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断固夏休みの宿題はいつやってもいい派

 昨日書いたやつの補足というかなんというか、すげえめんどくせえことを言います。

 

 夏休みの宿題を計画表どおりに序盤から進めて20日には終わらせてるタイプの人間がいます。一方で夏休みの宿題を8月25日から頑張ってやるタイプの人間というのもいます。これは個人の好みの問題であり、そこに優劣はないはずです。両者とも9月1日に終わらせた宿題を持って登校することに違いはないからです。

 さて、この宿題を二人で共同でやろうとなった場合、お互いがお互いのペースでやってしまうと20日までに終わらせたいタイプが全てを終わらせてしまい、25日にもう一方のタイプが「そろそろ手をつけようかな」と思った時には宿題は既になくなっていることになります。

 当然これでは不公平なので少しやり方を考える必要があります。方法は、お互いに25日まで手をつけないようにするか、20日までに終わるように役割分担をするか、の二つに一つです。方法は本来どちらでも構いません。夏休みの終わるまでに宿題を終わらせるという結果はどちらでも同じだからです。

 しかし実際問題としては25日から慌ただしくやるのはヤダ、宿題を手付かずで残したままでは夏休みを楽しむことができない、と一方のタイプが言うと思うので必然的に20日までに二人で終わらせる方向で話を進めるのが不公平を解消するための唯一の方法になるでしょう。

 ここで確認したいのは、本来ならば25日から宿題を始めるタイプが1日から宿題に取り組もうとする理由は「不公平を解消する方法がそれ以外にないから」というその一点だけであるということです。

 決して「25日からやるやり方の方が間違っているから」ではありません。だって俺5日でちゃんと終わらすもん。

 不公平を解消するためにと1日から宿題に取り掛かることでそれが相手に「改心した」「自分の間違いを認めた」と解釈されるようであれば俺は絶対に25日まで宿題をやりません。25日より前に宿題に取り掛かったら悪魔に命を取られるわけではありませんが「ほら、あなたも自分が間違ってると思ったから1日から宿題やってるんでしょ」と言われるのは気に食わないからです。「どちらも間違っていない、人それぞれ。ただし不公平を正すためにはどちらかのやり方に合わせることも必要だ」という点を俺は譲りたくありません。

 「間違ってるとか間違ってないとかどうでもいいから気持ちよくやればいいじゃん、器のちっちゃいやつだなぁ」と思うかもしれませんが、それはお互いが同時に「せーの」で間違ってる間違ってないを除けて考えられる場合にのみ有効です。こっちが正しい間違ってるとかもういいやと思って相手のやり方に合わせたことで相手が「ほら、結局間違いを認めた」と考えるのであればそれは納得できかねます。「どうしてそんなに間違ってる間違っていないにこだわるの?」と言われても、「いや、こだわってるのはあなただ」としか僕には言えません。

 相手が気持良く夏休みを過ごすために1日から宿題をすることについて僕は全く吝かではありませんが、相手が「ほらやっぱり私の言い分が正しかった」と思って気持ちよくなるために1日から宿題をするのは断固拒否します。

 相手が自分に合わせてやり方を変えようとしている際に「それであなたが喜ぶなら」以上の理由や動機や必然性を相手に求める必要があるのでしょうか、物質的な面では望んだ結果が手に入るにも関わらずそのうえ相手の内心まで自分の思うままになって欲しいと思うのは些か欲張りすぎるんじゃないかと僕は思います。以上です。

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