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【読み物】2019年、夏!72歳シゲ蔵、エロ本のないファミマに立つ!!

シゲ蔵はいつも通っているファミマの店内で膝をガクガクいわせながら狼狽した。エロ本コーナーが、ない!儂がいつもお世話になっていた、エロ本コーナーが、ない!成人雑誌の撤去をキッカケに雑誌コーナーを大幅に圧縮し、代わりに拡大してラインナップもより充実した無印コーナーはほとんどのお客様には好評で、困っている人はシゲ蔵の他には誰もおらず、口をあんぐり開けたまま額から垂れる汗を拭うシゲ蔵の横では男子大学生二人がピアス入れとく用に使うピルケースを手に取っているところだった。

シゲ蔵が連れ合いの妻を亡くしてもう8年になる。貧乏の出で学も商才も度胸もないなりに、高校を出た後はどうにも人付き合いが苦手で職を転々としながらではありつつも、28の時にはその当時の職場で恋仲になった相手を嫁にもらい、時間はかかりながらも34の時に一人目の息子を授かり、その2年後には二人目の息子も授かり、気が弱く口下手で親子らしい会話は最後まで苦手ながらも二人の息子を立派に育ててやることを生き甲斐に、不器用ながらも仕事に精を出して生きてきた。一人目の息子は学業に大変に優れており、ずいぶん無理をして東京の大学にやってそのまま大学院まで通わせた。その後は彼自身の力でアメリカに渡り向こうで家族を設けている。数年に一度息子夫婦が帰ってきて一緒に温泉旅行に連れてってもらうのがシゲ蔵の何よりの楽しみだった。二人目の息子はあんまりに学力に自信がないのと、一人目の息子の学費と仕送りで家計が火の車だったこともあり、高校までしか出してやることができなかった。仕方がないと納得してくれるだろうと今思えば楽観的に考えてはいたが、数年実家に住まいながら稼ぎを貯めるとやがてに家を飛び出し、それっきりは疎遠だ。母親の方にはちょいちょい連絡を取っていたようで、今は東京で所帯を持って立派にやっているらしいことは聞いている。恨まれることは仕方がないが、元気に楽しくやっているならそれでいい。息子二人はそれなりにそれぞれうまくやっていて、俺は妻と二人で細々と余生を過ごせるならそれでいい、そういう風に考えて自分を納得させてはいたが、こんなにも早く妻に先立たれるとはシゲ蔵も思いもよらなかった。葬儀の後、上の息子からはアメリカに来て一緒に暮らさないかと相談があったが、ずっとこの土地で細々と暮らしていた自分が今更アメリカで暮らしている姿は想像もできず、丁重に断った。二人目の息子への負い目もあったかもしれないが、結局は自分にはそんな度胸はないのだろうと思う。一人目の息子からの仕送りはありつつも、何せ息子のためにいつも節制をして生きてきたシゲ蔵だ。金の使い方もわからずそれには最低限年金から足りないぶんだけしか手をつけず、妻を亡くして以降はまた一人いつもどおり細々と暮らしていくこととなる。今は仕事も退き、友もおらず部屋に塞ぎ込んだまま、猫を撫でては図書館で借りてきた明治から昭和にかけての文学を読み漁る、そんな毎日をずっと繰り返してきた。一人目の息子からの仕送りは、自分が死んだ後、二人目の息子に渡ればいいと思う。しかし、贔屓にされた兄貴の金をあいつが素直に受け取るとも思えない。あいつが受け取るように親子の仲を修復することも自分には叶わない。結局、二人目の息子のことを考えると、金を使うことにさえ臆病な自分がいるだけだ。そうしてシゲ蔵は独り、集合団地の一室で、猫を愛し、本を愛し、100円ローソンの焼き芋を愛し、そしてエロ本を愛しながら独り生きている。

