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「しずかちゃんさようなら」感想文

最近、自宅で作業している時に暇なのでせっかく加入してるんだしアマゾンプライムビデオでてきとーな映像をテレビで流しっぱなしにしている。で、ここ何日かはドラえもんのアニメをテキトーに流している。これくらいが一番ラクなのである。字幕の洋画なんて論外だしそもそも2時間映画という縛りがなんだか集中力を要求されているようでよくない。ある程度集中して見てもらう前提で向こうが作っているので本当についていけなくなる。「全然ちゃんと見てなかったけどまーなんとなく面白かったなー」というところまでいけない。その点アニメは良い。なんなとくでもすんなりついていくことができる。つまり、どういうことかというとコムサビートルズ流れてるのと同じノリで最近はドラえもんを流しっぱなしにしている。もうひとつ付け加えるならBGMがビートルズのラーメン屋、小洒落た味付けで「おいしいはおいしいんだけれど俺がラーメンに求めているのはこういうことではない」と俺の中でなりがち。

それで今日もドラえもんをなんとなく流していると何やら不穏なタイトルが突然出てきた。掲題の「しずかちゃんさようなら」がそれだ。これはテキトーに耳だけで追いかけてひみつどうぐトリビアの引き出しを一つ増やす感覚で見るやつじゃないな、ガチのやつだなととっさに理解して俺は膝を正した。

ざっくりとあらすじをネタバレする。興味ある人はAmazonプライムビデオで先に見てみてもいいかもしれない。ただ、ストーリーの概要を知ったところでそこまで視聴に影響を与えるような話でもないのでどちらでも良いかもしれない。むしろ、今から俺はソラで雑にあらすじを書くわけだが、そのテキストのあらすじを読むのと実際の映像を見るのでは随分印象が違うよう気もするので俺が先にあらすじを読んでから映像を見たかったくらいである。とネタバレすると宣言してからダラダラと200字ほど書き連ねたのでそろそろ本当にあらすじます。

ある日、えらく落ち込んだ様子で学校から帰ったのび太。そこでのび太ドラえもんに言い出したのは「僕はもうしずかちゃんと別れる」ということだった。今日も放課後こっぴどく先生に絞られていたのび太、「このままじゃお前はろくな大人になれない」と断言される。のび太はしずかちゃんが大好きだ。しかしこのままいけば僕なんかと一緒になったしずかちゃんはきっと不幸になってしまう。だからもうさようならするしかない、しずかちゃんが好きだからこそしずかちゃんとさようならするしかない。さっそくのび太はしずかちゃんと別れることを目指して行動に移す。まずはしずかちゃんから借りていた本をすべて返して、さようならを伝える。突然の別れの言葉に戸惑い追ってきたしずかちゃんに嫌われようとのび太はしずかちゃんのスカートをめくりしずかちゃんから「嫌い」という言葉を引き出す。その後たまたま出くわした出来杉くんに「しずかちゃんをよろしく頼む」と涙ながらに伝える。その話を出来杉くんから聞き、またジャイアンスネ夫からのび太が先生にこっぴどく怒られていたことも聞いたしずかちゃん、のび太が思い詰めて自死を考えているのではないかと考えのび太の家にやってくる。しずかちゃんに嫌われるうまい手段はないかとのび太に詰め寄られドラえもんが取り出したひみつどうぐは「虫スカン」、その液体を一滴身体に振りかければたちまち周りの人間に不快感を与えられるらしい。のび太は誤ってこの「虫スカン」をまるまる一本自分にふりかけてしまう。のび太から突如立ち上るものすごい不快感。ドラえもんもママも堪らず家から逃げ出してしまう。しずかちゃんものび太の家から流れてくるとんでもない不快感に思わず踵を返そうとする。これでしずかちゃんに嫌われることができた、しずかちゃんさようなら。泣き笑いののび太であったが「虫スカン」の効力は自身でも耐えられるものではなかった。朦朧とした意識のまま倒れ込むのび太。あえぐように「助けて」とつぶやく。そんなのび太の前に現れたのはしずかちゃんの姿だった。のび太の声を聞いたしずかちゃんは一歩前に進むのにも眉をしかめるような不快感と戦いながらのび太のところまで来てくれたのだ。しずかちゃんの肩を借りてなんとか風呂場まで辿り着き「虫スカン」を洗い流してもらったのび太。「僕のこと心配してくれたの?」としずかちゃんに尋ねるとしずかちゃんは大粒の涙を溜めながら「当たり前でしょ、お友達なんだから」と憤って見せる。「だいたいのび太さんは弱虫よ、何よ先生に怒られたくらいで」のび太の無事に胸をなでおろしたしずかちゃんはすごい剣幕で怒り続けた。場面は変わり、一人夕焼けを見ながら黄昏れているのび太のところにドラえもんがやってくる。「しずかちゃんに嫌われるのはまた今度にするよ」「うん、それがいいだろう」と話は終わる。

