読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

←ズイショ→

ズイショさんのブログはズイショさんの人生のズイショで更新されます!

『かぐや姫の物語』感想文

昨日テレビでやってたの録画したの観終わりましたー。

と言ってもあんま書くことないですよね、だって作中で全部言っててそれ以上のことあんまないぞってのがあるのであんま書くことないんですけど。

とりあえず、男って押し付けがましくて気持ち悪いよねって話には見えますよね。こんなんなら飛行機馬鹿の方がよっぽどマシだよねってくらい次から次へと残念なやつしか出てこない。それはもう、そういうもんなんだっていう高畑監督の基本設定なんだろうなと思った。だって捨丸に関して言えば所帯さえ作ってなけりゃどうとでもなるところまでイイセン行ってたじゃないですか。もちろんわからんけど時代設定的にあの捨丸の年齢で所帯がないって設定は異常だとかそういうのはあるかも知れないですけどそこはもう無視してさえおけば気兼ねなく二人は一緒になれたはずなのにってことに一旦できたじゃないですか、最終的に月に帰っちゃうにしてもちったぁ良い話になるんじゃねえのとか思うんですけどそうはしないわけですよね。多種多様な気持ち悪い男のラインナップを取り揃えようってコンセプトで考えた時、そりゃ純粋な気持ちではあるんだろうけど後先考えず所帯を捨てて添い遂げようとする男っていうのも気持ち悪い男どもの品目の一つとして絶対必要だったんだろうなって思うのと同時に、かぐや姫が最後にちゃんと添い遂げたいと思った相手の男が何の後ろめたさもなく身軽すぎるのもあかん、かぐや姫が苦しんでるぶん男も何かしらの業を背負ってないとかぐや姫に申し訳が立たんみたいな、そういう高畑監督の気持ち悪さもあるのかなぁとか感じました。これはすごく僕の個人的な感想。

まぁそんなこんなで、普通に面白い話だなー、1000年生き残ってる話はやっぱ強度が違うわなーとか思いながら観てたんですけど、そうそう結論としては「めちゃめちゃ面白かった」になるんですけど、僕の中で「めちゃめちゃ面白かった」っていう結論が確定したのは、月の人たちが迎えに来たシーンなんですよね。というか、あの月の人らの奏でる音楽です。あれはちょっと、鳥肌じゃないんだけど、あのシーンが来た瞬間、ブワッってなりました。あいつら、全然おもんなさそう。あんな音楽で迎えに上がってくる奴らの住む月、全然おもんなさそうじゃないですか? 僕は「きついわ~」と思って、自然いいよね四季いいよねとか言うてる時にあの感じでどや顔で来られたら嫌じゃない? せっかく虫の声に耳を傾けてたのに改造マフラーをバオンバオン言わせてやってくるシャコタンみたいな、僕は月の奴らにそういう印象を受けたんですよね。そしてそこから田畑智子主導による地球の歌?の大合唱。全然関係ないけど伊集院光はデブだからデブの声やるのうまいな~と思って観てたけど、田畑智子はデブじゃないのにデブの声うまかったですね。不思議ですね。で、そう、あの、月の奴らのもう全然おもんなさそうな「こういうの楽しいやろ?な?どう?こういう音楽、めっちゃ楽しいと思わへん?」と言わんばかりの月の奴らのおもんない歌と、地球の童どものあの歌。あそこのコントラスト?がなんか堪らなかったのでこれは良い物語だったなと思った。

あと、よくよく観終わってから思い返して気付いたんですけど、かぐや姫が赤子から一人前の女性(いや、年齢で言えばだいぶ若いんだろうけど)になるまでの一連が描かれてる本作なんですが、かぐや姫の挙動の端々にジブリっぽさというか宮崎駿っぽさが感じられて、ポニョっぽかったりキキっぽかったりナウシカっぽかったりする瞬間が全体通して織り込まれている印象があって、それで最後あのザマなんで、「宮崎駿の理想の女性像みたいなのを体現したって女性は碌なことになりませんよ」っていうのが高畑監督の見解なのかなと思った。俺もあんな女いねえし、いても碌な男が寄ってこなくて大変だろうと思う。

先週録画した『風立ちぬ』、これは一度映画館で観たんでそんなに急がなくてもいいんですけどせっかくだし早く観直したいなーと思っていて、何より堀越二郎が、帝の顎の空気抵抗とかを正確に測るのに適した道具をいっぱい持ってたような気がする。以上です。

 

かぐや姫の物語 [DVD]

かぐや姫の物語 [DVD]

 

 

広告を非表示にする