シゲ蔵は、人の強いオピニオンを聞かされるのが嫌で、いつからかテレビも見なくなった。新聞も読まなくなった。このままではいけないと近所の老人会に参加しようとしたことも何度かあったが、誰が悪いだのどの国が悪いだの言いながら笑い合い怒鳴り合う空気にどうにも馴染めず、結局家で一人、猫を撫でながら芋を食うのであった。週に一度の楽しみは、家から徒歩3分の100円ローソンをそのまま通り過ぎ、15分ほど歩いたところにある顔見知りもいる由のないファミマで、エロ本を買うことであった。2000円を握りしめ、シゲ蔵は雨の日も風の日もエロ本を求めファミマへと足を運ぶ。妻とは一人目の息子が小学校に入る頃には一切肌を重ねることはなかったが、それを当たり前と思いながらそれ以降を生きてはきたが、妻を亡くした時に小さな小さな箍が外れた。自分のことを誰も知らぬ場所で、正確にはエロ本ジジイというあだ名をファミマでは頂戴しながらも、エロ本を買って帰る往復30分の道のりがシゲ蔵の大きな慰めのひとつであった。

そのエロ本がないのである。この8年間毎週欠かさずの楽しみであったエロ本が、このファミマにはもうないのだ。テレビも新聞もましてやスマホも見ないシゲ蔵にとって、それは青天の霹靂であった。

なぜないのか、いつまでないのか、もうずっとないのか。シゲ蔵の頭はぐるぐると回る。自分が何か悪いことをしただろうか、もしやすると毎週毎週雨の日も風の日もエロ本を買いに来る自分のせいで、このファミマはエロ本を置かなくなってしまったのだろうか。わからない。何もわからない。

そんな無印コーナーの前で腑抜けた顔をしているシゲ蔵に、ひとりの恰幅のいい男が背後から忍び寄った。その男のビジュアルをめんどくさいので一言で雑に表現するなら、サングラスをかけた山下清であった。

「お父さん、とりあえず、ファミチキ二つでいいよ」

清はシゲ蔵の耳元で囁いた。シゲ蔵は、すぐさま、ファミチキ二つを買うべくレジへと駆けた。

 

ファミマの向かいにあった雑居ビルの一室で、シゲ蔵は、VRゴーグルをつけていた。その眼前に立つのは、ファミチキを頬張る、池上彰風のアバターであった。

「おじいちゃん、名前なんて言うんですか?」

「あ、シゲ蔵です」

「そうですか。びっくりしましたね、シゲ蔵さん、いつも通っていたファミマに行くとある日突然エロ本がない!驚天動地と言っても大袈裟ではない出来事です、びっくりしましたよね?」

「びっくりしました……、一体何が、何が起こっているんですか!?」

家具ひとつない雑居ビルの一室でシゲ蔵は叫んだ。

「いい質問ですね」

池上彰っぽいアバターは、ファミチキを貪りながら笑った。

「今年の頭、1月のことだったんですけども、コンビニ業界の大手3社、セブンイレブンファミリーマート、ローソンが一斉に、成人向け雑誌の取り扱いを取りやめるという大号令を出しました!」

「なぜ!?」

シゲ蔵は思ったことを口に出した。

「なぜ?いま、シゲ蔵さん、なぜとおっしゃいましたが、そこには色々な理由が考えられます。何か思い当たることは、ありますか?」

池上彰っぽいアバターは、優しく問いかける。

「何か、いけない理由があったんですか?」

シゲ蔵は思いつくままに口走る。

「そうですね、シゲ蔵さん、そういう考え方もありますね。理由がなければ、なくなることなどない、じゃあその理由っていったいなんだったんでしょうか?」

池上彰は問いかける。シゲ蔵は答える。

「わかりません、学のない自分にはわかりませんが、後ろめたい気持ちは、いつも、ありました」

「後ろめたい気持ち、シゲ蔵さんには後ろめたい気持ちがあった、それはとても興味深いことだと思います。そうですね、シゲ蔵さん、コンビニってなんなんでしょうか、シゲ蔵さん、お答えいただけますか?」

「……わかりません。どこにでもある、便利な場所?」

「そうです、そうですねシゲ蔵さん、コンビニは日本全国47都道府県、どこにでもあり、とても便利な、そういう場所です。そんな場所には、いったいだれがくるんでしょうかねぇ?」

「いったい誰がも何も、みんな来ます!誰だって行きますよ、何が言いたいんですか、あなたは」

窓から西日が差す雑居ビルの一室で、VRゴーグルをつけたシゲ蔵はうなだれた。

「みんなってのはですね、シゲ蔵さん、女性も子供も含まれるってことなんです、あとそろそろ5分経ったんで、私は新たなファミチキを所望します」

シゲ蔵はVRゴーグルを引き剥がすと階段を果敢に駆け下り、ファミチキを目指した。

 

