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僕の好きな絵

好きな絵を告白するのめっちゃエロいということらしいので、エロいこと大好きな僕は好きな絵の話をしましょう。

なぁ、おっちゃんの好きな絵、見てくれへんか? チラとでええんや。チラとでええからおっちゃんの大好きな絵、見て欲しいんや。後生やで。

はい、どーん、これです。

僕は絵画に関してはめっぽう無知で、あと物の名前を覚えるのが苦手なので、知識量的には壊滅的にもうダメです。この絵も、昔から好きで何かで好きな絵の話題になることがあるたびに名前を覚えられないので「なんだっけあれ……、あの、青空に怪物が……、オレンジの、いやそんなオレンジじゃなかった気が」みたいな感じでしか言えなくて。毎度「絵画 不気味」「絵画 化け物」とかお前さてはあんまり頭が良くないなと確信できる検索ワードでGoogle先生におうかがいを立てては一通り全然探してるやつと違う気色悪い絵を見まくってげんなりしたりで10分くらいかかって「あ、戦争に関係ある絵だった気がしてきた」って思い当たって「戦争 絵画」というこれまた馬鹿っぽいワードで検索してすっげえページ掘った深いところでやっと見つけて「あ、これこれ!これだよ!なんだこれ!うへー」というのを過去5回くらい繰り返してたんですが、本エントリを以て今後死ぬまでそのフローは辿らなくて良いことになったのでブログって本当にいいものですね。次回以降この絵を見たい見せたいと思った時は「おっちゃん 後生」でブログ内検索をすればいいわけですから。

僕が最初にこの絵を見たのは中学の美術の授業で買わされる資料集、せっかくなのでと一通り全部見ようかなとパラパラ目を通すのはたぶんあるあるだと思うんですけど、強く印象に残ってる絵画と言えばこれです。一目見た瞬間にこれだと思いました。「こうじゃなくっちゃ!」って感じです。何が「こうじゃなくっちゃ!」なのか。それは自分でもよくわかりません。自分でも何言ってんのかよくわからんのですが僕にとって兎に角この絵はそんな感じなんです。なんか有名どころ押さえてちょっと不気味な絵を挙げてお前何ぶってんの?何調子こいてんの?って思うじゃないですか。全然そんなことなくて、さっきやっとこさこのページに辿り着いて「あ、ダリなんだこれ。ダリってあの、時計がフラペチーノみたいな。フラペチーノ? フラペチーノってなに?」って感じだったので、本当にもう絵のインパクト以外の理由なくただその一点において俺の中で絵画と言えばこれ。やっぱこうじゃなくっちゃいけない。見ていると「よかったよかった」って感じになる。「よかったよかった」なんです。この絵が、この世界にあってよかった。あるに決まってる。なくちゃおかしい。そんな絵が、ちゃんとあった。よかったよかった。

この絵はこの世界に存在しなくてはならなかった。これは、あんま知らんのですが戦争がテーマの絵らしいんですが別にそういう意味で言ってるわけじゃないですよ。人類の犯した過ちを決して忘れないために原爆ドームが無くてはならないとかそういう意味合いで言ってるんじゃあないんです。何故かはわからんのですが、この絵はこの世界にあって然るべきなんです。逆に言えば、この絵が存在しない世界なんてものがもし仮にあるとするならばそれはきっとこの世界とほとんど同じように見えてその実まったく違った別の世界に決まってる。そういう確信が僕にはあるのです。

蓋を開けてみたらよくわからんけどめちゃめちゃ有名な絵だったらしいので、だとすればそれにこんな熱を持ってピーチクパーチク騒ぎ立てる僕は、なんだかワンピース好きを公言するよりよっぽど気恥ずかしいのだけれども、僕にとってこれはどうにもそういう絵で、ふとした時にこの絵のことを何の気なしに思い出すし、思い出したものの僕の思い描けるだけのそれはどこか物足りなくて、それでこうして実物(画像だけど)を見るにつけて、こいつは僕の想像なんかより遥かにちゃんとした完璧な状態で僕の網膜に映り込むので、僕は「ああ、よかったよかった。この世界にこれはちゃんとあった。なんだこれ。うへー」となるのでした。

そんな、この世界に無いはずが無くて、この世界に存在してるに決まっていて、現に存在してくれていてありがとうと言いたくなるような、そういう絵ってなんだか自分の中にあったりしませんか? あったら教えてください。それが僕の網膜にもそういうふうに映るかはわかりませんけど、とりあえず見て「うへー」と言います。以上です。

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