文字に起こすとわりと詳細に書いてこんな感じになるんですけど、のび太が終始すぐ泣いてたりとか思い詰め方が半端なかったりBGMがエモにがっつり寄せてきてたり、見れる環境にある人は10分足らずの作品なので是非一度見て欲しい。

で、これ、なんなんだろうな。なんか、すごいものを見たなって感覚が残って。いやこれたぶんいろんな言い方はできるんですよ。それこそ「まぁこれ僕の感想じゃなくて、こういう見方もあるんじゃないですかね」みたいな言い方はなんぼでもできるんですよ。のび太は「しずかちゃんが好き」で動いてるのに対してあくまでしずかちゃんは「のび太が好き」ではなくて「当たり前でしょ、お友達なんだから」で動いてるその対比とかね。対比をどう読むかもまぁ色々あるだろうけど。

ただ、あんまり面白かったんで何人かの男友達に見てみろっておすすめしてみたら見終わったら全員チャットツールで聞いてないのに元カノの話始めたけどね。なんか格好つけてコメントするのも逆にダサい?みたいなのがあるよね。ただ、この話が何なのか、のび太は何を考えていたのか、それを書けば書くほど「それのび太じゃなくてお前だよね?」ってなりそうな感じ。ある意味で感想文の本質をのび太が一手に担ってるんだよね。ただ、このいい大人のアラサー男子たちが揃って元カノのことを思い出す、ドラえもんで!?ドラえもんすげえな!!

これ、しずかちゃんの心配をよそに、のび太は死のうとは一切思ってないのね。俺はまぁ惨めかもしれないなりになんとかやってくよ、ただしずかちゃんにそんなことはさせれないって思ってるだけの決断で、死のうなんてさらさら思ってなくてその点ではある意味図々しいやつだとは思うんですよね。ただ、じゃあ、お前、しずかちゃんいなくなってどうすんだ?ってことは傍から見てても思うわけ。とりあえずしずかちゃんのために別れなきゃってのが最優先でその後の自分のことなんか一つも考えてない。実際にも「虫スカン」で死にかけている。それを助けるのは結局しずかちゃん。だからなんだろ、これは俺がそういう男だからそう思うんだろうけど、結局好きだの惚れただのって話になった時に私は私であなたはあなたでっていう区別なんかあるようでなくなってる部分もあって、それはちょっと頭がおかしくなってるってことなんですけど、そこをきっちり区別してるからこそ別れようとするんだという言い方もできる一方でそういうのを越えてつながった気になっているからこそこういう不安への変な対処の仕方が自傷行為的なニュアンスも含めて表れちゃうよね、みたいな。

結局のび太が最後に考えたのはなんだったのか、みたいなことも考えちゃうよね。全部俺だけどね!のび太の考えてることじゃなくて俺の考えてることだけどね!

