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恵方巻きなどしょせんは細長い握り飯それに節分を託すなど笑止千万開いた口が塞がらない豆を売ることを忘れた日本人米に頼る日本人嗚呼嘆かわしや米神話を信奉するより仕方ない日本人変わるのだまず豆を豆から取り戻せ節分は豆を撒け黙ってないで豆を撒け巻きずし食うな豆を撒け

胸に手をあてて考えてみろまずお前たちは本当に豆を売ろうと誓ったか豆を売ってやろうと脳は汗をかいたかかいたのか?かいてないだろう?お前らは安易に豆を売って米に手を出した。いや違うか豆は売ってないのか豆を売らずに米に手を出したんだ。豆を捨てたお前たちの米は果たして我々国民に届いているのか俺はそれをとても疑問に思っているんだ恵方巻きなどしょせんは細長い握り飯どうしてそれを特定の何気ない日取りに我々が手に取るものだとお前たちはどうして確信したか俺にはわからないんだ豆を撒かずに米を食うのか米なら食うと思ったお前らの卑しさに俺はほとほと呆れ返っているんだ恵方を向いて黙って巻き寿司を食えというストーリー、そこには鬼が不在だ鬼が不在なんだ前も悪もないそんな抽象的な物語を我々が許容すると思った、お前はそうやって俺たちを見下したんだ俺はそこのところが許さない。鬼が出てこない物語、それで俺たちが踊ると思ったお前らの性根が俺はどうしても許せないんだ。鬼はいる。豆をぶつけられないならぶつけられないでいいが鬼はどうしたって必要不可欠だ。お前たちはまず二月から鬼を奪った。恵方巻きを食べてる最中に喋ると鬼が来るよ。そう一言付け足すだけで鬼は二月に留まることができたんだお前たちは鬼の居場所を奪った。鬼ありきの人間を蔑ろにしたんだ。コラボレーションしにくいんだ恵方巻きというイベントは買い切りパック感があるんだ。一息に食えという指示がおれには二月三日という日を無色透明にしているようにしか思えない。だった黙った食えというじゃないか。黙って一息に食えというじゃないか。そうすればもう、最初に食うか最後に食うかしかないではないか。最後に米なんて食えるか馬鹿馬鹿しい、必然一番最初に食うしかないが、三角食べとかできないのだ、ただ恵方巻きを食べるしかない。食べきってからオードブルを食べる子どもたち、そこにいる子どもたちの顔は食前酒感覚で恵方巻きを食べたような顔をしているのだ。足かせだ。本当ならもっと唐揚げを勢いよく食べれるところ、節分ということで恵方巻きを食わざるをえず、唐揚げで満たしたかった胃の空きスペースを恵方巻きに奪われて、そんな悲しい子供の笑顔を俺は見たくなんかなかった。一体誰が喜ぶというのだ。何気ない節分を、こんな風にしてしまったのは誰だ。ただいそいそと豆を食べていたかっただけなのに、どうしてこんな、海苔巻きて。ジャンクフードじゃん。サッと食ってパッと仕事に戻れるやつじゃん。どうしてそんなものを年中行事にしようとしたの?そのうえインフルエンザが流行りがちなこの時分になんで手で食うものを流行らせようとしてるの?流行られてたまるか俺は許さないぞ絶対に許さない豆を取り戻せ豆を撒いて拾ったあの頃を思い出せ思い出すんだ恵方巻きを食ってる今よりずっと楽しかっただろうがよ。前を向けよ。豆が転がってるだろ。俺たちはそっちに行くんだよ。恵方巻きってなんだよ恵方ってなんだよおかしいだろうがよ絶対に。そんな、めざましテレビの視聴者にレンジを絞ったような年中行事を俺は絶対に認めない。たとえ、恵方とeffortがかかっていたとしてもだ。

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