読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

←ズイショ→

ズイショさんのブログはズイショさんの人生のズイショで更新されます!

ブログの書き方

読んだので僕も何か書きます。まぁ過去何回か書いてる気もするけど、こういうのは定期的に書くもんなんです。

まずエントリを書き出すにあたりテーマを決めます。テーマは全く何でもいいです。テーマに付随して、「これだけは書こう」と思うことを最低で1個作ります。付随してというか、こっちの方が重要でこれがないと書き始められません。逆に言えば「これだけは書こう」というワンフレーズさえ思いつけばマジでテーマは何でもいいです。テーマが先立つことはありません。「これは考えるべき重要なテーマだから是非とも取り上げよう」とか「これはみんな興味関心があるテーマだからじっくり考えてみよう」みたいなのは皆無です、「たぶんなんか書けそうなもの」についてしか書きません。意識低いです。あとは、テエキストエディタを開いて書き始めます。書き終わったら更新ボタンを押します。終わりです。以下余談です。

特にブログの文章については、ロッククライミングだとかボルダリングだとかに近い感覚があって、何を書くかっていうのは割りとどうでもよくてどう書くか・そしてどう読まれるかってところが面白いよねと思っていて、なのでテーマは本当にちゃんと出っ張りとかがあってある程度の高さがあって(まぁ低くてもいいけど)登れるような登れないようなわからんけど全くまるで登れないということはなさそうくらいであればマジで何でも良い。価値は登ろうとしている山にあるのではなく、私の書く筋肉の躍動或いは貴方の読む筋肉の躍動にこそ価値がある。以下、ワンチャン本当だったような気もするけど自信ないしググるのめんどくさいので逆に全面的に俺が今思いついた嘘というテイでいきますがそもそもオリンピックとは何であったのかというと人間の肉体美を神様に奉納するっていうのが目的だったわけですね、人間の肉体の美しさが最も発揮される瞬間というのは人間の肉体の機能が最も発揮されている瞬間とイコールです、だから彼らは肉体の機能を競い合ったのです。実は勝利を目指すというのは目的ではなく、肉体美を発揮するという目的を果たすための手段だったわけですね。何かのテーマについて書いて考えて真理を見つけようとするだとか知見を深めようとするだとかも、僕にとっては目的ではなく手段なのです。重要なのは筋肉の躍動です、僕が書く筋肉を十全に発揮して書き、貴方が読む筋肉を十全に発揮して読む、そのふとした瞬間にもし目でも合おうものならお互いをお互いになんて美しいだろうと息を飲むに決まってるじゃないですか、そして人は美しいものには無条件で最大限の敬意を払うに決まってるじゃああ~りませんか、ちょっと固かったんで一旦軽くボケの方を入れておきましたね、そういう風にして僕は貴方と出会いたい。そういう出会い方を目指す手段として、今はとりあえずブログにおいては、こういうやり方を取っているというわけです。

「これだけは書こう」というワンフレーズのために書くというやり方これ自体も、私と貴方が出会うための方法としてブログが書かれるという構造に似ています。そのワンフレーズは特にどこで出てくるという決まりはありません。最序盤で出てくることもあれば、中盤で出てくることもあれば、締めに出てくることもあれば、タイトルで言い終わっていることもあります。とても重要なフレーズに見える場合もあれば、とても素っ気無く挟み込まれた一文にしか見えない場合もあります。しかしどのような場合であれ、僕の文章の中には「これだけは書こう」と思って書かれているワンフレーズが少なくとも一つあり、それ以外の大部分というのはそのワンフレーズがそこに自然に当たり前のように存在できる状態を目指して書かれています。では、読む貴方が探すべきはそのワンフレーズなのか、別にそれを探すのは探すので好きにすればいいんですけれど当然それだけではありません。そのワンフレーズの存在もまた目的ではなく手段であり、そのワンフレーズがそこにあるべき形で留まっていられることを目標に書くという行為それ自体が発揮する何かを探してもらえればな、と、もちろん読まれ方は僕には選べませんので読みたいように読んでくれればいいんですけれども少なくとも僕はそのような意識と祈りのもとに日頃ブログなんかを書いております。いつも弊ブログをご覧頂き誠にありがとうございます、私と貴方の目と目が合うその瞬間に出くわすその日まで、今しばらくお付き合いいただけましたら幸いです。引き続きどうぞよろしくお願い致します。

なお、本エントリの「これだけは書こう」として書かれたワンフレーズは、さすがに簡単すぎましたよね、「決まってるじゃああ~りませんか」、でした。以上です。

広告を非表示にする