なんかこう、のび太馬鹿説みたいなものもあっていいけどそれだけじゃないんだよ感は出したいよね。のび太が「しずかちゃんが心配してくれた、えへへ」って気を良くしてそもそもの悩みがどっかいった、みたいな解釈もまぁできるけど、そうじゃないよね、みたいな。まぁしずかちゃんのいい女っぷりというか、惚れ直すよね。のび太には気づいてて欲しいよ、別にこれ相手が誰だったとしても、しずかちゃんはきっと同じように助けたんだろうなっていう、そういうしずかちゃんだってことには絶対のび太もわかったと思うんだ。「虫スカン」を浴びたのが俺じゃなくてもね、ジャイアンでもスネ夫でも出来杉くんでも、ましてのび太でも助けたんだから、別にしずかちゃんは俺が好きなわけじゃなくてそういう優しい女なんだよ、って俺になってんじゃん。「ましてのび太でも助けたんだから」って俺視点じゃん、ただ俺がしずかちゃんに惚れてるっていう作文になってますけどもね、だからしずかちゃんに嫌われるのは生半可なことじゃないってことだと思うんですよね。のび太が気づいたことは。しずかちゃんは誰にでも優しいから、僕がしずかちゃん無しではまっすぐ歩けないくらいに頼りないうちは、無理に離れようとしたって今回みたいにしずかちゃんを心配させちゃってうまくいかないから。まず、しずかちゃんと別れるためにはもっと立派にならなきゃなってのび太は思ったと思うんだ。そして、しずかちゃんと一緒にいたら僕はもっと立派にならなきゃってちゃんと思えるなともやっぱ思ってて。だからしずかちゃんとやっぱずっと一緒にいたいとは思いつつも、自分にしずかちゃんを幸せにできるかはわからないから、いつか別れなきゃならないけど、その時はしずかちゃんに心配かけないで別れられるくらい強くなくちゃいけないからさ、強くなるためには今はまだ一緒にいさせて的な、甘えで先送りなんだけど、その感じね。あとは、これはしずかちゃんとのび太の話じゃないんだけどさ、こういうのび太としずかちゃんの関係を考えるとさ、今はまだ恋人と別れた傷を引きずりながらでも生きてるとしたらさ、そうやって別れることができてるってことはさ、きっとその彼氏彼女と会う前よりはきっと少しは強くなれてるってことなんだよみたいなことを、すべての失恋を引きずってる男女に藤子・F・不二雄は言いたかったんじゃないかなって。俺は思うわけ。ドラえもんで!?いやだからまぁ俺だよね、藤子・F・不二雄関係なく俺だよ、俺が思うわけ。別れることができたってことは、その相手が必要で必要で仕方なかった付き合いたての頃より、きっとみんな強くなってるんだよ。俺はそう思ったの、ドラえもんを見て。ドラえもんで!?マジで!!?? 以上です。

I have a radio.

ツイッターで、ブログ書きたいから、なんか書くお題くれ、って言ってたら、「ラジオについて書いてくれ」ってのがあった。

なので僕とラジオの話をしよう。

大学浪人してた時、勉強する以外死ぬほど暇だったので出会い系をやってたら、年齢でいうと一つ上の女の子と知り合った。地元の糞田舎が死ぬほど嫌だったのでなんの計画性もなく都会に出てきたものの別にいいことなんか一つもなくて、いつも死にたい女の子だった。うっかり風俗に堕ちてしまった、ものすごくありきたりな出会い系にいがちな女の子だった。

僕はその子の死にたさにめっきり当てられて、こんなに他愛もない子が死にたがってるのは良くないと思って彼女に死んでほしくないなと思った。僕にできることは何もないけれど、彼女の生きる活力になればと思って、彼女から送られてくる死にたいメールにあっけらかんと面白おかしく返事をしようと僕はいつも躍起だった。僕は死にたいと思ったことなんか一度もなかった。

僕は良い大学に行くために良い予備校に通う必要があって、だから僕は都会に出ていた。彼女には彼女の論理があって彼女の身体は都会にあった。だから、僕らは必然やがて顔を会わせることとなった。

喫茶店で顔を会わせた彼女はなるほど、死にたそうだった。

たぶんやろうと思えばやれたんだろうなーということは今でもわかるが、それって彼女の死にたい理由をよりくっきりさせることにしかならないだろうし、じゃあ口説いちゃ駄目なら俺はどうすりゃいいんだ。俺は困った。

困りながら、俺は喋った。世の中捨てたもんじゃないよと言いたかった。だけど、それはそのままに言ったところで伝わるわけはないから、俺はただ只管に喋った。喋り続けた。今でも、あんなに喋ったことは、後にも先にもあの時だけだと思う。

彼女はつまらない人だった。こっちがいくら面白いことを言っても「へー」とか「あはは」とか、一つも面白いことなんか返ってこない。期待されたことなんかないんだろうなと思った。だから、僕は彼女の力を借りずに、一人で、ただ彼女を楽しませようと思ってただ喋った。