この雑居ビルはかつて、医療しせつだったのだろうか。配膳用の小型エレベーターにファミチキを乗せると、シゲ蔵は再びVRゴーグルを装着した。配膳用のエレベーターがゴゴンと動き出すのが遠くで聞こえた。そらからしばらくして、ファミチキを頬張る池上彰がまたシゲ蔵の眼前に現れた。

「確かに、俺にはアレが必要です。しかし、アレは、女子供の目に触れさすべきものじゃない。それが、それがこうなっちまった、原因なのですか?」

シゲ蔵の振り絞るような問いかけに、ファミチキを頬張る彰は、ゲップをしいしいにやりと笑った。

「いい質問ですねぇ、それも理由の一つではあるかもしれません」

「確かにそれはそうです、俺には必要だったけど、あれを不快と思うひともそりゃあいたかもしれない、じゃあもっとなかったんですか?あんな、おっぴろげにしてくれなくても良かった!ただ俺はひっそりと、エロ本を買いたかったですよ!どうしてそうしてくれなかったんですか!?」

シゲ蔵はゴーグルの下でしくしくと泣いた。

「良い質問続きですねぇ。しかし、売れないんです。あなたの言うように、いわゆるゾーニングをできればもう少し良かったのかもしれないけど、そんなことをする必要も感じられないほどに、エロ本は売れてなかったわけです、ファミチキが足りないです」

シゲ蔵は走った。走って、買って、戻って、配膳用のエレベーターに、そして、VRゴーグルを装着するやいなやアズスーンアズで、

「じゃあ、結局、俺はもう、エロ本を読めないんでしょうか?読めないんでしょうか?」

「いい質問ですね」

「もともとはあそこ、サンクスだったんです。それがいつの間にかファミマになってて、予兆だったんでしょうか?」

「難しい質問ですね」

 

ファミマに戻ってはファミチキを買い求め、配膳用のエレベーターに送り込み、どうしてコンビニからエロ本が消えたのか禅問答を繰り返すシゲ蔵。気持ちも体力もやがて精も根も尽き果て、ぜーはーとみっともない息を吐くシゲ蔵。VRゴーグルの向こうの池上彰風の応答もなくなり、やけっぱちにVRゴーグルを壁に叩きつけて仰向けに転んで見せてわーぎゃーと叫んでいたシゲ蔵の顔を、口の周りを油でテカテカにした山下清が覗き込んだ。

 

「わかったか、爺さん、もう、エロ本は、コンビニでは、売れねえんだ」

 

それを言われたシゲ蔵は、腕でグイッと目元を隠し、おいおいと泣いた。

「でもな、爺さん、まだまだ世の中捨てたもんじゃないぜ」

グラ下清は、もう一度VRゴーグルをシゲ蔵に差し出した。シゲ蔵は涙を拭きながらもう一度、VRゴーグルを装着した。そうして眼前にいたのは、ピンク髪の今にも乳がこぼれそうな薄っぺらい服を着た、女の子であった。

「コレは、こういうこともできる」

グラ下清は、口の周りを拭き取るように下品な舌なめずりをした。

ピンク髪のロリ巨乳が、首を傾けて舌を出すと、つられて肩まではだけた。そしてピンク髪のロリ巨乳も、頬を赤らめた。

シゲ蔵の瞳から、涙がこぼれる。

「言ってよね〜、できるなら言ってよね〜。なんでファミマからエロ本が無くなったのか、こういうのがあるんなら全然べつに全然聞かなくてよかったし。今回のファミチキ代で、もっとこの娘と仲良くなりたかった。言ってよねー」

雑居ビルの一室で大の字に寝転ぶシゲ蔵、数時間前までシゲ蔵の握りしめていた2000円は、既にすっからかんに無くなっていた。

また来週、シゲ蔵は、この雑居ビルに来るのだろう。2000円を握りしめる代わりに、ファミチキをどっさり買い込んで。

起き上がる。

言ってよねー。

首を垂れる。

グラサンかけた山下清みたいなタンクトップのデブに傅くシゲ蔵は、マリアに祈りを捧げるようだったので見ていて笑えた。フォーエバー。