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今後もブログはマッチョのためのものなのでしょうか(堀越二郎)-個人

 こんにちわ、堀越二郎です。今のところauからBlackBerry販売の予定はありません。嫁だけですよ、仕事じゃないメールが来るのは。

 ところで、はてなブログ村では些か定例行事の様相ながらもまたもやブログ疲れが話題のようです。

 ブログ更新の気力を失ってるのに4回も更新してるバカ(あざなえるなわのごとし)

 今のスタンスではてなブログで書き続けてると、潰れるだろうなと思った話(体調わる子の毒吐きブログ)

 ブログ更新の気力を失ってました(僭越ながら)

 ブログに対する動機は人それぞれでしょうが各々それなりに悩みを抱えているという部分では共通しているようです。ある程度まとまった文字数の文章を定期的に紡ぐ以上、それはブロガー自身の人格の開示となることは自明であり、またそれに対するリアクションとして賛否を問わず受け入れやすい意見受け入れ難い意見が返ってくるということもまた想定すべき事態です。そもそも自分の行ったアウトプットの対価として希望する量のレスポンスが得られるかどうかもブログ運営のスタンスによっては重要な問題となってくることでしょう。

 これに対し、はてなブログ周辺の古参ブロガー諸氏からも奨励とも引退勧告ともとれる様々なエントリが寄せられているようです。

 打たれ弱い奴はブログとか辞めたほうがいいんじゃないですか(山本一郎)-個人-Yahooニュース

 ブログは「弱虫な表現者のためのもの」だった。(いつか電池がきれるまで)

 野次や文句はブロガーにとってご褒美(Hagex-day.info)

 黒っぽいレトリックを駆使してPVを稼いでいるブロガーは、どこでブログを書いてもウンコまみれになるのでは(シロクマの屑籠)

 もちろん何かの記事が槍玉にあがる時そこに妥当性か必然性かはさておきそれが槍玉にあがる理由は当然存在しますし、購読者の母数が増えるにつれ一定数のアンチが出現することも必然です。また、自ブログの周知を図るためにわざわざ繊細な話題を雑に取り上げたり扇情的な修辞を用いたブロガーが相応の歓迎を受けることについてもある種の必然性はそのキャンプファイヤーを傍から眺めた時に見てとれるでしょう。そういった清濁を併せ飲み込むスキルというものも長期的なブログ運営を行ううえで必須であることは間違いありません。

 一方で、私自身を含む新参ブロガーの軽率さ覚悟の足りなさ打たれ弱さについて考えた場合、そもそも時代的な背景も考慮に値するのではないでしょうか。ネット上における個人の情報発信の先駆けであったブログというメディアは、当初一部のインターネットに系統する人間の間で嗜まれるに過ぎないマニアックな文化であったように思い返されます。時は流れて現代、数多のSNSの興隆を経て個人がインターネットで何らかの情報発信を行うという営為に対するハードルは一昔前に比べて随分低くなったように思われます。そのような状況下において例えば140字という制約に窮屈さを感じてブロゴスフィアに帆を張り飛び出した人という側面が昨今の新参ブロガーには見受けられるのではないでしょうか。

 それぞれの生活をこなす人々がそれぞれの思うままにアウトプットを行い、それが数多の議論が成熟の方向に向かう一助になるのであればそれはそれで素晴らしいことです。もちろんそれを進めるうえで中傷ともとれるネガティブな意見、雑な論理展開に対する相応の批判などが生じることは間違いありません。アフィリエイトを目的としたノイズをばら撒く媒体も延々枚挙に暇が無いでしょう。それでも、生活に寄り添った純粋無垢な発信者の登場が今後も予想される昨今、彼らをどのように歓迎すべきかという問題について一度は見つめなおす機会がきているように感じられます。

 もちろん、批判するな、甘やかせ、という気は毛頭ないのですが、燃やすのも持て囃すのも大好きなはてなという文化におきましては、「叩くに徹して生き残った者を迎え入れる」というスタンスを取るのか「より多用な価値観を求めて新参者との距離感を考え直す」のか、個々人が自覚的に選び取ることこそがこれからぶったたかれるためにやってくる新規アカウントのためにもお互い良いのではないでしょうか。

 それではみなさん聴いてください。荒井由美で、『ひこうき雲』。


ジブリ風立ちぬ 「荒井由実 ひこうき雲」 歌詞 - YouTube

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