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寡黙な男にはなれないので諦めている

カッコイイ男とは寡黙である。そして必要な時は必要な分だけ話す

http://rikumanbou.hatenablog.com/entry/2013/08/26/095024

読みましたー。

これはどう考えたって俺の一期一会ルーレットの出目が悪過ぎるだけなんだけれども、寡黙な男で「惚れるぜ!」っていう奴はなんか俺の人生に登場したことないような気がする。女で寡黙で「惚れるぜ!」って奴は結構いたことあるような気がする。でもどう考えたってそれは俺が女の子が大好きで超絶惚れっぽいだけであることに起因する。布の性別が一目で分かるみたいなシステムだったら俺たぶん女の布とかにもガンガン惚れるからねどんなシステムだよ。あと布ってなんだよ。

まーいるところにはいるんだろうとは思います、寡黙でかっこいい男。僕はクロマニヨンズというバンド大好き人間なんですがヒロトとマーシーは、ヒロトはわかんねぇけどマーシーはとりあえず舞台上では寡黙で超かっこいい奴だなとか思います。あとたぶんこれ言ってもみんな分からないと思うけど高校のとき同じクラスだった小田くんとか今思えばかっこよかった。いくら前置きしたからってそんな分からないやつ出してくるとは思わなかっただろ。彼はへらへらタイプの口数少ない人だったので「寡黙」という印象だったかは分からないけれども、その割には運動ができて楽器ができてあとよく考えたらオシャレで、どうせなれないから羨ましがる気もないけど今考えると結構かっこよかった気がする。今何してるんだろう。

「寡黙でかっこいい男」に憧れる部分はそりゃぁ俺だってないではないのだが、寡黙でいてかっこいい感じでいるためには何か他で一芸に秀でる必要があるので「あーんじゃ僕それないので無理っすわ」となる。冒頭の記事では「言う時は言う」みたいなことを書いてあるがそういうノリが通用するのも他の一芸あってこそだろという思いも俺は強い。普段黙ってて何だか実力を如何なく発揮していてそいつがいないとどうにも困るぞというものでもなければ普段喋れない奴がここぞと何か言ったところで「どうしたお前ミルクが飲みたいのかい?」となる傾向がこの地球の重力下の環境では多いような気がする。一芸なんぞねぇやと早々に切り上げてしまった自分自身としては、もうそれはすべての寡黙に憧れる男性諸君には「やめとけやめとけ」と言うほかない。何でもいいから喋っとけ喋っとけ。例えば本当に格好いい寡黙な男は女に銃を向けられても眉一つ動かさずにタバコなんか吹かしちゃってバキュンとされてもものっすごい反射神経でそれを回避して回避がてらに前転してその勢いのまま女を抱きしめてそのまま接吻とかするのかもしれないけど、そんなもん出来るわけないからね。撃たれたら血反吐が口から出る準備万端の俺はつまるところ撃たれるわけにはいかないわけで引き金に手をかけられたら避ける自信は毛頭ないわけでじゃあどうしましょっかってなると、それはもう腕を大きく上げて的をでかくしたうえで「撃てるもんなら撃ってみろ」と声高に叫ぶほかないわけでしかもそれだけじゃ終わらない、その後もずっと何か言うよね、際限なくなんか言うよね、撃ち際を彼方に追いやろうと向こうの撃ちたいタイミングを読みながら延々どうでもいいことを言う。弾を避ける術はないから撃たせない。結構そうしてるとみんな優しいからそんな撃たれないし接吻もさせてくれるかもしれないよね。

大体そんなノリで日々をやりすごしている気がします。別にそれは一方的に喋り続けろとかそういうことでもないんだけど、必要なことを必要なだけ言うとは言うけれども、必要か不必要かを分別するほど賢くなるのは難しいから、テキトーにいっぱい喋りましょう、とか僕はとりあえずそういう席に座っておきます。以上です。

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