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ゴダール『さらば、愛の言葉よ』めちゃめちゃ面白かっためちゃめちゃ面白かった

映画界の巨匠だと巷でもっぱら評判のおじいちゃんことゴダールおじいちゃんが撮った3Dの映画が面白いという話を聞いたので早速観てきました!全員メガネをかけていました!観客の話ね! 登場人物はメガネかけてませんでした!


結論から言うと、これは、めちゃめちゃ面白かったです。折角今の時代に生まれて生きてるんだから観ないともったいないですよって勢いで面白かったです。3Dじゃないと意味がないので映画館で観ましょう、むしろDVDで2Dで観て「面白かった」って言ってる奴がいたらそれはそれでそいつとは気が合わなさそう、と思うであろう俺こと僕です。もともとインテリ臭い映画は苦手なのでゴダールっていう監督さん自体もこれまでの人生で観たことなかったんです。予習がてらに『勝手にしやがれ』と『気狂いピエロ』観ましたがやっぱりよくわかりませんでした。しかしこの『さらば、愛の言葉よ』はめちゃめちゃ面白かっためちゃめちゃ面白かった、どういう質の面白さなのかというとスパイダーマン・ザ・ライドが面白いのと似た系統の面白さなので難しいことは何も考えなくていいんじゃないかなと思います。

この映画を観てるときの感覚を現状既にこの世に存在している言葉で言い表さなくてはならないとするならば、恐らく一番近い言葉は「ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わす」あたりになってくるのではないのかなと思います。この映画は間違いなく観客の本来手を入れるような場所ではないところに手を突っ込んできて確実に我々の何かしらをガタガタと揺さぶりにかかっています。なるほど、実際にこうやってやられてしまえば3Dとかいう大層なオモチャを手前にあるものを手前にあるように見せておけばそれで満足するような奴らだけに遊ばせておくのはもったいないなと思えるんですが、こういうのをやろうと思いついて実際にやってみたゴダールとかいうおじいちゃんマジハンパねぇ。2Dに対して3Dなわけなんですが、このじいちゃん単純に「よっしゃ、次元が一つ増えた」って解釈してやがるんですよ。僕らの目に映る映像が二次元から三次元になったということは、それを見ている僕ら本体が味わえる感覚は三次元から四次元になっているんです、理論上。いや、僕が今テキトーに言ってるので理論上も糞もないんですけど、僕にはどうにもこのじいちゃんそういうノリでこれを作ったように思われる。「よっしゃ、3Dだから四次元できるから四次元やろう」って普通の感じで「あ、あれたべよ」感覚で挑んでるように思われるんですね。逆に言えば、おじいちゃんずっとこういうのを面白いと思ってこういう観てるこっちがこういう感じになるようなやつをやろうとしてて2Dでどうにかそれでけへんかなって色々やってたんやったらお前今までめちゃめちゃ大変やったなとも思う。それはどっち先行なのかは分からないんですけどね、3Dで撮れるもんを撮ったのか、撮りたかったもんが3Dでやっと撮れるようになってきたんか、そこは分かりませんけどね。

生きててめんどくせえなと思うのは、言葉とか文脈とか物語とかね、意味がみんなに通り一辺倒に伝わるような、伝わるのが本来の形であるとされているような、そういう要素だけがやたら幅を利かせてるんですよ。それは仕方が無いことだとは思うんですよ、だって僕たちが何かを共有するのはあまりに難しいことだから、共有しやすいもの共有されうるものが大事にされるのは当然のことではあります。僕だって、何かを受け取る側でいようとする分には文脈とか物語とかそういう取っ掛かりがないことには良いとも悪いとも言えなくて困ってしまうことが多いので、文脈とか物語とかちゃんと大事にしろよと思います。ただそれは、言葉とか文脈とか物語とかが本当に大事だからそう思うのではなく、消去法で取っ掛かりになるような候補としてそれらしか残らないから仕方なくそこらへんちゃんとしろよと思っているに過ぎず、もし他に分かち合える何かがあればこんな精度も悪ければ効率も悪い代物なんてかなぐり捨ててやりたいわけです。窮屈だなと思うわけです。じゃあ何故僕らは捨てることができないのか、それは「ほかのやつが働いてない」からにほかなりません。ほかのやつが働いてないからこそ言葉や文脈や物語が働くほかなく、そうなると働くやつが重宝されるのも当然で、働くやつが幅を利かせて偉そうにしているのも当然で、だから我々はこの糞つまんない言葉とか文脈とか物語とか果ては意味とかそこらへんのめんどくさい奴らと、逆に使役すらされかねないような危うい関係を続けていかなくてはならん状況にあるわけです。この状況を打破するには、どうにかほかのやつらを働かせなくてはならんわけなんですが、この映画は完全にこの「ほかのやつ」が働いています。3Dとなんかすごい音響設備だけで「ほかのやつ」をこんなに働かせることができるとは知らなかったのでめちゃめちゃビビりました。

もうね、何がどうすごいのか具体的に言えないから「とりあえず観てみ」って感じ、ゴダールとか言われると随分しゃらくせえじゃないですか、僕もちょっとしゃらくせえなと身構えてはいたんですけど、そんな難しいこっちゃない、「向こうにめっちゃでかい蛇の脱皮したぬけがらあったからお前も観にいこうぜ」感覚でオススメしたい一本です。あと、長生きしたくなった。3Dっていう技術でこんなおもしれえことできるようになるんだったら、これからもどんどん面白いもん出てくるなって思った。なのでまぁ、ゴダールって人も長生きしてええんやで、とも思った。で、そうだ、すげえ思うのはこれが3Dという技術で実践できる新しいやり方なんだって認識になって欲しいなっていう。この作品が、ゴダールとかいう奇才に3Dを撮らせてみた結果出来上がった手品とか隠し芸みたいな位置づけになってしまうのは絶対もったいないと思う。こういうやり方でこういう揺さぶり方ができるんだなっていう出発点みたいなものとしてこの作品があって、「こういうやり方」が一つのジャンルとして定着するくらい後続パクりまくって色々やって欲しいなと思う。三谷幸喜が言っていたのかな、「めちゃめちゃつまらない芝居とめちゃめちゃつまらない映画があれば芝居の方がよりつまらないけれど、めちゃめちゃ面白い芝居とめちゃめちゃ面白い映画があればきっと芝居の方がより面白い」みたいな言い回しがあって、言わんとしているところに僕はめちゃめちゃ同意する立場なんですけど、この映画を観ると十年後二十年後はそんなこと言ってられないかもしれない、再現性が極めて高いくせに芝居でしかカバーできない面白さもがっつり盛り込んでる映像コンテンツはありうるかもしれないなと思った。それくらいの可能性を感じるゲロヤバい映画でした。まじで。

そういうわけで、このわけのわからんハイテンションの文章を見て少しでも「あ、もしかしたら私もこれ見て興奮するクチかも」と思った方は、是非是非映画館に足を運びましょう。まじすげーから。なお、内容は字幕なくても別に困らなかっただろうなレベルでわかっておりません。なので字幕なかったら私なら怒るな、って人は観に行っても面白くないかもしれません。以上です。

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