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20141114

京都遊び倒して帰ってきた。なんか、うまくやればタイトルつける程度に出来るのは絶対できるけど今眠いのですっげテキトーに書くことにしました。まぁクタクタになって帰って風呂入って寝ようと思ったら間違えて浴槽にお湯じゃなくて水張ってもうたので洗濯機回し始めてて眠すぎるので日記でも書くほかないと思ったけどマジメにやる元気ないみたいなそういう事情です。3回は回そうかなと考えています。すごい素で真顔です。目はとろーんとしてます。

まず三十三間堂行きましたね。糞面白かった。僕は彼女の頃から数えると今の嫁と8年9年のお付き合いになるんですけれども、嫁が神社仏閣好きでそこそこ色んなところ行ってるのかなと思うんですけど(ただ、嫁に付いて行くだけなので引くくらい何処に言ったのか名称は覚えてない。「あの、ノースリーブのジージャン着てる白人のおっさんを見かけた寺」とかそういうレベルの検索ワードで嫁ペディアに引っかかれば寺名が明らかになるとかそういうレベル)、たぶん京都においては一番面白かったんじゃないかなぁって勢いで面白かった。なんか仏像が1000体いるんですって。1000体の仏像がいて、その顔が全部微妙に違って、その中の一つに自分と同じ顔がいるみたいなアトラクションなんですって。俺の頭をよぎるのはジェット・リー主演映画『ザ・ワン』ですよね。「100人のジェット・リーが闘う!」っていう触れ込みでめちゃめちゃ楽しみにして観たわけですけど、なんてことはない合成技術がそこそこ発達してきたんでジェット・リージェット・リーの映像を作ることが可能になりました程度の全然面白くない映画でしたね。今の技術でここまで出来るようになりました、みたいなことを教えてくれるだけの旭化成公式チャンネルのYoutubeみたいな大変慎ましい映画でした。いや、旭化成Youtubeあるのかも知らずに勘で言いましたけど。そもそも、100人も出てこない。だいたい2人だけ。ジェット・リーの目の前にもう一人ジェット・リーが出てきたので、そいつを頑張って倒すジェット・リー。それだけの映画でした。CMでも使われてた100人のジェット・リーがバトルロワイヤルしてるみたいな映像は本当のラストのシーンで、もう一人のジェット・リーを倒したジェット・リージェット・リー100人のいる並行世界に召還されて、ここからが真の闘いだ!みたいなオチの部分をCMで流してやがったっていうもう中学生の俺は肩を落としましたね。肩を落としたとしか言い様がない。そういう過去に大人に汚されて純白じゃなくなった俺の心を持つ俺こと僕は、たぶん三十三間堂もどうせそんな感じなんだろうと高を括ってたわけですね。いや、何をもってそんな感じなのか全然わからないけども、ジェット・リーを仏像に置き換えて更に100を1000まで増やしてかつ映像ではなく寺ってところで、どうそんな感じにするのかよくわからないんですけど、とりあえず全然期待してないフリをして訪れたわけですけど、めちゃめちゃ面白かったですね! 本当に1000体いました! いや、数えてないんで怪しいんですけどそれくらいいるのではないかと思える程度に仏像がひしめいておりました! 奥行きが意外とあって6,7人、かなぁ結構奥までびちっと並んでるのがズラーっと何列あるのか知らないけど100mとか200mとか続いてるっていう壮観でした。確かに1000体くらいいそうだなと思ったのは事実なんですけど、「その中に誰でも自分と同じ顔が一つは見つかる」っていうのは嘘だろ、口の回るバスガイドが言い始めた嘘だろ、と思って「デンゼル・ワシントンに似た顔の仏像もこの中にあるというのか、そんなわけないだろ」と癇癪を起こしてたら嫁が「奥の方にあるかもしれませんよ」と言ったので「バスガイドかよ」と思った。奥の方は遠すぎて全然見えない。ところで俺が面白かったのは1000体の仏像なんかより、最前列に順々に配置されていた二十八部衆だった。僕よくわからないけど仏教の出自はインドらしくて、インド神話なのかなぁそれに登場する28の神様を日本風の仏様にアレンジして(仏の概念の初出もたぶんインドなんだけど)、そのアレンジされたキャラが延々俺を歓迎してくれるわけですよ。なんかロックマンXシリーズのシグマステージみたいになってるわけです。これがすごい面白かった。キャラ立ちがみんなすごいんだ。本当にどの像も生き生きしていて飽きなかった。像を見る機会は別に今までもそこそこあったと思うんだけど、あんだけデフォルメが利いていてユーモラスで親近感が湧くフィギュアみたいな像ってのは初めてだった。こいつら出てる格闘ゲームやりたいなぁって素直に思ったもんね。造形でわかるんだ。こいつはパワータイプだけどそこまでモーション遅くないから初心者にオススメだなとか、こいつは一発一発の攻撃力低いけどうまくコンボを決めればめちゃめちゃつながるから中級者以上じゃないと上手く使えないかな、とか、そういうことを一体一体にちゃんと思える。そういうものが鎌倉時代に既に出来上がってたのも恐ろしいし、そういうノリを今でもまだやってる現代面白いとも思える。兎に角そういう面白さを感じることができた。いつの時代にも許斐剛みたいなキャラ立てうまいやつはいるんだな~っていう壮絶な誤解をしました。毎年一回行ってもいいかなってくらい面白かったし、輸入モンで悪いんですけど、白人京都来たらまずこれ見るっきゃないでしょと旨を張って言える、いや輸入モンなんですけどねっていう白々しさも含めて、とってもThe日本って感じですごい面白かったです。