喫茶店でたぶん4時間くらい喋ってたんじゃないかと思う。僕はあの時、間違いなくおかしくなっていた。意地になっていた。彼女をただ楽しませるために、それ以外の意味が何一つ存在しない場所に、あの喫茶店をそういう無意味なものにしたかった。

小学生の時の話もしたし中学生の時の話もしたし高校生の時の話もしたしおばあちゃんの話もおじさんもおばさんも、全部、話せるだけ話した。僕はただ喋り続けた。

彼女は僕の話にコロコロと笑いながらたびたび言った。

「すごい面白い、伊集院さんみたい」

そりゃそうだ。僕は伊集院光のその話しぶりを真似てずっと喋っていた。

彼女と僕との数少ない共通点は月曜深夜の伊集院光のラジオを熱心に聴いているということだった。

伊集院光のその深夜ラジオは、ただ一人でただ喋る。笑い声を添えるだけの放送作家はいるものの、喋るのは伊集院光ただ一人。

彼女がそれを面白く聴いているのは僕も知っていて、僕もそれを面白く聴いていたので、僕は彼女を楽しませるために伊集院光の真似をすることに全神経を集中した。

話す内容はもちろん僕の話だ。僕にあったおもしろエピソード、僕に話せるのはそれだけだ。それを、伊集院光のやり方で喋ろうとする。もちろん今までそんなの試したこと一度もない。ひとりっきりで、なんの援護もない中で喋り続けるなんてその時までやったことなかった。

彼女は本当にそれを喜んでくれた。

「本当に面白い、伊集院さんみたい、お金とれるよ」

とか、そんなつまらないことを言ってくれた。

俺はだって伊集院さん以外に一人で喋り続ける方法を知らなかったからそうしただけで、伊集院さんを真似てる自覚はバリバリにあったのだけど、「そんなに似てる?普通に喋ってるだけなんだけど」なんて言っていた。「やっぱ聴いていたら似ちゃうのかな」とか言っていた。僕は、僕一人の力で誰かの時間を楽しい時間にするだなんて伊集院光のやり方以外に知らなかった。それがどれぼど不細工でも、僕にはそうするしかなかった。

やれるやれないの話で言えばたぶんやれたんだけど、僕はやろうとはせずにさんざん「面白く喋る人」をやって、彼女と別れた。彼女は「こんなに笑ったの初めて」と言った。それが嘘か本当か考えることを僕はずっとやめている。

それから彼女はしばらくして死んだらしいが、彼女が死んだことを、ちょっと出会い系で知り合って付き合ったわけでもやったわけでもない僕が、彼女が死んだことを知れたのはまぁ幸運なのかもしれない。

僕にとってのラジオが何なのかと言われるとよくわからない。思い出すのはこの話ばかりだ。俺はラジオのお陰で人を笑わせることができた。ただ、その瞬間を笑っていさせただけで、その後のことをどうこうはできなかった。

向こうからしたらまったくの他人事で全部お世辞で、俺の話はすげえつまらなくてうざいだけだったかもしれないか。今でもたまにそう思う。思えば思うほどそれは確信に変わりそうだ。

それでも俺は、あの時のことを思うと後悔しきりなのだ。あともう少しだけ俺が面白ければ。本当にそう思ってしまう。

 

そこらへんの話からずっと向こうの未来の話、いつだったか伊集院光デビット・リンチの絵をなんとなく気に入って買おうとしたらその絵のタイトルが「I have a radio」だったのでえらく興奮したみたいな話を、ラジオという仕事にえらく熱心な伊集院光が熱っぽくかつおもしろおかしく語っていて、僕はその話を爆笑しながら聴いていて、同時になんだか泣いていた。

ルーキーと一緒

 嫁の義実家に一泊して、先日我が家に新たにやってきたルーキーと遊んできた。立会い出産ではあったが同時に里帰り出産というやつでもあり、これまで何度か彼と顔を合わせてはいたが一緒にうちのおかんが同行していて長居は気を使ったりとかまぁ色々な理由があっていずれの場合もせいぜい3,4時間の滞在、ちょっとジャイアントパンダの赤ちゃんを見に行く感覚でしか会えていなかった。なのでルーキーの彼を交えて家族三人で一夜を共に過ごすというのも初めてのことだった。

