←ズイショ→

ズイショさんのブログはズイショさんの人生のズイショで更新されます!

【読み物】ふつうの不倫がしたかった

ラブホテルのベッドでiQOS吸うの超ダサくない?そんな気もするけど、俺はiQOSを吹かしてる。iQOSを吹かしてるって言い回しあってんのかこれ。

片方の手でiQOS吸って、もう片方の腕では妻じゃない女を抱いている。幸せそうな顔なー。

「ねえ、奥さんとはいつ別れてくれるの?」

女は猫みたいな顔でっていうか、猫に寄せてる感はあるよねこの女。

「意地悪はやめてくれよ、別れたいとは思ってるんだけど、子供もいるしさ」

俺はいつもの言い訳をする。

「とか言って、本当に一番好きなのは奥さんなんでしょ、私じゃないんでしょ」

女はいつものようにむずがゆい声で、決して俺を責めるようには聴こえないように、瞳を潤ませて俺に身を寄せながらそう言う。

「そんなわけないだろ、何度も言っているはずだ、俺たちの夫婦仲はとっくに冷めきっていて」

「きっとうそ」

「嘘じゃない、もう会話もろくにない」

「うそうそ」

「嘘じゃないよ、前も言っただろ、夜になるとデザインが天狗になるんだ」

「天狗?」

「顔が赤くて鼻がフランクフルトみたいに高くて、すごい風を起こす団扇を持っているんだ」

「実際に扇ぐの?」

「扇がれたことは何度かあるよ、帰りが遅くなる連絡を事前に入れなかった時とか」

「自業自得」

「それはそうかもしれないけど、ひどいじゃないか。あんな風を起こす団扇で扇ぐなんて。そしてまた高下駄で僕を見下ろすんだ」

「だから別れたいの?」

「そうだよ、別れて君と一緒になりたい」

最初は「会話も全然ないし」くらいでやってたんだけど、それでは彼女は全然納得しなくて、雪だるま式に嘘を重ねた結果、僕は浮気相手に「僕の嫁は本当は天狗だ」と言いくるめるに至った。

「奥さんとはいつ別れてくれるの?」

「天狗はゴマを食べるとその分、鼻が伸びる。僕は彼女に日々ゴマを食わせる。鼻が伸びすぎてその重みを支えきれずにぼとりと落ちる時、それがあいつの命日だ」

「そしたら私と一緒になってくれるの?」

「そうだよ、だからもう少しだけ我慢してくれよ」

天狗の弱点がゴマだというこの下り、俺のオリジナルだ。そんな初期設定、天狗に全然ないし。そもそも俺はどうして、自分の妻を天狗と言い出してしまったのだろう。吸い終わったiQOSのフィルタを灰皿に落とした。

「それで、息子さんは私のこと気に入ってくれるの?」

「それはもちろんだ、ホワイトライオンだから、俺の息子は」

「嬉しい、私、ホワイトライオンを育てるのが夢だったの」

「運命かもな」

「いつだったっけ?ホワイトライオンになったの」

「あれは、あいつが一歳を過ぎた頃だったな、満月を見たらホワイトライオンになった」

「嬉しい」

「俺も嬉しいよ」

嘘のやつあるじゃん、妻とは別れるとか、子供は大事だから迷ってるとか、そういう感じのことを言っておけば引き伸ばせると思って浮気してみた結果がこれじゃん。我ながら盛りがすごい。でも、もう戻れないんだ。

何これ、俺、嫁は天狗だって嘘ついて、息子はホワイトライオンって嘘ついて、ここまでやらなきゃ浮気ってできないの?もっとスッスッスーってみんな浮気してるイメージだったんだけど?どうしてこうなったの?嘘の上塗りの究極系を今おれはやっている。

女は、そんなことを考えている俺のことなんか何も知らないかのように、脇の間に頭を潜り込ませて髪を撫でるようねだりながら甘えたように言う。

「天狗がいなくなってー、そしたらホワイトライオンが私のペットになってー、あなたとこうして毎日いられるのよね」

「もうすぐだよ」

俺は彼女のウェーブがかかった髪を撫でる。

何がもうすぐなんだよ。嫁が天狗なわけないだろ、もし本当に嫁が天狗なら、そんなすごい風圧を出す団扇を持ってる嫁を騙して浮気できるわけないだろ、普通の嫁だよ。息子も、もちろん、普通の、ただの息子だ。白い毛なんざ1ミリも生えてねえわ。

「じゃあ、そろそろもらっていい?」

「もちろんだよ、今はこれくらいしかできなくてごめんな」

彼女は俺の胸に牙を突き立てる。俺の皮膚からプツリとという音が聞こえんばかりに血が流れる。彼女はそれを蒸し牡蠣の汁を飲むようにうまそうに吸う。ここで!?ここで、気さくな女友達的な一面出すかね?!俺の血を吸うこの場面で!かわいいけど!!もっとおしとやかに俺の血を吸って欲しい気持ちはあるけどこればっかりは仕方がないね。彼女はきっと間も無く、羽を生やし、窓から飛び立つ。俺の血をたらふく吸っていかにも満足げに。

彼女があまりにアバンギャルドなもんで、俺もついつい嘘を盛りすぎた。俺の嫁は天狗で、息子はホワイトライオン。それを彼女はからきし信じているから、「そういうわけで、まだ別れられないもう少し待ってくれ」という言葉を信じてくれている。明日もこの人と会えたらなと俺のことを思い出しながら、夜に羽ばたく。奇想天外な彼女だから、俺の奇想天外な嘘を信じる。彼女は俺の血を胃でゴロゴロと言わせながら、俺のことを考えている。彼女の当たり前な誠実を汚しているようで、そりゃあ俺だって嫌気もさす。

家に帰って、嫁さんが天狗になってたらどうしようって、彼女と別れた後はいつもそう考えながら家路を歩く。なってるわけねえのに。なってるわけねえのか?現にコウモリみたいな翼で夜を渡り歩くあの女とセックスした後で、俺は妻が天狗じゃないって信じられるのか?歩く歩く歩く。

世界に、本当は人間が俺だけだったら、そりゃあどんなにラクだろう。しかし、ほとんどみんな、本当に人間なんだろう。