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【読み物】ギャグエージェント宣言

「すいっちょん、すいっちょん、お前のヤル気スイッチ、すいっちょん!」

今日も僕は新作ギャグの完成を目指し試行錯誤を繰り返す。

繰り返す。という言い方をしてしまうとこれまでの生活と何も変わっていないように聞こえるがそうではない。

口に餌が運ばれるのをただ待ち呆ける家畜のように、何の目的意識もなくただ漫然と家と職場の往復を繰り返していたあの頃の僕はもう死んだのだ。

姿見に映る自分を見る。確かに外側から見ればまだ僕はただの持たざる者かもしれない。それをそのままに体言しているブリーフ一丁の僕を見るとなんだか少し笑える。しかしこれでいい。これこそがギャグなのだ。そして僕はこのギャグを武器にして成り上がる。誰かに与えられた灰色の人生を僕は僕自身の手できっと極彩色に塗り替えるのだ。

僕は生まれ変わった。今の僕には夢がある。

そうだ、こんなのはどうだろう。

「お前の人生、極彩SHOCK!」

鏡の中の僕が、僕に向かって人差し指を突き出した。さすがにこのポージングは安易すぎたかな。パッションをそのままに表現できず既存のジェスチャーに頼ることしかできない自分の未熟な身体に苦笑しながらも、何とも形容しがたい充実感で満たされているのが自分ながらに分かった。

昔の僕ならこんなに素早く自分の意識を、気付きを、ギャグにして表現することはできなかっただろう。ギャグにできないということは気付いていないのと同じことだ。実感を伴っていないから、その瞬間を全力で生きていないから、かつての僕はギャグを自在に生み出すことができなかったのだ。今の僕にはそれができる。僕はそれだけで嬉しかった。

「あれは、ごくさいしきと読むんだよ?」

僕が座り込みもう二冊目も半ばに差し掛かったギャグノートに今まさに思いついたギャグをメモしているととつぜん背後から声がした。速水さんだ。

「あ、速水さん! お疲れ様です! いつからそこに!?」

「悪いね、鍵が開けっ放しになっていたものだから。君のギャグにかける集中力には目を見張るものがあるけれど、少々不用心すぎやしないかい?」

実際はただの不注意を指摘されただけなのだけれども、僕はなんだか速水さんに少し褒められたような気がして照れ臭かった。

このアルマーニのジャケットを素肌の上からワイルドに羽織った猫耳の中年男性、速水さんこそが僕をギャグの道に誘ってくれた恩人だ。

速水さんと出会ったのは一ヶ月前、路上で声をかけられそのままスターバックスでギャグについての話を熱く語ってくれた。当時まだリアルをリアルとして生きていなかった愚かな僕は初め速水さんの言うことを懐疑的に感じていた。しかし速水さんのギャグへの情熱、僕の内側に眠るギャグセンスへの敬意、ギャグ無しで生きる人生のつまらなさを三時間に渡って聞かされ僕は本当に目が覚める思いだった。たった三時間の中で僕は何度も後悔し何度も自分を恥じ何度も期待に胸を膨らませそして何度も僕は僕の人生を生きようと誓い直した。本当にそれまでの自分の人生が何だったのかと思えるようなすごい密度のジェットコースターみたいな三時間だった。最後に速水さんの鉄板ギャグ、『素顔のままで』のジャケ写のデミ・ムーアのポーズから放たれる『やまニャい雨はニャい』を見た時、涙と鼻水でクシャクシャになった僕は慟哭をあげながらギャグの道に進むことを決めたのだ。あの慟哭はさながら生まれ変わった僕の産声だった。

「速水さん、あれはごくさいしきって読むんですか?」

「そうだよ。だから『極彩SHOCK!』というギャグは速水あまり感心しないな。ギャグは笑わせるものだ。決して笑われるものであってはならない。そのためにもギャグは確かな知識の上で編み出さなくてはならないよ。」

