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打ち合わせ中にパソコン叩くなみたいな話雑感

読みましたー。のでなんか書きますけど結論は絶賛ないです。

まぁケースバイケース、人それぞれではあるんですよ、世界中誰だって行くとこによってはキチガイさのイッツ・ア・人それぞれワールドが世の常ですから、常にこれが正解、というものはないんですけど、取り分けこの話ってめちゃめちゃ仕事上でのコミュニケーションの話じゃないですか、そうなると一層話がややこしいというか仕事の話となるとなんつったって効率だったり利益だったりが大事なフィールドなわけですから、そうなるといちいち相手の行動の真意を吟味するとか推し量るというのもある意味手間で非効率的なわけで、もちろん吟味とか推し量るとかって一瞬でできるよね、優秀な人間だったらそんなもの時間的コストを払うまでもなく判断できることなんだから「いちいちお前のこと考えてられねえよこっちは忙しいんだ」みたいな言い訳は能力低いやつの甘えだよねみたいな言い方もあるとは思うんだけどなにせ仕事は結果がすべてなので、そいつが結果を残すかどうかそいつなりの仕事のやり方がアリかなしかを決めるのはその一点なので煽ったって仕方ないっちゃないわけで、つまり仕事の場に置いては自己責任で偏見かますのもOKっちゃOKなんですよ、「こう来たらこうって決めて個別に考えることすらしない」ってスタンスもそれで損をこいてないなら回ってるならそれはそいつなりの「効率」だからOKってなもんだから、もう本当になんでもアリだよね、でもまぁそういうもんかーと思いながらやってる俺としてはどっちかっていうと「そんなことで文句言うやつとは仕事したくない」というよりかは「相手が気に入らないというなら相手が気に入らなくないやり方でこっちがやってられないと思わない程度に効率的なやり方を考えるのが一番俺が少なくとも俺は得をする」ってスタンスでやってるので、人と喋ってる時にパソコン使う方が効率的だ派の人の気持ちも失礼だ派の人の気持ちも両方わかるっちゃわかるし両方わからないっちゃわからない。ちなみにブログは仕事ではなく趣味なので効率やわかりやすさは必ずしも優先されていません。

まず僕はどうしてるかの話なんですけど、人と仕事の話してる時にはノートPCでめちゃめちゃメモ取ります。基本的にはその方が良いからです。ほんで、これもまた単純に「その方が良いから」という理由で環境がそれを許すならリアルタイムで俺が書いてるそれをみんなと共有できるようにします。つまりなんだっけ、ど忘れしちゃった。テレビ。テレビの映る部分?ビジョン?ハイビジョン?ハイビスカス?そう、大きなハイビスカスが置いてあるような会議室だったならそこに何らかの方法で自分の打っている内容を映してみんなで見れるようにはしますね。本当に自分が議事録係みたいなものに徹していて、そんな相手に見られて困るような資料をパソコンで見ながら喋ってるみたいな状況でないのであればなんだっけ俺詳しくないんだパソコンのこと、あの線、なんだっけ遠隔でノートパソコンの画面をそのままハイビスカスに映す遠隔のやつ。ゆうちゃん?ゆうちゃんの猫パワーをノートパソコンからハイビスカスに送る線あるじゃないですか。それをパソコンに突き刺すことでぴ、ぴ、ぴ、ピッコ太郎~~~つってあーんってノートパソコンに突き刺すことでノートパソコンの映像が猫パワーでハイビスカスに表示されるぶっちぎりのすごいやつ、を使って共有するやり方でもいいですし、あとはgoogleドキュメントをリンク知ってる誰でも閲覧可の感じにしてそれをハイビスカスに表示すれば自分も自分のパソコンで必要な情報を見ながらメモを取ることが可能ですね。そんな感じで、可能であれば可能な限り共有するのは大事なことだというか「そうできれば相手もそんなにむかつかないので効率的」みたいには考えています。「効率的なやり方への理解がない非効率的な人は相手にしてられないぜ」みたいなのは非効率的な相手といちいち対立するのが非効率的なのであいだを探そうというのが一応のポリシーではあります。もちろんこれは仕事するうえでのポリシーであって私生活では無駄がどれだけあろうが俺の勝手だというスタンスで、それはまぁ読んだ感じのとおりです。

