中にはきっとたくさんいるんだろうな、とは思うんです。

で、今自分が勤めてる会社では割とふつーの感じで、そういう「男友達と毎日楽しく遊んでますー」みたいな話を未婚男性から聞くわけなんですけど、これが普通に話せて普通に「へー、楽しそうで良かったねー」って周りのリアクションで終わる会社が全ての会社なのかというと絶対そうではないよねー、と思って。むしろ少数派なんだろうねーと思って。

まずはそこらへんからじゃね?みたいなことを弱者男性論の侃侃諤諤を見ていて思ったんすよね。

今の僕のいる環境は結婚してる人は結婚してるし、してない人はしたいけどできないのか、したくないのか、そんなことわざわざ聞かないけど、してない。ふーんて感じ。楽しくプライベートを過ごして、そして楽しく、はないかもしれないけどそれなり仕方なく働いてくれてるならそれで全然オッケーですってのが管理職としての素直な気持ち。

でも、世の中そんな会社ばっかりではないんでしょー、てのも知ってる。俺も35のこの年齢に至るまでに散々色々喰らって知っている。女性経験の人数を聞いてくるやつらは幾らでもいるし、女性経験がなかったら風俗に連れ出そうとするやつらは幾らでもいるし、すごく仲の良い気の置けない男友達の話をすると「お前ホモなのか?」と言ってくる奴らは幾らでもいるし、ここまでの例えは言ってくるやつらは男ばかりのものに限定したけれども、まあ別に男女に限らず、のべつにある。枚挙に暇なく、ある。

まず、そういうのやめていこう、一人一人やめていこう、せめて、この話題に関心がある一人一人がこの話題に関心がある一人一人として積極的にやめていこう、という話に落ち着いてくれないもんかなぁというのが俺の所感だ。

俺の観測範囲では、そういう風に「男同士で楽しくやってる」生き方をしてる生身の人間は割と見かける。そしてその一方で、俺の観測範囲外ではそのような生き方をひた隠しにした結果、「非モテ」だとか「弱者男性」だとかのレッテルを貼られて(あるいは自ら貼って)社会ニアリイコール職場で息を殺して生きてるやつらもいるんだろうなと容易に想像できる。

プライベートは充実してるのに、結婚してないだとか子供がいないだとか瑣末な理由でかわいそがられたりキモがられたりとかしてるやつらがいるのは本当に容易に想像できる。

まず、それをやめようよ、くらいから始められないもんかなぁと心底思う。

男と女との非対称性の話で言えば、「そういう男だけのコミュニティは放っておくとミサンドリー的な、ホモソーシャル的なコミュニティに成長する可能性がある」という誹りが起こる可能性は、まぁあるんだろうなと思う。現に、弱者男性論に与する人たちの中にもそういう人たちは見て取れる。でも、そんなんノイジーマイノリティで、もし今、弱者男性論が本当にインターネットにおける議論の俎上に乗っているのだとしたら、考えるべきは、ここらへんの話なんじゃないかなと思う。

部下のスタッフに年齢を聞かないようにしようと最近考えるようになった。少しビクリとされるような気がしているからだ。「そろそろ結婚か〜?」なんて俺は全く言うつもりはないのだが、それが来たらどうしようとビクリとさせてしまってるのかもしれないなーと思って。

年齢も気軽に聞けない社会は嫌だなーと俺は思うのだった。

以上です。

嗚呼あの悪人も人の親

先日書いた文章がGWで自粛もしなくちゃで家でスマホをいじるくらいしかやることがないのか知らんが広く拡散されて沢山の人に読まれて、それでなんだか居心地が悪かったので書く。

俺は自分の書いた文章についての感想を割とねちっこく追跡するタイプなのだが、件の文章については割と好意的なリアクションが多くてありがとうございまーす。今から皆様に冷や水をぶっかけまーす。よろしくお願いしまーす。

いつも文章は一筆書きでほとんど推敲もせずにぱぱっと書くんですけど、先日の文章は「ちゃんと愛情をかけられてる子供ほど無防備で危なっかしいし、愛情をかけられてない子供ほどきっとびくびくして死や危険に敏感なんだろうな」というアンビバレンスな想像を起点に書き始めてみたものの、いつもの通り一筆書きをやっていたら、なんだか「子供は大事、子供を愛することは大事」なんなら「子供を持ち慈しむことは大事」に偏り過ぎててあんまりうまく出来には仕上がらなかったなというのが直感です。

それで、それは、俺の不手際だったのだけれど、思いの外たくさんの人に読まれてしまって「うんうん、わかるよ、私も子供が大好きで絶対守るよ」みたいな感想に偏り過ぎていて俺は大変な居心地の悪さを感じた。

ブラック企業腹立つわ、20代を擦り潰して殺すな、費用対効果最悪やぞ。

という気持ちに嘘偽りはないのだが、「子供を大事にする親」vs「ブラック企業」みたいな気持ちは全くなくて、むしろブラック企業を経営する人たちというのは一般的にすごく家庭人だろうとも思っている。

たとえば森喜朗だって身内から言わせりゃ「すごく家庭を大事にしてくれる、そんなに悪い人じゃない」らしい。それは、身内から見たらそうなんだろうし、家庭を身内を大事に健気に生きる我々だって、外から見たら森喜朗ほどではないにしろそれなりに邪悪なのかもしれない。

テキトーな漫画なんかを読んでるとなんかわからんけど義憤の一味に拉致された大富豪のお嬢様は大抵に「私のお父様がそんなはずはないわ」と叫ぶし、中学生の女の子をいじめ抜いて凍死させた子供の親はきっと「うちの子は悪くないです、あの子は変だったから死んだんでしょう」と言うだろう。

俺たちは何にどう心を動かされようと、それは俺たちの善性を担保しない。悪人だって自分の子供はかわいいし、自分の子供がかわいいと思えばこそ他人に対して冷徹な悪人にもなれる。

俺が文章を書くうえで人に投げかけたいのは、そういう人間の弱さであってつまらなさと切実さであって、身内以外にはどこまでも無頓着に冷酷になれる愚かさを知ることで、もう少しマシになろうよと一番下のゲのゲの下から、お窺いを立てたいんだよな。

俺は、子供が俺の子供だから大事にしてるけど、こいつが何かやらかした時に庇い立てする気は一切ないよ。何かやらかさない為に口酸っぱくケチをつけながら、こいつが俺から見て悪いことやった時に一切庇わない俺でいたいなと思っている。

ここらへんが、まあ俺の筆の未熟さがでかいんだけどさー、違う伝わり方で嫌だったんだよな。

エモい文章なんざ書こうと思ったらなんぼでも書けるんだけどさー、島田彩とか幡野何某とか最近賑やかだけど、やっぱエモい文章なんざわざわざ喜ばれると思って書くのは考えものだぜ。クソみたいな文章を書いていきたいもんです。

以上です。