「すいません、気をつけます!」

僕は『お前の人生、極彩SHOCK!』を書き留めたギャグノートの1ページをすぐさま破り捨てた。

「まぁ、誰にでも過ちはある。そしてその過ちを恐れずリスクをとれる人間だけが成功を手にすることができるんだ。君はそれができる男だと速水は思っているよ。ところで、アレはちゃんと観てくれているのかい?」

アレというのはもちろん僕が速水さんから315,000円(税込)で購入させて頂いた『速水ハイパーギャグメソッドDVD6枚セット 定価2,100,000円(税込)』のことだ。

「もちろんです! 何度見返しても新しい発見ばかりで毎日目から鱗が落ちる気分です。特にラジオ体操の解説DVDは本当に毎日観ています。ただのラジオ体操でも自分の身体が発する声と向き合きあいながら行うことであんなに違うものなのかって、今までいかに自分が漫然と自分の身体の声を蔑ろにしながら生きてきたのか、その至らなさを痛感します。」

「そうかい、君のギャグの助けになっているようで速水も嬉しいよ。」

「俳句メソッドも本当に勉強になります。たった17文字で様々な情景を想起させる俳句の概念をギャグに応用するという速水さんのメソッドは確実に僕のギャグ人生の原点になるものだと思っています。」

僕は速水さんの前だといつも饒舌になってしまい少し恥ずかしい。速水さんに伝えたいこと、速水さんから聞きたいことがたくさんある、そのことが同時に少し誇らしくもある。

「速水はね、ギャグとは魂の叫びであると思ってるんだ。しかし魂は実体を持たない。だからこそ速水は、魂の媒介としての身体と言葉を鍛えることがギャグの道だと思うんだ。」

「はい、自分もそう思います。」

「逆に言えば魂だけは鍛えることができない。魂だけは才能だ。だから君に初めて会った時に速水すぐ気付いたよ、君は絶対にすごいギャグエージェントになるって。なぜなら一目瞭然、君の魂は叫びたい叫びたいとずっとSOSのサインを発していたからね。速水にはそれが手にとるようにわかった。」

「ありがとうございます!」

速水さんは嘘を言わない男だ。だから速水さんの僕への期待に、僕は素直にありがとうを言うことができる。

「ところで速水さん、ひとつ観て欲しいギャグがあるんです。」

「なんだい、速水に見せておくれよ。」

僕は一呼吸置くと先ほどまで何度も繰り返していた新作ギャグを披露した。

「すいっちょん、すいっちょん、お前のヤル気スイッチ、すいっちょん!」

僕が叫びポージングを決めると、静寂だけが残った。僕はそのポーズのまま速水さんの言葉を待つ。不安と期待が綯交ぜになってたった数秒のはずが永遠にも感じられる。しかし僕はこの緊張感が決して嫌いではない。

「いくつか速水に質問させてはくれないかい?」

「はい、もちろんです!」

「まず一つ、すいっちょんとは何だい?」

僕はギクリとした。そこが伝わるかどうかがほとんどこのギャグの全てを決めることはわかっていた。やはり解説がないと伝わらないのか、と苦々しい気持ちを隠しながら僕はポーズを崩さぬままに答えた。

「すいっちょんは、ウマオイ虫というバッタのような昆虫のことです。僕の故郷の方言では、その昆虫のことをすいっちょんと呼びます。鳴き声がすいっちょんだからです。それとスイッチ・オンを掛けてみました。」

「なるほど、そういうことか。こんなシンプルなギャグに郷愁まで詰め込んでしまおうとは君は本当に欲張りな男だ。速水、野心家は嫌いじゃないよ。じゃあ、そのポーズは?」

「はい、これはすいっちょんをイメージしてるんですけれどもそうは見えませんかね?」

「少々きつい言い方になる速水を許してくれよ? その腕の形は、バッタというよりかはカマキリだよね?」

それを聞いた瞬間僕は眩暈がした。なんて僕はうかつな男なのだろう。

「ギャグとは、観察でもあるんだよ。君はギャグで表現する対象にしっかりと意識を向けることを怠ってしまったんだ。だから君はカマキリとバッタの違いにさえ気づくことができなかった。速水はそう考えるね。」