それで、まぁ、「何書いてるのか共有できてるのが一番いいよね」を大前提としつつ、それは裏を返せばやっぱり「何書いてるか相手にわからないなかカタカタやって、それでも信頼しろよ」なんてのはちょっと甘いのかもね、と自分が思ってる部分があるからで、それはまー僕自身もそういう風に工夫しながらパソコン叩きながら人と喋ってますけどそんな自分のことを棚にあげて相手のパソコン叩きっぷりを見て「あーこいつと仕事あんましたくないかもなぁ」と思うことは枚挙に暇がこういう時あるのがいいのかないのがいいのか忘れましたけど枚挙に暇なのが現実なわけですよねー。まずやっぱ一番良くないのが「遅い」ですね、これは別にパソコンに限らず紙でメモを取る人においてもそうですけど色んな意味でとりあえず「遅い」かつ「書く時は書く以外のことをできない」となるとどうしても仕事と考えると勘弁してクレヨン来週も見ればぁ?という気分になりますよね。この「遅い」というのは単純に書いたり打ったりするスピードに留まらずその書き方が簡潔かそうじゃないかという話でもあります。例えば僕が「まぁ普段なら6時すぎくらいですけど、遅くとも8時前には起きて朝食はできるだけちゃんと食べてから家を出ますね。パンが多いですが本当は余裕があれば白米が食べたい。前日に買ったクロワッサンが多いですけど」と言ったとしますよね、何書いてるかこっちからでも見える手書きのノートだったとしてここで相手が「なるほどなるほど」と言いながら「6時~8時起床。朝食パン。本当は米派」とか書いてたら全然まぁええか思いますけど「早い時は6時、遅くても8時には起きる。朝食はできるだけ食べる。パンが多い。クロワッサン」って書いててしかもそのうえ相手が書いてる待ち時間がなんやったらマリオの1-1くらいならクリアできるんちゃうかくらいの時間あったらもう「帰れ」って思うじゃないですか。本当に大事なところだけ書いて押さえて細かいところは記憶で補完しろよとか、好きなパンがクロワッサンみたいなどうでもいいところ枝葉のところはメモってなくても実は覚えてるからかっこいいのであってメモるところじゃないよとか色々あるんですけど、別にこれ極端な話でもなくて情報の取捨選択ができない人はとりあえず捨てていいかわからないから全部拾おうとするしメモの量は必然多くなるみたいなのはあるので、パソコンで相手に何書いてるのか見えない状態でしょっちゅう沈黙の間を作ってカタカタパソコン打ってたら「そういう人じゃないか」と疑われるのは仕方ないところではあります。もちろん「遅い」の基準は人それぞれではあるんですけど、「今の会話の内容でそんなにメモる量ある?適切な端折り方をしたらそんな時間かかるほどの密度じゃなくない?」ってことは多かれ少なかれだれにでもあるような気がします。

これ今の「遅い」と思われる例ですけど、逆に「実際に喋ってる内容に対して書きすぎている(ように見える)」と思われる場合もある気がします。これは人によってさまざまなケースがあるとは思うんですけど、実際に人がそういうことやってるのを知ってるだとか俺もたまにやるとかでいうと、相手と共有できない内容のことを書いてる時ってのはありますよね。相手から聞いた情報をそのままメモするだけに留まらず、そこでメモれた情報から思いついた推論や気付き、そういう事実が新たに明らかになったなら今後どう動くべきかも変わっているぞだとか、相手と会話してる以上のことをカタカタっとメモっている人ってわりといます。「後で(社内の)◯◯さんとも共有」とかそういうレベルでもね。そういうのもやっぱり「そんな大したこと喋ってないのにちんたらメモして遅いな」と思われない機敏な動きでやってるとそれはそれで「そんなメモることないのに何をやってるんだこいつは」と思うわけで、あまりに何やってるのか想像できない場合には「なんか違うことやってるな」と解釈する人もいるかもしれませんし、そうじゃなくても得た情報から考えられるその先の内省を人といる時に書いてるなら「こっちと話す気がないんだな」と思われても仕方ない気はします。あと、エビデンス残されなくちゃならないような話ではない、たとえば「うちの社内はこういう空気でこういう感じでやってますよ」みたいな世間話とかでも話の腰を折らないまでもガツガツメモるタイプの人とか見ると「俺と喋っているというよりかは社内に持ち帰ってシェアする情報を収集してる感じだなぁ」くらいは思います。そういうので気を悪くする人がいるのもまぁ自然です。

とかまぁ、相手に何書いてるのか見えない状態でカタカタやってるのはこう思われるリスクがあるかもねみたいなのダラダラ書いてますけど、結局はこんなん繋ぎ方でカバーできる話っちゃ話なんですよね。調べ物するんでも「ちょっーっと調べるんで待ってくださいねー、いやーなんでしたっけね」とか言いながらで全然違うわけで。喋りながら相槌打ちながら相手の目を見て顔を見てしながら何気ない感じでメモの方もがっつり取ってる奴はやっぱそれを普通にやっちゃってるから。それができない奴はどうするかっていう工夫の話なんだとは思うんですよね。もちろんそんなこと誰にでもできることではないですけど、だからって「誰にでもできることではないからお互い黙っちゃうのも仕方ないってのを前提に察して勘弁してくれよ」ってスタンスは、少なくとも仕事の場の、それも社外の身内じゃない人と喋ってる場では微妙なんじゃねえかなぁとは思っています。メモを取ることで若干微妙な空気になった時に「一生懸命本人なりにやってる結果そういう風になってしまってるだけだから」と好意的に解釈してやる理由なんて相手にはないわけで、もちろん自分がどう解釈するかは人の勝手だし、解釈したうえでどう対応するかも人それぞれで目の前でメモ取られるの嫌いな人でもメモ取られたら即そいつとは関わり持たないって話にはならないでしょうしやっぱしそこは人それぞれケースバイケースにはなってくるとは思うんですけど、結局効率的なやり方は違う角度から見ればそっけなかったり失礼だったりするわけで「そういう角度からは見ないでね」「うんわかった見ないよ良い面だけを主に見るようにするよ」となるのは結局相互の信頼関係によってしか成立しないわけで、だからまぁ色々あるけど「Slackの会話だけだとギクシャクしたりするし口頭のコミュニケーションも大事だよね」みたいな話と基本的には変わらんような気もする。

エビデンスを議事録やボイスレコーダーを拒否したがる人の話はまじで全然別の話なので割愛しますが全然関係ないけど「なんだチミはってか?そうです、私が変なおじさんです」って華麗に名前と身分明かすのを拒否していてすごいなと思う。以上です。

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