 

 彼がやってきて以降ずっと面倒を見てくれている嫁さんに尋ねるともうルーキーがかわいくてかわいくて仕方ないそうだ。なるほど、やはりそういうものなのか。しかし赤ちゃんってやつは確かにまぁどこを見ても頭からつま先までまるっきり赤ちゃんだ。たとえばほら足の裏を見てみろ、まだ一度も大地を踏み締めたこともない足の裏を。メルカリ的に言えば開封済みですが未使用、限りなく新品に近い状態です。彼の足裏を見た後に自分の足裏を見てみるとずいぶんまぁ30年かけて使い込んだもんだなとそれはそれで関心する。身体のパーツのどこをとってもそんな調子なのでその集合体である彼が嫁をしてかわいくて仕方ないと言わしめるのも無理からぬ話である。そこで僕は彼のなかにどうにか一つ、かわいくない場所を探し出してやろうと自分の腕の中にすっぽりと収まる彼の細部をまじまじと虱潰しに見てやることにした。いいかルーキー、お前の父親は目のつけどころが少し違う。それもただ無意味にだ。まぁそれは今後嫌というほど知ることになるだろう。

 そして僕はやがて一つ、人間には決してかわいさを鍛えることができない箇所を見つける。目玉である。瞳ではない。目玉である。目玉の親父がかわいいのは声が3割、身体が3割、入浴中頭に乗せる手ぬぐい4割である。これだけのフォローがないと目玉単体というものは決してかわいいもクソもない。もちろん人間の瞳というものは大人子ども問わず魅力的なものである。しかしそれは結局、瞼の形があって初めて成立するもの。目玉単体で考えてみればかわいいもクソもないのである。有村架純は頬の輪郭が隠れる髪型をしておけという話と似ている。私はキョロキョロと周囲を眺め回したりふいに一点をぼーっと見つめたりする彼の眼子をじっと睨みつけ、ギロギロと動く目玉の黒目と白目の境界を追い続ける。するとどうだろう、目玉じゃん。かわいくもなんともない、ただの目玉じゃん。初代バイオハザードのTOP画面のおっかねえ目玉とだいたい一緒じゃん。思い知ったかルーキー、お前にだってかわいくないパーツはあるのだ。満足気に瞳を覗き込む僕を彼は不思議そうに見返した。まぁそれは今後嫌というほど知ることになるだろう。

 

 彼は、人に抱かれていないともう絶対に何もかもを許さんという時があるようだ。どれだけ抱えて寝かしつけてやっても布団に置いた次の瞬間には顔をくしゃくしゃにして抱くなら今のうちだぞ泣くぞもう泣くぞという目をするのである。あまりにどうしたって布団に置いた瞬間泣くものだから私は布団に針でも埋まってるんちゃうかと疑った。ルーキー、お前の父親は検針済の三文字も鵜呑みにせずにまずはなんだって疑ってかかる男だ。そのめんどくささは今後嫌というほど知ることになるだろう。当然、針なんかは見つかることもなく、お前ではなく布団に原因があるのではとお前を信じた俺が馬鹿だった。

 ガキのお守りというのは自分も食わなきゃやってられないのだが、どうしたって抱いていないと泣くものだから誰かが見ていてやらねばならぬ。まずは僕が居間でそそくさとチョッパヤで食事を済ませ、嫁さんの自室に戻ると嫁さんの胸元からルーキーを引き受け「ここは俺に任せてお前は先に行け」感覚で嫁さんが食事をとるため部屋を後にする。どうにか彼には寝て欲しいため既に部屋の灯りは落としていてうすら暗い。ベビー向けのオルゴールBGMが小さく流れている。彼と僕が二人きりになったのはもしかするとこのときが初めてだったのかもしれない。嫁さんと彼とがこれまで毎晩過ごしてきた夜が、これだ。

 彼の身体を揺らしてやりながらぼーっとしていると、聞き覚えのあるメロディがノートパソコンから流れてきた。流れてきたのはオルゴールバージョンだが、僕にはその歌詞が頭のなかで容易に思い出せる。