速水さんの駄目出しを聴きながら全身から汗が噴き出るのが分かった。むしろ僕はブリーフ一丁だったのでそのことは速水さんから見ても明らかだっただろう。

「もう一つ言いたいことがある。すいっちょんとスイッチ・オンが掛かっていることに君が真摯に誠実であったならば、ヤル気スイッチと一度言い切る必要もなかったんじゃないかな? 単に『お前のヤル気、すいっちょん』じゃあ駄目だったのかい? 君自身伝わらないかもしれないという後ろめたさがあったからこそ、一度ヤル気スイッチと言い切ったということはなかったかい? 君はこのギャグを練習している間、そういう自分のずるい気持ちを一度でも意識することはあったかい?」

僕は消えてしまいたい気持ちになった。すべて速水さんの言うとおりだった。僕は何も言い返すことができずに、力なく床にへたりこんだ。少しでも気を抜くと涙がこぼれてしまいそうだった。速水さんはそれ以上何も言わず、マルボロライトに一本火をつけるとただ僕の傍で煙を燻らせていた。やがて速水さんは自前の携帯用灰皿で乱暴にタバコの火をもみ消すと、この数分の間で憔悴しきってしまった僕に、わざわざ腰をおろし同じ高さから僕の目を見てこう言ってくれた。

「何もそこまで落ち込むことはない。言っただろ、過ちは誰にでもある。そして君はきっとそれを糧にできる男だ。その証拠に、君は今まさに自分の過ちを真摯に意識できているだろう? それは誰にでもできることじゃない、速水はそう思うよ。」

それを聞いた瞬間、何とか我慢していた涙が僕の目からボロボロと流れ落ちた。僕はもう自分の意思で止めようともせずに涙が流れるままに任せ嗚咽を漏らした。僕の涙が枯れ果てるまでの間、速水さんはやはり何も言わず、ただタバコをうまそうにふかすだけだった。

 

「ところで、君はもう付録は試したのかい?」

漸く僕が落ち着きを取り戻した後も速水さんは何も言わないままでいたが、しばらくして僕に唐突な質問を投げかけた。

「あ、『速水メソッドが1分で教えるあなたのギャグ適性!? 名作ギャグ診断』のことですか? もちろんやりました。」

僕は腫れぼったくなった目を擦りながら答えた。

「そうか、君は何タイプだったんだい?」

「『アホちゃいまんねん、パーでんねん』タイプでした。」

「その結果について君はどう思った?」

僕は少し考えたあと、正直に思うままに感想を述べることにした。

「すいません、正直あまりピンと来ませんでした。自分の至らない点と向き合うことはもちろん大切ですが、自分を無理に卑下したギャグをする必要はないと思います。速水さんが言うように僕もギャグは笑われるものではなく笑わせるものだと考えています。なので、僕は自分のことを『アホちゃいまんねん、パーでんねん』なんて言いたくありません。過小評価もせず、過大評価もせず、ただ純粋に自分のありのままと向き合うような、僕はそういうギャグをやりたいです。僕はアホでもパーでもありません。僕は僕です。」

もしかすると速水さんが気を悪くするかもしれないなと思ったけれど、僕は本当に素直に思ったままに言葉を紡いだ。それができなければさっきまであんなに泣いていた意味がないし、そうすることが今の僕にできる速水さんへのせいいっぱいの恩返しだと思ったから。

「そうか、率直な意見をありがとう。要は当たってなかったんだね。速水メソッドもまだまだ改良が必要だ。速水はもっともっとギャグの高みを目指したいからね。」

僕は速水さんのその言葉を聞いて、速水さんはやっぱすごくかっこいいなと思った。

 

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