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舞台裏を勝手に妄想して二倍楽しむ紅白歌合戦2013・まつり編

 SMAPの歌う『Mistake!』が随分遠くから聴こえるように感じられる。

 北島は最後の紅白大トリを締めくくるに相応しい真っ白な紋付袴に身を包み、姿見に映る自分を感慨深そうに眺めていた。

「北島さん、7分前です、よろしくお願いします!」

「……少しでいい、楽屋に寄らせてもらっていいかな?」

 本番が差し迫ったまさに土壇場とは言えこの北島の丁寧な申し出をいちADに断れるはずもなく、北島はADに軽く会釈をすると自分に毎年与えられていた専用の控室に一人、足を進めた。

 ドアを開く。ここに来るのももう今年で最後になるのか。

 いつからだろうか、気づいていた。生きるということは死に向かうということ、ならば自分にできるのは何かを残すことだけだ。それは未来へのバトンをつなぐということ、後進を育てるということ、そして彼らに自らの席を明け渡し、退くということだ。

 ずっと考えていたことだが今年やっと決心することができた。後悔は無いが来年の今頃、いったい自分が何をしてこの日を過ごしているのか、まだうまく想像することはできない。

 そこで北島は楽屋の片隅からすすり泣く人の声に気付いた。

「だ、誰だおまえは! いったいここで何をしている!?」

 北島は思わず声をあげたが問いかけるまでもなく、そこにいたのは今の自分と同じ舞台衣装を纏った紛れもない自分自身の姿であった。

「う、うぅ、北島ぁ。俺はお前だよ、2014年の大晦日からやってきた北島だよぉ。」

 2013年の北島は状況を瞬時に把握することができずたじろいだ。

 2014年の北島は地べたにぐったりと座り込み、大人の腕ほどもの刀身がある大きな鉈を抱え込んでいる。

「北島ぁ、俺歌い足りねぇんだ。俺はやっぱり紅白で歌っていたいんだぁ。だからよぉ北島ぁ、お前のステージ、俺にゆずってくれねぇかなぁ。お願いだからお前のラストステージゆずってくれよぉ。」

「な、何を言いやがる、これは俺の最後の晴れ舞台なんだ! そんなことできるわけがあるか!」

「そう言うなよぉ、ほかならぬ俺の頼みだ。俺はお前なんだぜぇ? どうせお前は俺になるんだ。お前がステージに立ったところで満足することなんてできやしねぇんだ。卒業なんて言わなけりゃよかったって、後悔しか残りゃしねぇんだ。だからいいだろぉ、お前の出番を俺に譲ってくれよぉ。」

「馬鹿を言うんじゃねぇ、俺は今日を最後に紅白を卒業するんだ、後悔なんてあるもんか!」

「嘘だっ!!」

 2014年の北島は鉈を持っているだけに目を見開いて叫んだ。とつぜんの怒声に身をすくませながら2013年の北島は眩暈がした。いったい何が起こっているというのだ。今目の前にいるこいつは本当に来年の俺だって言うのか。なぜそいつがここにいる。なぜよりによって俺自身が俺の最後の舞台を邪魔しにくるというのだ。俺の決断は間違っていたとでも言うのか。

 2014年の北島を前に思考を空転させるばかりの2013年の北島であったが、その背後からまたも聞き慣れ過ぎた声がした。

「北島ぁ。俺に歌わせてくれよぉ。」

「いや、俺だぁ。俺に歌わせてくれよ北島ぁ。」

 いつの間にか2013年の北島は無数の大晦日からやってきた北島に取り囲まれていた。日本刀、バールのようなもの、出刃包丁、果物ナイフ、Gペンなどなどそれぞれの手には何かしらの凶器が握られている。老け込んでいる北島ほど軽量な凶器を携えているのは老化による体力の衰えときっと関連性があるのだろう。

 全身から汗が噴き出るのを感じながら2013年の北島は全身をわななかせ叫んだ。

「お前ら、揃いも揃って何しに来やがった! 帰れ! 俺だ! 俺が歌うんだ! 俺はこの最後の舞台をきっと最高の舞台にするんだ! そのために俺は、今日までずっと歌ってきたんだよ!」

 虚ろな目をした未来の北島たちは2013年の北島の声なんかまるで聴こえていないような調子で2013年の北島ににじり寄る。

「歌わせろ。」

「最後にもう一度、歌わせろぉ。」

「このままじゃ終われないんだよぉ。」

 2013年の北島の真正面に相対した未来の北島の一人が日本刀を振りかぶった。もう駄目だ、と2013年の北島が目を瞑った次の瞬間、金属と金属が激しくぶつかり合うけたたましい高音が北島の耳をつんざいた。

 恐る恐る目を開けるとそこに立っていたのは義理の息子・北山たけしの姿であった。北島の知る北山よりも若干白髪が目立つ。背中には大きな鞘を担いでいた。北山は未来の北島の日本刀を剣で受け止め鍔迫り合っていたが、そのまま押し戻すと牽制に剣を一振り大きく薙ぎ払い2013年の北島と未来の北島たちとの間に距離を作った。

「なんとか間に合いましたね。お久しぶりです、お義父さん。僕は2020年から来た北山たけしです。」

「に、2020年!?」

 2013年の北島は安堵の溜息が混じった素っ頓狂な声をあげた。

「どういうことなんだ、たけし!? 吉田沙保里は金メダル獲ったのか? 吉田沙保里は金メダル獲ったのか?」

「いいですか、お義父さん、あまり時間もないので手短に説明します。僕はセル編のトランクスみたいなもんです。未来を変えるためにここにやってきました。」

 ドンドンドン! ドンドンドン! ドアが激しくノックされている。

「何を言ってるんだたけし、それは地球を割るメガネの女の子の漫画をやってた人のやつか?」

「北島さん、急いでください2分前です!」

 ドアの向こうからADの声がする。

「行ってください、お義父さん! ここは僕が食い止めます。最高のまつりを、みなさんに見せてあげてください!」

「北島さん、北島さん、急いでください!」

 未だ事態を飲み込むことも出来ぬまま、2013年の北島は小さく「すまない」と呟くと、北山に背を向け楽屋を飛び出した。ADの後を駆け、息も切れ切れにステージに辿り着くと舞台装置である大きな龍の頭に乗り込んだ。

 北島の頭の中は真っ白になっていた。いったいこの数分の出来事は何だったのだろうか。現実だったのか幻だったのか、それすらも今となっては判然としない。しかし、今自分がするべきことが何かだけは、はっきりと、はっきりと分かっている。

 相葉くんの曲紹介の声が聞こえる。

「これが紅白最後のステージです!」

 そうか、最後のステージなんだな。

 俺は、やっぱりどこか迷っていたのかもしれない。ずっと走り続けてきた。そうすることしかできなかった。だから、最後のステージってやつがどういうことなのか、実はまだよくわかっていなかったのかもしれない。そして危うく、よくもわからないままに、そのステージに立っちまうところだったんだな。お前は、そんな俺に喝を入れてやろうと、助けにきてくれたんだろう? ありがとな、たけし。

「会場の皆さんもテレビの前の皆さんも一緒に盛り上がりましょう。それでは北島三郎さん、よろしくお願いします!」

 イントロと共に、ゆっくりと目の前の緞帳が上がっていく。この緞帳の向こうにはNHKホールいっぱいのお客さんが、カメラの向こう側テレビの前にはもっともっとたくさんの人々が、俺の歌を、俺の門出を待ってくれている。そしてその先へと続く新しい未来を誰しもが待ち焦がれている。

 行こう。もう迷いはない。

 さぁ、最後のまつりの幕開けだ。