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通信費を払えば無料で批判し放題

上記、拡散して有益になるような情報よりも批判ばかりが取り上げられてウンザリだ、という内容の記事で概ね「そうだね」とは思った。

批判されている事象は確かに批判されるべき内容であるのかもしれない、しかしそんなことよりもっと大事な拡めるべき情報があるだろう、どうして批判ばかりが拡散されてしまうんだという話なのだけれど、答えはシンプルで批判を頑張って拡めている人間というのはじゃあ批判するべきことがなくなったら――例えばマスゴミと呼ばれるような人たちが襟を正して批判されない振る舞いをするようになったなら――批判以外の有益な情報をせっせと拡散してくれるのかと言えばそうではない。彼らは批判がしたいだけなのだ。

ここで僕がしたいのは巷でよく見かけるような「揚げ足取りをしても仕方がない!もっとクリエイティブで建設的な発信を心がけよう!」みたいな意識が高すぎて高山病で手足がしびれるような話ではない。そういうことは、したい奴がすればいいことで万人に求めるようなことじゃない。クリエイティブで建設的な発信なんてシロモノは志がない人間に片手間でできるものではない。僕にだってできない。えーと、おならぷー。ほらねほらね。

世の中の大半の人間が考えてることなんて大概おならぷーですよ。それは昔からずっとそう。じゃあ昔はなんでそうは見えなかったのかっていうと、みんな自分の考えてることがおならぷー程度のことって知ってたからですよ。昔は知ってたという言い方をすると今は知らないのかって感じに聞こえるけど、そうではなくって、自分の言ってることはおならぷーでわざわざ金と手間をかけて世間様に表明するほどのこっちゃねえなんてことは今も昔もみんな知ってます。ただ、おならぷーをわざわざ言うのにかかる金と手間が最近はすごく減りました。

「金と手間がかからなくてタダでおならぷーを言えるならせっかくだしストレス発散になるし言ってみようかな。」

日本が批判が多くなったように見えたなら原因はほとんどそんなところなんじゃねえかなと僕は思います。

結局以前は切手代とか電話代とかが惜しいからみんな思ってても批判をわざわざ表立って言わなかっただけですよ。それは品位とか粋とか知性とかをかつての人たちは大事にしてたからとかじゃあ全然なくて、単純に、手間がかかって面倒だったから。その面倒が今はない。面倒なしに何でも言えるようになった時、何を言いたいかってなると批判ですよ。批判というか、批判とはただリアクションしてるだけですから、自分以外の誰かがいるならば無人島以外ならどこでもできますから。そこで批判以外のことを言おうとする奴は、極端な話それより以前からどうにか金を作って手間暇面倒かけて勝手に発信してます*1

「タダなら遊んでやってもいいぞ」なんて客の意見は相手したって仕方ないみたいな話は色んな業界で聞きますけれども、今のインターネットってのはまさにそういう状態なんだろうなと思っています。よくソシャゲの界隈なんかで「3000円払えば無料でガチャを10連回せる」なんて言い方をギャグでやってますけど、全然笑えないですよ。通信費を払えば実質無料で批判し放題って考えてる奴がわんさかいます。

これは「批判はいけないことだ」と言う話でも「批判以外の意見を発信するのが有益で良いことだ」と言う話でも「志はみんな高く持とう」と言う話でもなく、ただただ「無料は人が殺到するから面倒だね」というだけの話です。金と手間暇と自分なりの誠意をかけて発信した奴が偉いって話ですらない。どれだけコスト払ったところでトンチキなこと言ったらそいつはトンチキで偉くもなんともない。

無料で面白いものがたくさん読めるようになったんなら、無料でつまらないものが目につくようになるのは当たり前だって話でもある。金と手間暇をかけてりゃ内容に関係なくありがたがられる時代でもない。

そういう批判でPVを集めて金儲けしてる奴らがいるのが問題で無料がどうとかは全然関係ないって筋も考えられなくはないけど、先述した通り無料で殺到してるユーザーがやりたいのは批判というかリアクションで、何かきっかけになるものがないと彼らは身動き取れないのだから煽りの批判記事もそういうニーズに応えてるだけで(悪くないなんてことはもちろん全然ないけど)根っこの問題は有料なら発信なんて絶対しないけどどうせタダなら発信したい人々(ないしタダであるという現状)にあるような気がする。

じゃあどうすりゃいいんだよと自分でも今思ったんですが、よくよく考えなおしてみると「昔の日本(日本人)はこんなんじゃなかった」ってノリにむかついて「いや、昔の日本人も切手代や電話代を惜しんでただけでたぶん同じようなこと考えてたよ。今も昔もそんなに変わらないよ」ということを言いたいだけでした。だから特に結論はありません。

みんなが何を考えているのかが昔よりわかるようになった。今、そういう風に見えたんなら昔からずっと実はほんとはそんな風だった。

僕が思っていたのはそんなところです。以上です。

*1:もちろんこの言い方は、インターネットが万人に発信する自由を与えたという事実を捨象して言っています。今日のインターネットは、切実に発信したくても出来なかった人へ与えた恩恵よりも、発信なんざ別にしなくてもいいけど発信できるなら無責任に発信してやってもいいよと考える人へ与えた恩恵の方が遥かに大きいと思います。

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