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節分で親父がマジギレした話

うちの親父は割と斜に構えて世の中を見ているようなひねくれたタイプのおっさんのはずなのだが昔からやけにゲンを担ぎたがるところがあって、いわゆる年中行事にはやたら熱心なおっさんだった。当然節分も毎年全力で豆を撒きにかかるわけだが俺にだって反抗期くらいやらせてくれよ。中学生くらいになるとそういうのぶっちゃけ糞ダルいのである。やってられないのである。歳を重ねるごとに豆を撒く意欲に欠ける俺であったが豆撒き欲の減退がピークとなっていたある年、俺がいつものようにリビングのソファに寝転がりテレビを見ていると親父がチラシを折って作った枡に豆をいっぱいに盛り、言うのであった。

「豆撒くぞ、豆。」

はっきり言って糞ダルいのである。今になればそういう行事を大事にする気持ちもわからんではないが、当時の俺には豆なんかよりテレビの方が大事なのだ。おう、撒け撒け、俺はいいから撒きたいなら好きに撒け、などと返すが、親父も引く気はさらさらなく、いいから撒くぞ早くしろすぐ終わるテレビは後でも見れる今日は節分だ豆撒くぞグズグズするな、いいから来い、豆撒くから早く起きろなどとしつこく俺に豆撒きを勧めてくる。思春期の頃ってもうそういうの鬱陶しくてしかたないので、そうやって言われれば言われるほどますます豆を撒く気が失せていく。もう意地でも豆なんて撒かないぞという気分になってきてシカトを決め込んでいたら遂に親父が痺れを切らした。うちの親父は結構気が短い。その直前まで結構温和に喋ってたはずなのにいきなりトップギアで怒声を発することができる方のおっさんなのであった。

「いい加減にしろ鬼来るぞ!鬼!」

全力である。みなさんが想像しうるマックスで怒ってるおっさんのテンションを想像して欲しい、親父はその感じで「鬼来るぞ!鬼!」と怒鳴り飛ばしたのである。本気でぶちギレながら「鬼来るぞ」なんて大嘘も大嘘を本域のテンションで叫ぶ人間を見るだなんて経験は俺の人生において後にも先にもその時だけだった。今思い返してもぶちギレるのはいいにしても「鬼来るぞ」はないだろと思う。来ねえよ。いや、来ねえよというのも野暮だが、そのトーンで言うことじゃねえだろ。

なお、これは余談になるんですが、北海道は大豆ではなく落花生を撒きます。中身はピーナッツなので今食うとビールのおつまみにピッタリで大変おいしいんですが、子供の頃はあんまり好きじゃなかったんですよね。なので節分だからと言ってあんまり食いたくもなかったのですが、年の数くらいはしっかり食べなさいと言われるわけです。ところで落花生は大抵ひょうたんのような形をしていて上下のふくらみそれぞれに一粒ずつピーナッツが入っているんですね。例えば僕が10歳とすると落花生を5コ手に取れば10粒のピーナッツを食べることになり、それで最低ラインはクリアできてるじゃないかと思うんですが、親父は頑なにそのルールを認めず「ダメだ、落花生10コを食え」と頑なでした。あまり抗議してるとそれについても半ギレになってました。この、年の数を落花生単位で考えるかピーナッツ単位で考えるかで揉めるっていうのが北海道人にとってあるあるネタなのか、あるいは単にうちの親父の節分に対する執着がどうかしてるだけなのか、大人になった今でもわからないままです。以上です。

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