それをやってたのが午前中で、午後からは着物を着てウロウロしようってことで、正午すぎたごろにレンタル着物屋さんみたいなところに行きました。僕と嫁と2人で1万円、まぁこれを高いという人もいればお手ごろと言う人もいるでしょう、それは好きにすればいい(俺も2人で1万円なら安いもんだと思うけど、俺1人和装して5000円なら舌を噛む、と思います)。僕は基本めんどくさがりの人間で、女ってめんどくさいなって思うヒト属オトコ科ノリ悪い目なところあるんですけど、今回良い嫁さん貰ってんなと思ったのは、なんかレンタル着物屋さんに行くと恐らく一山イクラの着物がズラズラーってすげぇ量が陳列されていて「自由に選んでください」って言われるわけですね。で、嫁が選び始めるわけ。意外と苦じゃない。よくよく考えてみると、嫁が服を買いに行くのとか俺は思いのほか苦じゃない。よく言うじゃないですか、そういうの糞だるいみたいな話、生返事で押し通してやりますよ似合うんじゃない良いんじゃないかわいいんじゃないで押し通してやりますよみたいな話ってたまに見かけるじゃないですか。あれが俺には、あんまない。もちろん気構えはいるけどね、ダルいだろうなって心の準備が要るんですけど、それ込みで望んでみると思いのほか楽しい。俺は結構そういう嫁さんのファッション選びに結構ちゃんとマジメに意見ができるんだ。似合うとか似合わないとか、似合うけどこの季節には微妙かもとか、そういうの言えるんだ。そういえばかつてウェディングドレスの下見に行ったときとかも、なんか嫁さんは担当の人に褒められてたらしいよ。「あんなちゃんと意見出してくれる旦那さん稀ですよ」みたいな。俺はそういうリップサービスはどんどん肯定的に受け容れることにしている、何故ならそのほうが生きやすいから。俺は人の着るものに意見は出せるし出したい。結局そこらへんに敏感なのだと思う。ファッションセンスは無いけれども、その人に似合う/似合わないにはセンシティブでありたいと思うし、それはつまり自分には似合わないんじゃないかという強迫観念がすごいのだ。「恥ずかしいのはイヤだな」って感覚がひどい。「良く見られたい」なんて滅相もないから、せめて「恥ずかしいのだけはイヤだな」って思うタチなので、「いいと思う/悪いと思う」みたいなのはとてもよく言える。現に、嫁さんの着物選んでる時にほかのお客さんにえらい福与かな体型の方がいらっしゃって、いくつか恐らく候補であろう着物(黒と赤の二枚)を手に掛けながら「全然決まらないんだけどーwやばーいw」と言っているのを横目に見て、「デブは水色着とけよ」とすら思った。アレなんでデブにとって鉄板なんでしょうね、原理はわからないんですけど。それか深い紺がいいかなと思う。そんな感じで、自分のファッション感覚に絶望しているからこそ、割と人の着るモノに対してあーだこーだ言うのは苦ではなかったりする。ただ、そういう大変特殊な出自なのでそういう対応を良しとしてくれる女性が多数派とも思えない。「着たい」と「似合う」の乖離がある人と僕とはそういう話はきっと出来ないので、こういう話をできてこれはかわいいあれはかわいくないという話ができる嫁さんを見つけれたのは自分にとって大変幸いなことだったなと思う。そんな感じで嫁さんと俺は、楽しくサイコーにピッタリな着物を見つけて着た。

最初書き始めた段階では今日のことをまる一日書く予定ではいたのだけれども、色々あって眠いのでもういっかな。まだこれ13時くらいまでしか書けてないけど。その後も、色々楽しくやって、僕ら二人はクタクタになった。家に帰って、彼女は既に寝ている。良い一日だった。終わり。

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