「俺がついてるぜ 俺がついてるぜ 辛いことばかりでも 君はくじけちゃだめだよ」

 トイ・ストーリーの『君はともだち』だ。それを聴きながら彼の顔を見ていると、僕はなんだか急に彼がものすごい可能性の塊なんだなと思えてきて、なんだか感慨深い気持ちになった。後で嫁さんにこの時のことを話してみると、彼女も同じような経験があったらしい。彼女の時の曲は『となりのトトロ』の主題歌だったそうだ。

「子供のときにだけ あなたに訪れる 不思議な出会い」

 そうだ、彼は、これから、トトロに出会う。彼は、これから、ウッディに出会う。彼は、これから、出会うのだ。

 

 布団に落ち着いて寝ているかなと思ったら、彼は手を宙に掻き、脚を藻掻くようにパタパタとさせている。やがて掛け布団を跳ね除ける。おむつが気持ち悪いのかなと思ったらそうではなさそうだ。単純に暑いのかなとも思ったがそんな風でもない。空調も整えている手前、寝冷えしてもよくないので布団を掛け直してやる。嫁さんの言うことには、子宮の壁を探しているのではないかという。よその子のことは知らないが彼は胎動の活発なやつだった。それも蹴ったり殴ったりするというよりは、うようよとした手つきで壁の感触を確かめるような、壁の外側を探るような、まるでそんな胎動に感じられた。

 へえ、じゃあ彼はまだ子宮のなかにでもいるつもりなのだろうか。

 と、不意にうとうとしていたはずの彼が何かうめき声をあげるので僕は「泣くか?」とじっと身構える。しかしやがて彼は再びおだやかな寝顔に戻る。寝言だろうか。何か夢でも見ていただろうか。しかしそう考えてみた後に気づくがじゃあ彼が起きている時に見ているのは夢ではなく現実だとでも言うのか、それはまた随分彼を買いかぶった解釈なのかもしれない。彼はずっと夢を見ているようなものなのかもしれないし、もうそれは寝ても起きても現実を生きていると言ってもいいのかもしれない。ともあれ彼はここ最近、子宮のなかと母親の腕のなかとを行き来している。

 

 そんな調子で、ルーキーのご機嫌を窺いながら、彼女が普段一手に引き受けてくれている仕事を目と手とで確認しながら自分にもできるところは覚えながら、彼と彼女のいつもの一日にお邪魔して、あっという間に帰る時になった。彼女は僕に「帰っちゃうのか寂しいな」と言うので、僕もあなたと離れるのは寂しいなと伝えた。二週間足らずで彼と彼女は我が家へ戻ってきて三人の生活が本格的に始まるが、次に僕と彼女が二人っきりになる機会はどれだけ先になるのかは誰も知らない。それはきっと寂しいとは言わないのだろうが、では何と言うのか、僕は知らない。ともあれ僕は義実家を後にして一人家路についた。

 

 明け方、嫁さんのすやすやとした寝息が聞こえるなか、彼は布団の上で元気いっぱいに目を爛々と輝かせ手足を楽しそうにジタバタさせて、僕はそれを眺めていた。泣きそうな気配はないがどうにも寝そうな気配もない。そのくせ、こちらが放っておいて寝てしまおうとすると泣くぞ泣くぞの気配をちらつかせる。そうなると僕はずっと彼を眺めているより仕方ない。ジタバタジタバタ積もり積もって彼はやがて布団を跳ね除ける。僕は左手は自分の頭の枕にしたままそっと右手を伸ばし布団を掛けなおしてやる。

 彼はニヤッと笑いまたジタバタと手足を動かす。やがて布団を跳ね除ける。俺はそれを掛け直す。彼はニヤッと笑う。僕と彼とはそれを延々繰り返す。彼が何度も何度も短い手足を動かして跳ね除けた布団を僕は右手でさっとたった一手間で掛け直す。彼の為したことを一瞬で無にする。まるで世界の理不尽さを教えてるような、理不尽な世界との戦い方を教えているような気に僕はなってきた。僕は布団を掛け直す。彼はニヤッとまた笑い、健気に布団をもぞもぞと動かす。僕はそんな彼を眺めながら心のなかで「そうや興毅!来い興毅!その調子や興毅!ええぞ興毅!もう一本いくで興毅!」と繰り返していた(もちろん名前は興毅ではない)。